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ぬいぐるみの国その2

作者: 笹木 人志
掲載日:2026/01/19


  継ぎ接ぎだらけのパッチワークで作られたクッキーベアは、大きな茅葺き屋根の建物の中の一室で、大きく伸びをしました。この国に来てから、小さい馬のぬいぐるみのボックと共にのんびりとこの国の中を散策しているばかりでした。最初の頃は、珍しいものばかりで毎日が楽しい事ばかりでしけたど、行くところは小さいボックが日帰りで行ける場所ですし、遠くにゆけば疲れますので、近場では行ける所は全て行ってしまったような気分でした。


「いいかげん退屈になってきたぞ」クッキーベアが、そう思うのは、ピンク色のうさぎのぬいぐるみ、コットンラビットなどが忙しくハートコットンを収穫したりしているように、多くのぬいぐるみ達もなにかと仕事をしているようなのに、自分だけが怠けているように思えてしかたがないからです。


 そこでクッキーベアは、この国に流れついてきた、ぬいぐるみにハートコットンを入れたり、繕って修理をしたりしている案山子の居る場所に行ってみました。その休み無く動く有様に声を掛けるのが怖く感じましたが、やがてそっと案山子の傍に行きました。


「案山子さん」クッキーベアは、案山子椅子の脇にやってくると、神妙そうに言いました。


「何ですか?」案山子は、手を止めてクッキーベアに視線を移しました、


「何か、私にできる仕事はないですか?」クッキーベアは、俯きながら小声で訊きました。


「そろそろ、そう言う頃だと思っていましたよ」案山子は、答えました。


「え?なんで分るのですか?」思わぬ返事に顔をあげて、そこに笑みが浮かんでいるのを見ると、小さい熊のぬいぐるみは、ほっとした気分に満たされました。


「ボックもそろそろ行くところが無いと困っていましたから」


「じゃあ、なにかすることはありますか?」


「ハートコットンの最期の収穫が始まっていますから、ボックと一緒に手伝ってください。手順はボックも良く知っているから、訊いてくださいね」


「はい、分りました」とクッキーベアは、その場をてくてくと歩いて去りました。


 クッキーベアの背を見送ると、案山子はテーブルの上のボロボロになったイルカのぬいぐるみを見て、ため息をつくばかりでした。あちこちに穴があいたり、ほつれたりして綿がいたるところから飛び出しているのです。

「さて、どうしてここまで酷いありさまになったことやら」


 ハートコットンは、ぬいぐるみがながされてくる河のやや上流に広がる畑で作られていました。そこでは、沢山のぬいぐるみ達が、背に籠を背負って、ピンク色の棉花を摘み取っていました。その棉花は、左右の沢山のハート型の葉を突き出し、茎の一番てっぺんに棉花を実らせているのですけど、背丈が不揃いで高いのやら低いのやらとバラバラに伸びていました。

ですから、大きなぬいぐるみ達は、背の高い棉花を摘み、小さいものは、地面に近い場所で実った棉花を摘んでいるのでした。


クッキーベアは、大きくはありませんでしたので、同じく小さいボックと並んでやってきました。ボックは、荷物を運ぶのがお仕事でしたから、籠を両脇に下げて沢山の棉花を積もうとしていました。


「さぁ、摘もうか」ボックは楽しそうでした。


「こんな広い畑・・・大変そう」クッキーベアは、気持ちが先行して疲れてしまったようです。


「まぁ、毎日やっていればそのうち摘み終わるものさ」のんびりとした声がして、クッキーベアとボックの上に大きな影が落ちました。


すると大きなキリンのぬいぐるみが、ふたつのぬいぐるみの上をゆっくりと進んで、首を前に出すと高い場所にあるハートコットンを口に咥え、自分の胴につけられた籠の中にふわりと落としました。


「低い所のは頼みますよ」キリンは、ゆっくりと前に進んでゆきました。


「地味にやっていこうか」クッキーベアは、ボックに言いました。


「そうだよ、沢山やることがあっても、何もしなければ永遠に終らない、少しずつでもやっていけば何時かは終るものだよ」


「あー、でも気が重い~」


クッキーベアは、指がありませんから、両手で挟むように低い場所の棉花を摘むと、それをそっとボックの籠に入れました。そして、藪の中にでもいるような棉花の畑の中で、ため息がでました、



いっぱいいっぱい、やることがいっぱい

こんなこつこつやっていても

いつになったらおわることやら


クッキーベアは、ぼやくように歌って、またひとつの棉花を摘みました。


ちょっとちょっと、ちょっとづつ

ひびこつこつやっていれば

いつかはおわりがくるものさ


ボックは、それに応えました


はっきりはっきり、はっきりと

おわりがみえれば安心だけど

とてもじゃないけどきりがない


がっかりがっかり がっかりしなさんな

今日はあそこまで摘み取れば

明後日はもっと向こうまで


まってまって、まってくれ、

その明後日の向こうはどこまでつづく

永遠にあるようにしか思えない


「だって、ずっと向こうは見えないじゃないか!!」クッキーベアは、摘みながらお手上げのポーズをしました。


「じゃあ、みてごらん」とキリンが突然クッキーベアの耳に噛みついて持ち上げました。

広い畑には沢山の棉花が実っています。そこでは沢山のぬいぐるみたちが、棉花を摘んでいるのが見えました。そのピンク色の棉花は、ちっとも減らないようにも見えましたが、しばらく見ていると、決してそうではないことが分ってきました。


「分ったよ。もうおろしてよ」クッキーベアは、なさけない声を出しました。


「一緒にがんばろうね」キリンはクッキーベアを降ろすと、高い場所の棉花を口に咥えました。


「こっちも、がんばって二つの籠を一杯にして帰ろうね」ボックは、クッキーベアの背を頭で押しました。


「わかったよ・・・」


わかったわかった、わかったよ

とおいみらいだけみていちゃおわらない

いまは、やれることをやっていくだけさ


クッキーベアは、棉花を摘んでボックの籠に入れると、次の棉花を摘みました。最初はつまらなそうに、同じ動作を続けているだけでしたが、淡々と続けていると、体の方がその単調な動きになれてきたような感覚になってきました。



遠くや近くでは歌も聞こえてきます


青い空に涼風そよぐ

やがて白い冬がやってくる

こっとんこっとん

急いで摘もう心の棉花

桃色、青色、ミルク色

丁寧に摘もう心の棉花

黄色、緑、虹の色


羊群れる空を渡る西風

やがて灰色の雲がやってくる

こっとんこっとん

急いで摘もう心の棉花

ふあふわ、もこもこ、ふっくら

丁寧に摘もう心の棉花

かろやか、もふもふ、風にとぶ


渡る鳥が空を行く

私たちはここに留まる

こっとんこっとん

急いで摘もう心の棉花

あったか、ほんわか、ぬくぬく

丁寧に摘もう心の棉花

ぽかぽか、ほかほか、そなえよう


こっとんこっとん

こっとんこっとん

さあみんなで摘もう

ハートコットン


こっとんこっとん

こっとんこっとん

さあみんなで摘もう

ハートコットン


みんなの心を温めるため

みんなの心を温めるため


歌声にあわせて、勝手に体が動く感じがして、クッキーベアも、同じ歌詞が続くのでいつの間にか、歌を小さい声で口ずさみながら、棉花を摘んではボックの籠に丁寧に入れる仕事を続けました。


そうして、午後をすこし越えた頃になるとボックの両脇に着けられた籠は、一杯になりました。


「もう一杯になったから、帰ろうよ」ボックが言いました。


「そうかい、いつの間に・・・調子が出てきたところなんだけど、もう入らないものね」


そこで、クッキーベアとボックは、てくてくと畑の中を歩いてゆきましたが、何しろ背の高い棉花も沢山ありますから、周りを見回しても棉花が見えるだけお、狭い通路があるとはいえ、標識もないので、まるで迷路の中を歩いているような感じです。

ところどころで、棉花を採取しているぬいぐるみに出会って、帰り道を教えてもらっても、直ぐにまた迷ってしまいます。


「ボックは、ここは慣れていないのかい?」あちこち歩いていいかげん疲れて来ました。

「慣れるもなにも、毎年通路が変わるからね。」ボックは、迷うことになれているようでした。「こんなものだよ」


「でも、ときどき摘みにくるのでしょ?」


「来るけど、案山子さんに言われてここに来る時は、分り易い場所で摘んで戻るからねぇ、こんな風に中まで入るのは、この時期くらいなものだよ」


「じゃあ、どうやって畑の外に出ればいいのかな?」


「そのうちウサギが通るから、後をついてゆけばいいんだよ」


「うさぎの?」と言っているそばから、二人の脇をぴんく色のウサギが駆け抜けてゆきました、そしてその後ろから、一列になってぬいぐるみ達が同じように駆けてついて行ってます。


「さぁ、はぐれないように後ろに付こう」ボックが言いましたが、列は長くてなかなか入れる余地もありません。そしていよいよ最後尾が来ましたので、その後ろにボック、続いてクッキーベアが続きました。


駆けている間に、クッキーベアの後ろにも、だれかが付きました。道は右に折れたり左に折れたりを繰り返し、本当に迷路のようです。棉花の茎が連立する向こうに外の景色が見え隠れしたかと思うと、また奥に入り込んだりもします。


「なんか変な道だなぁ」クッキーベアは、走りながらも疑問を感じていました。最初は前にいたボックは小さくてもやはり馬だけにいつの間にか、前に前に入り込んでいました。それに対してクッキーベアといったら、後続からくるぬいぐるみに追い越されてばかりでした。


「きっと近道があるに違いない」クッキーベアは、そう考え、畑の外の景色が見え隠れした時に、列から離れて、藪をかき分けるようにして、一気にそっちの方向に突き進んで行きました。


そして、畑の外に確かに出ました。


見たことのない景色がそこにありました。


沢山の水がそこにありました。


ザザーッ、ザザーッと音を立てて寄せては、また引いてゆきます


クッキーベアは、その音に惹かれるようように、ふらふらと歩いてゆきました。


脚がサクっと砂の地面を踏みました。


砂の間からは、ところどろこから、這うように蔓草が生え、その上を這ったり、互いに絡みついて、少し上に立ち上がったりしていました。


遠くで、間もなく日が暮れる合図の鐘が鳴りました。


もどらなきゃ、と後ろを振り返ると、自分が出てきた畑は見えますが、戻ったところで、ウサギからはぐれた以上は、きっと戻ることもできそうにありません。


「どうしよう」とクッキーベアは、砂浜におしりを付きました。


遠くに赤い夕日が沈んでゆきました。その光に照らされて波が輝いて見えました。


「きらきらして、綺麗だな」そんな言葉がぽつんと口からあふれてきました。


「綺麗でしょ」鈴の音の様な可愛らしい声が後ろから聞こえてきました。


後ろを振り返ると、白くて毛足の長い猫のぬいぐるみが、杖を持って立っていました。ただ、その顔についている筈の目がありません。


「君は?」


「私は、ブラインドキャット、でも本当は、エリザベスって名前を貰っていたわ」猫は、答えました。「あなたは?」


「クッキーベア」


「クッキー?どうしてまた?」


「クッキーと一緒に棄てられちゃからかな」


「そうなの、でも甘くて優しい感じの名前よ」


「僕を棄てた子は、見栄っぱりだったけど、本当は優しい子だったよ。」クッキーベアは遠くを見て言いました。「棄てられた時は、悲しかったけど、今ではその子も後悔していてさ、正直気持ちの整理がまだついていないかも」


「私は・・・」とブラインドキャットは、何かを言おうをして口をつぐみました。クッキーベアは、首を傾げました。「きっと間もなく居なくなるの」


「どうして?」


「私と繋がっている心の糸が間もなく切れるから」


「そうなんだ・・・」


「ねぇ、海は輝いている?」


「そうか、これが海・・・夕日の明かりに照らされて輝いているよ。」


「私も見たかったな」


「見えないの?」


「だって、目が付いていないもの。」


「付けてもらえば?」


「別にいらないわ、私も、最初目を取られたときは、恨んだけど、お婆さんの心が繋がったときに判ったの、自分の姿が見られるのが嫌だったんだって、だからそのままでいいの。見えないまま、病室でずっと一緒だったけど、具合が悪くなってからは一緒に居られなくなって、私は棄てられちゃったわ、最期に見たお婆さん、体中に紐みたいのが付けられて、苦しそうだった。でも、まだ、私の事は忘れないでいてくれているなら、このままでいいの。」


「君も、棄てられてしまったんだね」


「でも、心は繋がっているわ」


「そうだね、僕もそうだし、ああ、夕日が沈んでしまう・・・キラキラが無くなっちゃった」


「残念ね。もう夜が来たなら、今夜は私の家にいらっしゃいな、小さい家だけど」ブラインドキャットはそう言ってから、思い出したように付け加えました

「ねぇ、ちょっとあなたを触ってもいい?家に入るかどうか調べないと」


「いいよ」と返事をするとブラインドキャットは、手をそっと前に出しました。クッキーベアは体をその手に寄せました、小さい手が、クッキーベアのあちこちをなでまくりました。


「あら、あなたは小さくて、布製なのね、でもあちこちに縫い目があるわ・・・」


「うん、珍しいってみんなに言われる、パッチワークっていう奴なんだって」


「ああ・・・私のお婆さんも、元気な頃に作っていたわ」懐かしそうにブラインドキャットが言いました。「きっと素敵な柄ね、見てみたいわねぇ」やがて、あちこちを触る手が止りました。


「あなたの大きさなら充分、私のお家にはいれるわよ」


「わぁ、一気に暗くなってきた。」すっかり太陽が沈むと、景色が次第に闇に包まれ始めました。


「大丈夫、私の肘を持って付いてきなさい」クッキーベアは、ブラインドキャットが杖を持つ腕とは反対側の肘にそっと手を当てました。「闇は、私には関係ないもの」


「行くわよ」とブラインドキャットは砂浜を歩きました。最初は、まだ少しは周りが見えていたのに、どんどん闇は深まってきます。さざ波の音、風で草が擦れ合う音。景色のある世界から、音の世界に移ろってゆきました。


 2体は、ゆっくりと波打ち際から、離れてゆきました、猫のぬいぐるみは、ときどき杖で何かを確かめるように、地面を打ちました。するとそこに何か硬いものがあるのか、カツンと音が響きました。そして、時折顔をあげて風の中になにかあるものを探す仕草をしたり、口の中で数を数えたりもしていました。


 熊のぬいぐるみは、猫の肘から感じる安心感によりそいながら、猫の邪魔にならないように押し黙ったまま、付いてゆきました。


「さあ、ついたわ」ブラインドキャットは、杖で何かをぽんぽんと叩きました。クッキーベアが目を凝らしてみれば、そこにあるのは藁で作られた大きなねこちぐらでした。


「さぁ入って」猫は杖をちぐらの前に立てかけると、中に入ってゆきました。


「立派な戸建てだね」クッキーベアも、それにつづいて入ってゆきました。大きさは二体が立っても充分な高さがあり、広さもクッキーベアと同じ大きさならまだ、2体は入れそうでした。


「案山子さんが作ってくれたのよ」ブラインドキャットは言いました。「独りで住みたいって我が儘をいったら、構いませんよって・・・不思議な方だわ」


 二体は、案山子の話しやら、本日のハートコットンの仕事の話しやらをして、ちぐらの中で過ごすと、どちらかとも無く寝入ってしまいました。


朝になると、流石に戻らないと駄目かなと、クッキーベアは話しました。

「でも、どうしたらいいかな?畑の道は迷路だもの」


「出て来たところを覚えている?」ブラインドキャットは、首を傾げて訊きました。


「うん、だいたい。」


「じゃあ、そこから畑に入れば、ウサギがきっと走ってくるからそれに付いてゆけばいいわ、聞いた話しだと、ウサギはあそこを定期的に回っているらしいから」


「居ながらにして、詳しいんだね」クッキーベアは感心しました。


「あなたみたいなぬいぐるみが、結構いるのよ。で、いろいろ話しも聞かせてくれるのよね」



「僕みたいなのが、居たなんて」クッキーベアは、ほっとしたような気分になりました。柄が他のぬいぐるみと違っているのに、行動までおかしいと思われたら、どうしようと思っていたからです。


「そう、結構おっちょこちょいな奴も居るのよ」ブラインドキャットは、笑みを見せました。


「安心したぁ・・・ありがとう、ねぇまた遊びに来ていい?」


「いいけど・・・」ブラインドキャットは、言いよどみました。


「けど?」クッキーベアは、首を傾げました


「ううん、なんでもない、いつでもいいわよ」猫は、笑みで返しました


そうしてクッキーベアは、ねこちぐらを出ると、浜に向って降りてゆき、浜沿いに走りました、朝焼けに海が輝いて見えました。


「綺麗だな・・・ブラインドキャットにも見せてあげたいなあ」熊のぬいぐるみは、ふと脚を止めて思わず見入ってしまいましたが、さあ急がないと、案山子さんも心配しているかも、と自分なりに一生懸命に駆けました。


 そして、畑の迷路に飛び込んでじっと待っていると、ウサギがやってきました、その後ろには、ぬいぐるみ達が列を成しています。


「よし!!」とクッキーベアは、最期のぬいぐるみが前をよぎった瞬間に、その後ろについて一生懸命走りました。そうして、ようやく元の案山子の屋敷がある場所まで戻って来たのです。



「案山子さん、昨日はごめんなさい」クッキーベアは、案山子の作業場所に行くと、先ずは謝りました。


「迷子になったみたいですね?」案山子は、作業をする手を止めて、熊のぬいぐるみを見ました。


「畑の迷路から飛び出してしまって・・・」


「やはり、そうですか。ウサギに遅れると近道をしようとして、畑から出るぬいぐるみは、毎回いますので、そうかもと思っていましたけど、無事で良かったです。そして謝るなら私より、ボックに謝りなさい、置いて行ってしまったのは自分のせいだと、とても悔やんでいましたから・・・」


「はい、そうします」とクッキーベアはその場を離れようとして、脚を止めました。


「あの案山子さん」


「なんですか?」


「ブラインドキャットに逢いました。」


「元気そうでしたか?」


「はい、一緒に語り明かしてしまいました」


「それは良かった」


「で、あの・・・」


「はい?」


「彼女に目を付けることはできないのでしょうか?」


「できない事もありません、ブラインドキャットが欲するかどうかだけの問題なのですから」


「じゃあ、付けられるのですね・・・」


「付けたいと言ってましたか?」


「ううん」とクッキーベアは頭を横に振りました。「でも、海の輝きを見せてあげたいんです」


「もし・・・もし彼女が望むようなら、このボタンを縫い付けてあげなさい」と案山子は、机にある抽斗をひとつ開けて、中から虹色の箱を取り出しました。そしてその箱の蓋を開けて二つの青いボタンをつまみ上げると、それをクッキーベアに渡しました。


「でも、僕は縫えません」


「ブラインドキャットが望んでいれば、勝手にくっつきます、でも望まなければ、縫っても外れてしまいます」


「わかりました、ありがとうございます。」クッキーベアは、ぺこりとお辞儀をすると、走り去ってしまいました。


「元気だねえ」案山子は、小さくなって行く熊のぬいぐるみの背を見ていましたが、やがて作業に戻りました。



「心配させてごめんなさい」暫く後クッキーベアは、ボックを見つけて謝っていました。

「本当だよ、どこにいったか、ひょっとしたら襲われたのじゃないかと思ってさ、夜もぐっすり眠れなかったよ」ボックは、自分でそう言う通りにとても眠そうでした。


「本当にごめんなさい」クッキーベアは、もう一回謝りました。


「いいよいいよ、無事だったんだし」


「で、お願いもあるのだけど・・・」


「何?」


「海は知っている?」


「もちろんさ」


「行った事はある?」


「あるけど・・・なんで?」


「畑の迷路だとつらいから、直接行きたいんだ。猫のぬいぐるみに逢いに」


「ブラインドキャットさん?」ボックの返事に、クッキーベアは、びっくりしました。あの猫のぬいぐるみを知っているのは、そんなに居ないと勝手に思っていたからです。


「うん」


「聞き上手なぬいぐるみでしょ」


「うんうん」


「どうして、ブラインドキャットさんに逢いたいの?」


「目を付けてあげたいの」とクッキーベアは、手にしたボタンを見せました。


「あのぬいぐるみに逢うと、誰もそうしたがるのだけど、あの方はずっと遠慮していたんだよ」ボックは、きっとダメだよと思いながら返事をしました。



「そうなんだ」クッキーベアは、がっかりしましたが、顔を上げると。「でも、行ってみる」と言いました。「だから連れて行って」


「仕方ないなあ」ボックは、頷きました。「案内するよ」


ふたつのぬいぐるみは、流れてきた川沿いに歩き、やがてその支流沿いに進路を変えて歩きました。そして海にでると、浜沿いにのんびりと歩き続けました。


やがて、浜辺に立っている猫のぬいぐるみを見つけました。


「いたいた」とボックとクッキーベアが駆け寄って行ったとき、突然猫のぬいぐるみは、膝を折って前につんのめるように倒れてしまいました。


「エリザベス!!」クッキーベアは、ウサギのぬいぐるみのもう一つの名を叫びました、どうして、ブラインドキャットと呼ばなかったのかは自分でも判りません。


そうして2体のぬいぐるみか駆け寄り、クッキーベアは猫のぬいぐるみを抱き起こしました。


「呼んだ?」ブラインドキャットは小声で言いました。


「大丈夫?」


「ああ、その声はクッキーベアだね。大丈夫と言われれば、大丈夫じゃないけど、でも苦しい訳じゃないよ。ハートコットンの力が弱くなっているんだ。お婆さんが間もなく天国に召されるのじゃないかな?」


「どうして・・・どうして・・・」クッキーベアは、ボックを見ました。ボックは首を横に振るばかりです。


「ねぇ、今、海は輝いているのかしら」


「うん、綺麗だよすっごくきらきらしている。今、見られるから・・・ねぇ、ちょっと待って」クッキーベアは、握りしめたボタンを猫のぬいぐるみに貼付けてみました。それは落ちる事がなく、ふたつしっかり付きました。


「ああ、見えるよ。太陽の明かりでキラキラしている。」ブラインドキャットは、うっとりとした声で頷きました。


「あ、り、が、と」そう言うとブラインドキャットの縫い目という縫い目が、ほつれはじめ、中から綿がちぎれ飛んで空に舞ってゆきました。


 そして、ピンク色の綿だけは、その形を残したまま、空に高く、高く昇ってゆきました。最期には砂の上に、青いボタンが二つ残されているだけでした。


 クッキーベアは、あっけにとられながら、腕の中にまだ残っているように感じるブラインドキャットの重さの感覚を慈しみながら空を見上げるばかりでした。何が起きたんだろう、不思議な体験をしたという気持ちでいましたが、腕の上には何もありません。どこかに行ったのかなと、周囲を見回しても、猫のぬいぐるみは居ません。ボックが、悲しそうにうなだれていました。


 居なくなってしまったんだ。


 それに気がついた時、胸が張り裂けそうな感じが、体一杯にひろがり、膨れ上がり、心がはち切れそうになってきました。やがてその感情の吐き出し口に口や目が選ばれ、そこから何かかほとばしりました。


「わぁぁぁぁぁ」今まで、出したことのない、意味を持たない、感情だけの叫びが、口から溢れ、ボタンできでた黒い目から水があふれ出ました。


 どうして?どうして?ボックを見ても、小さい馬は、悲しそうにだまりこくったままでした。


 翌日になって心が少し落ち着くと、クッキーベアは、案山子のもとを訪れて、ブラインドキャットの話しをしました。


「そうでしたか」と案山子は頷くだけでした。そしてクッキーベアから渡された、二つのボタンを受け取ると、もとにあった場所にしまいました。


「ぼくらはみんな何時か消えるのですか?」クッキーベアは、訊きました。


「はい、あなた方を思う人が居なくなると消えるのです」


「忘れ去られても?」クッキーベアの問いに案山子は寂しそうに頷くだけでした。




 真っ暗な新月の夜。星々は月の明かりに負けていた日々を取り戻そうとするかのように煌めいています。


 その闇の中をおんぼろの黒い軽トラを運転していた黒ずくめの二人組がいました。二人は、かつては多くの人が住んでいた、団地の前に車を駐めると。窓明かりひとつない、棟の一つに入ってゆきました。そして階段を上り一番上の階まで歩くと。その隅にあるダストシュートの前に立ち止まりました。


 やがて、そのダストシュートの口がカタカタと音を鳴らし、風がそこから吹き出して来ました。その風はどんどん強くなってきて、重い蓋がドンと言う音と共に思い切り開くと中から、ひとつのぬいぐるみが、飛び出してきました。


 舞い上がったそれを、黒ずくめの一人が抱えるように受けました。そして何事もなかったかのように風が止みました。


 二つの黒い人影は、暫くそこに佇んでいましたが、再び風がダストシュートから出て来ないためか、やがてそこを立ち去りました。そして軽トラに乗り込むと、走り去りました。沢山の町明かりの中を走り、暗い町の中を走り、つづら折りの木々に覆われた道を進み、やがて山の中にぽつねんと建っている、木造の小さい家の手前に車を駐めました。家人は寝て居るのでしょう、窓からは明かりは漏れていません。エンジンが切られ、ヘッドライトの端の明かりだけが、暗くその家を照らしました。


 木とガラスでできた、古い開き戸の脇には小さい扉が付いていました。

その扉には、「夜間受付」とだけ、白いペンキで書かれていました。黒い人影は、その扉をあけると、手にしたぬいぐるみを、その扉の中にそっと入れました。


 白く毛足の長い目のない猫のぬいぐるみ・・・


 そして、車に戻るとエンジンをかけて、そこで狭い道で何度もハンドルを切りかえして来た道に車の頭を向けようとしました。


 そのときヘッドライトの明かりが家をまっすぐに照らしました。


「ぬいぐるみ修理しいたします」と小さい木製の看板が開き扉の上に浮かび上がりました。


 やがて、暗い道を車は赤いテールランプの尾を引きながら去ってゆきました。


 その次の日の朝、奥の狭い部屋から起きてきた、作務衣姿の白髪、白髭のおじいさんが、夜間受付の箱に入った猫のぬいぐるみを両手で拾いあげました。


「おやおや、可哀想に目が取れちゃったんだね。お前さんは猫だから、僅かな明かりでも輝くキラキラ光る目を付けてあげようね」

 

 そうして、小さい工房にそのぬいぐるみを持ってゆきました。



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