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ウォーター・アラーム

 真鍋隼人と篠原結衣が、灰色に曇った空の下、小さな地方都市の浄水施設に到着したのは、昼を過ぎてすぐのことだった。

 施設の門には警備員が立ち、普段は開放的であろう事務棟の入り口には臨時の通行リストが貼られている。


「思ったより……小さい施設ね」


 篠原がサングラス越しに門の奥を見つめる。

 真鍋は携帯端末を確認しながら答えた。


「それでも一日数万トンの処理能力があるらしい。地方都市なら十分だよ」


 彼らは内閣情報調査室直属の特殊任務部隊、第零分隊、通称“ゼロ隊”の一員である。

 今回の任務は、水質異常の調査と原因の特定——だが、それは表向きにすぎない。


 発端は一件の報告だった。

 この地域の医療機関に、複数の市民が下痢や嘔吐、発熱といった症状で相次いで搬送された。

 保健所の聞き取りで、すべての患者が同じ浄水場の供給圏内にいることが判明。

 その報告は厚生労働省へ上げられ、さらに内閣官房を経て、情報調査室に共有された。


 そして——

「これは、ゼロ隊向きの案件だ」と判断された。


「先に出た環境分析の速報、見た?」


「見た。通常の塩素処理じゃ除去できない成分が含まれてる。しかも、有機化合物の構造がちょっと妙だ」


 真鍋が小さくうなずいた。


「自然由来には見えない。下手すりゃバイオ兵器の類だ」


「本当に?」


「わからない。けど、あり得なくはない」


 真鍋の目が、施設の構造を追っていた。

 無人カメラが回る監視塔、処理槽のある低層の建物、そして隣接する水道局の管理棟。

 すべてが静かに、しかし不気味に沈黙している。


 一方で、篠原は事務棟から出てきた人物に視線を移した。

 青い作業服の中年男性。名札には「瀬口」とある。


「分隊の方ですね? 水道局の瀬口です。上に話は通っています」


「お時間、いただけますか」


「ええ、こちらへ」


 三人は小会議室に通された。真鍋は早速、持参したタブレットを取り出し、話を進める。


「瀬口さん、この施設で異常が出たのはいつからですか?」


「明確なのは三日前です。最初の苦情は『水の味が違う』というものでしたが……その後、症状を訴える人が出て」


「水質の検査は?」


「毎日しています。でも、定期検査では基準を満たしていました。問題は……通常の検査では出ない成分があるという点でして」


「それが、昨日届いた速報にあった“未知の有機化合物”です」


 篠原が淡々と補足する。

 瀬口の顔に、うっすらとした焦りが浮かんだ。


「正直、私たちの手には余る話で……。本部にも報告しましたが、あそこも混乱していて。中央の方が動いてくれて本当に助かります」


「瀬口さん。この施設、外部から成分を混入させることは可能ですか?」


 真鍋の問いに、瀬口は黙った。

 その沈黙が何かを物語っていた。


「……通常は無理です。でも、ひとつだけ、保守点検の経路があって」


「そこを誰かが使った?」


「わかりません。ただ……数日前に、臨時の点検作業員が一人来ていたという報告はあります」


「誰が?」


「登録情報では、県の委託業者ですが……。今、そちらにも確認中です」


 篠原と真鍋が一瞬、視線を交わす。


「その作業員のリスト、今すぐいただけますか」


「ええ、すぐに」


 ——最初の糸口は見えた。

 だが、まだ核心には遠い。

 現場を調べる中で、ゼロ隊はさらなる“異物”と出会うことになる。


 それは、ただの異常ではなかった。

“意思”を持って、都市の水に溶け込んだ“汚染”だった。


(続く)


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