スロウ・インヴェイジョン
「もし拡散してるとなると……影響範囲は?」
第零分隊本部。沢渡圭吾はモニターの前で、指先を止めずに言った。背後のスクリーンには都市の上水網と人口分布が幾重にも重なった地図が広がっている。冷たい光が、彼の顔を青白く照らしていた。
「篠原、真鍋。現地の施設レイアウト、今受け取った。処理ラインの構造、思ったより単純だな」
『そっちで何かわかる?』
「今シミュレーションを走らせてる。処理施設から市街地への分岐点を基準に、拡散経路を逆算中。……お前らが言ってた三宅ってやつ、やっぱり臭うな」
『名簿に記載あり、でも業者データベースには記録なし。本人確認の手順は通ってるが、偽装の可能性は高い』
真鍋の低い声が通信に割り込む。
「薬剤保管庫の記録、三日前で途切れていたな?」
『ああ。三宅が入ったのも、その日だ』
沢渡は端末を操作し、衛星写真と水道局のデータを照合する。
「……拡散範囲、仮想モデル確定。現在、市北東エリアを中心に拡がっている。人口三万五千、うち六割が朝の時点で該当ラインの水を使用済み。時間経過とともに、影響は二次的に他区画へも波及する」
『二次感染のリスクは?』
「定性的には未確定。ただし、成分の化学的安定性と生分解性から見て——このまま放置すれば、人体への蓄積は避けられない」
『……拡散してる?』
篠原の声が、やや抑え気味に落ちた。
「静かに、だけど確実に。処理場から流れ出した“何か”が、都市の水道網に溶け込んでる」
『回収や無効化は?』
「難しい。拡散初期を過ぎている。通常の逆浸透フィルターや殺菌処理では対応不能だ。……そもそも、これは水を“汚す”というより、“人に作用する”ために設計されてる可能性がある」
『目的は何だ? ただのテロ行為か?』
「まだ断定できない。でも、目立つ破壊じゃない。あくまで静かに、気づかれないように」
真鍋が息を吐いた。
『都市の内部から、じわじわと壊す……』
「そうだ。“静かに”、がキーワードだ。システム障害、記録の不整合、確認不能の作業員……全てが一方向を指してる」
短い沈黙ののち、沢渡が別のマップを呼び出した。想定影響エリア。赤と黄色の色分けが、地図上をじわじわと侵食していく。
「……次に何が起こるか、わかるか?」
『症状だな』
「そう。どこかの小児科か、急患外来が最初に騒ぎ出す。水を介して、ある特定の反応を起こす“仕込み”がされてたとすれば……数時間以内に表面化する」
篠原が声を落とす。
『隊長たちに伝えた方がいいね。もう個別の事案じゃない』
「いや、伝えるだけじゃ足りない。こっちは行政のラインも巻き込んで対応を始める。だが——そっちは、現場でこれを止めるしかない」
真鍋が短くうなずいた。
『わかった。俺たちはこの“三宅”の痕跡を追う。残された痕跡があるはずだ』
『異物がどこから来たのか。どこへ向かおうとしてるのか』
篠原と真鍋の声が交差した。
沢渡は静かに、モニターから視線を上げる。
「……頼んだ。もう、これは偶然じゃない。“誰か”がやってる。俺たちはその意図を見逃さない」
(続く)




