第5話「商会設立!その名もサンライズ」
フェンが家族に加わってから、数週間が経った。
アルクライド邸に連れ帰ったフェンの怪我は、ポーションとリリアナの献身的な看病のおかげで、驚くべき速さで回復した。今ではすっかり元気になり、リリアナの後ろを子犬のようについて回っている。すっかり懐いたようだ。
俺にももちろん懐いてはいるのだが、その理由は少し不純な気がする。俺が厨房に立つと、どこからともなく現れて、足元できらきらした瞳を向けてくるのだ。お目当ては、もちろん俺の作る料理だ。特にテリヤキ串がお気に入りのようで、フェン用の小さな串をあっという間に平らげてしまう。
「フェンは、本当に食いしん坊ですね」
「まったくだ。俺の料理の腕のせいかな?」
「くぅーん!」
俺の言葉を肯定するように、フェンが嬉しそうに鳴いた。こいつ、意外と言葉を理解しているのかもしれない。
屋台の商売は相変わらず絶好調だ。ジャンボマッシュのテリヤキ串や、新しく開発した「塩だれ串」も人気を博し、売上は安定して伸び続けている。
そして、ついにその日がやってきた。
「リリアナ、これだけの金があれば、借金は全部返せるんじゃないか?」
俺は、これまで稼いだ金貨がぎっしり詰まった箱をテーブルの上に置いた。リリアナは、信じられないといった表情で箱の中身と俺の顔を交互に見ている。
「こ、こんなに……。本当に、カイリ様のおかげです……!」
リリアナの瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。彼女がどれだけこの借金に苦しめられてきたか、俺は知っている。その重荷から、ようやく解放されるのだ。
「泣くなよ。これは、俺たち二人で頑張った結果だろ」
俺がそう言って頭をなでてやると、リリアナはさらに声を上げて泣き出してしまった。しばらくして、ようやく泣き止んだ彼女は、真っ赤な目で俺を見つめた。
「カイリ様。本当に、本当にありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」
「だから、様はやめろって。それより、これからどうするか、だ」
借金は返せる。だが、俺たちの挑戦はまだ始まったばかりだ。
「屋台だけじゃ、これ以上の大きな商売は難しい。俺は、ちゃんとした店を構えて、もっと色々な商品を売り出したいと思ってる」
石鹸、シャンプー、肌触りの良い紙。現代日本の当たり前は、この世界ではまだまだ高級品か、あるいは存在すらしないものばかりだ。食だけでなく、生活そのものを豊かにする商品を開発すれば、絶対に需要はあるはずだ。
「そのためには、組織が必要だ。リリアナ、俺と一緒に、商会を立ち上げないか?」
俺の提案に、リリアナは息をのんだ。
「商会、ですか……?」
「ああ。俺が商品開発と生産を担当する。君には、その美貌と元貴族としての知識を活かして、経理や交渉事を担当してもらいたい。君なら、絶対にできる」
没落したとはいえ、彼女はアルクライド家の令嬢。貴族社会の作法や商習慣にも詳しいはずだ。俺にはないものを、彼女はたくさん持っている。
リリアナは、しばらくうつむいて考えていた。だが、やがて顔を上げると、その瞳には強い光が宿っていた。
「やります。わたくし、やらせていただきます! カイリ様と一緒に、このアルクライド家を、今度は商売で再興させてみせます!」
その言葉は、力強く、そして決意に満ちていた。
「よし、決まりだな! じゃあ、早速商会の名前を考えないと」
「名前、ですか。そうですね……」
二人で頭をひねる。かっこいい名前、覚えやすい名前……。
「カイリ様のお名前から、『ミナト商会』というのはどうでしょう?」
「いや、それはちょっと……。リリアナの名前から取るか?」
「いえ、わたくしなど……」
ふと、窓の外に目をやると、東の空が少しずつ明るみ始めていた。夜が明け、新しい一日が始まろうとしている。
「……サンライズ、なんてどうだ?」
「サンライズ……。日の出、ですか?」
「ああ。俺たちは、この街に、この世界に、新しい時代の夜明けをもたらす。そんな意味を込めて、『サンライズ商会』。悪くないだろ?」
「サンライズ商会……。素敵です! とても、素敵な名前です!」
リリアナは、心から嬉しそうに微笑んだ。
こうして、俺とリリアナ、そして一匹のもふもふによる「サンライズ商会」が、ここに誕生した。
まずは、商業ギルドへの登録と、このアルクライド邸を商会の本店として正式に改装するところからだ。やることは山積みだが、不思議と不安はなかった。隣には、信頼できるパートナーがいる。足元には、もふもふのマスコットがいる。
***
借金を返しに行った日、ゴルドマン商会の事務所で、俺たちはあの時の取り立て屋のリーダーと再会した。
「て、てめえは、あの時の!」
男は俺の顔を見るなり驚愕の表情を浮かべたが、俺たちが借金全額を現金で突き出すと、さらに目を丸くしていた。
「なんだこの金は……。お前ら、いったい何を……」
「これであんたたちとはおしまいだ。二度と彼女に近づくな」
***
俺はそう言い放ち、唖然とする男を尻目に、リリアナと共に事務所を後にした。最高の気分だった。
帰り道、リリアナがぽつりと言った。
「なんだか、夢のようです。ほんの数週間前まで、明日生きるのにも必死だったのに……」
「夢じゃないさ。これは、俺たちの始まりだ」
俺は、隣を歩く彼女の肩を軽く叩いた。
サンライズ商会の最初の事業は、生活用品の開発に決まった。ターゲットは、高品質な商品を求める富裕層や貴族の女性たち。
最初の目標は「石鹸」だ。この世界の石鹸は、動物の脂と木の灰を混ぜただけの粗悪なもので、洗浄力も低く、匂いもきつい。これをもっと高品質なものに改良できれば、絶対に売れる。
俺はアイテムボックスにストックしておいた様々な植物油や香りの良いハーブを鑑定し、最適な組み合わせを模索し始めた。
サンライズ商会の、新たな挑戦が始まる。それは、この商業都市エトリアに、やがて大きな波乱を巻き起こすことになるのだった。




