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井の中の蛙になれる俺

作者: Macou

始まりはお父さんと見ていたアニメだった。

俺、河合貴久(カワイタカヒサ)の父は小さな会社経営をしている。いつも忙しく、小学5年生の俺と遊ぶ暇なんてほとんどない。それでも俺が夕ご飯を終えて大好きなバスケのアニメを見ている時だけは缶ビールとつまみを持って俺の隣に座る。そしてつまみのピーナッツを一粒渡されて、一緒にバスケのアニメを見るのが日課だ。俺が好きなアニメがどうやらお父さんも好きらしい。好きな物が同じというだけで俺は少し嬉しかったりする。


俺の性格はお調子者で通っている。

俺の町は小さい田舎だ。学年ごとにクラスは1クラスしかなくて、1年から6年までずっと同じメンバーで小学校を卒業するのだ。小学校はいいところだ。授業で俺はわからないのに手をあげる。そして大きな声で言う。

「わかりません!!」そうするとクラスみんなは大笑いだ。それがちょっと気持ちよかったりする。

先生も

「まったく〜河合がわかるように説明するとだな・・・」

なんて俺中心に授業が進められている気がしてこれまた気持ちいい。


俺は小学校が終わると地域のバスケットボールクラブに通っている。自慢じゃないが、体力と運動神経だけは学年でいつもトップだ。まぁ・・・学力はね・・・いらないよな?笑 

小学校は足が速いってだけで女子から注目を浴びる。女子の歓声や視線を浴びると俄然やる気になる!


そんな俺も中学生になった。

うちの中学は4つの小学校が合わさり、一つの中学になる。小学校で足が速い俺は常に1番だったのに、中学に上がると、上には上がいた。陸上部の奴らだった。


俺はちなみにバスケ部。背は小さいがもちまえの運動神経と足のはやさでポイントガードのポディションでこの地域では俺の上に行くやつなんていない。地域のクラブチームのコーチはいつも俺を褒める。



中学校は少し立ち位置が難しかった。

ヤンキーはタバコを吸うなんて噂を聞いた。そんな奴らに逆らったらえらいことだ。なるべく関わりを持ちたくない。お調子者の俺だって、小学校ではふざけまくっていたけれど、怖い同級生や先輩達に絡まれるのはごめんだ。だからといって、陰キャラ扱いもごめんだ。


そんな俺は悪い噂も流れた。

「アイツ小学校の時とキャラ違うくね?」

「びびってんのか?」

そんな風に言うやつがいたもんだから目をつけられる。

「おい。今日の日直お前かわれよ」クラスで中心にいる高橋に言われたらやるしかない。

「おう。いいよいいよ。俺日直嫌いじゃないし〜」なんてご機嫌をとっていたら俺は高橋に気に入られてしまった。

それから「パシリの河合」なんてあだ名をつけられ始めた。パシリの河合はなんでも屋だ。

「おい!なんかおもしろい事やれよ」なんて命令されたら流行りのギャグを全力でやる。それがウケるがウケまいが。中学生はきつかった。


それでも俺には誇りに思う事があった。バスケだ。

バスケをしている時だけは本当の自分になれる気がした。背の高いやつら相手にもスピードで抜いてゴールをキメる。ボールがゴールに入る瞬間は時が止まるように気持ちがいい。主役の俺が活躍するたび

「あの子背は低いのにすごいな」

なんて噂されていた。



中学校生活はめんどくさくても、部活だけ大好きだった。顧問の先生も「おい河合!!ちょっとみんなに見本を見せてやってくれ」

なんて言われる俺は、自慢げに技術を皆に教えた。



俺にはバスケという強い武器があった。



こうして俺は、県で1番バスケの強い私立の高校に入学を決めた。嬉しかった。これで地元のヤンキー達とはおさらばだ。地域のバスケクラブチームのコーチ達は強豪校の入学に驚き、たくさんお祝いの言葉をかけてくれた。


ウチの高校は強いのはバスケ部だけではない。それぞれ色々な部活がインターハイ出場の常連で、ヤンキーなんていう部類のクラスメイトはいなかった。


バスケ部は全国各地から強いやつが集まってくる。中には外国人もいた。背の高さは俺の倍あるんじゃないか?と見上げるほど高いやつばかりだ。

それでも自慢のバスケの腕を披露しようと気合いが入った。





「井の中の蛙」だった。





みんなに上手いと言われていた技術も。人並みのようだ。そして、背の低さは大きなマイナスポイントだった。俺が見ていたアニメでは"背の高さなんて関係ない"なんて決め台詞があったのに、現実は甘くなかった。

試合の出場機会はなく、ずっと俺はメンバーの荷物運びと水分補給係など。バスケより、雑務の仕事ばかりだった。最初は悔しくて悔しくて、今更牛乳ばかり飲んだり、もがいていたが、段々そんな事も慣れていった。


そして2年になり後輩達ができると雑務の仕事を指示する係になった。バスケットボールに触る時間さえ少なくなってきたのだ。それでも同級生や後輩達に舐められたくない。その一心で昔の武勇伝を話したりした。


そして先輩の1人がいった。

「おい!カワズ!!お茶入ってねぇぞ!」

俺のあだ名は・・・・カワイじゃない。カワズになった。



そう。井の中の(カワズ)のカワズだ。




そんな俺をよく見てくれていたのは監督だった。

「おい河合。お前に相談がある。」

「はい。」監督に話しかけられるだけでもなんだか嬉しかった。



「河合はいつも水分補給の用意や、コートの整備を丁寧に行なってくれているな。試合に出場することはなくてもよく全体が見れているな。これからもきっと出場はないと思うが、ありがとう。変わらず頼むぞ。」

「はい。」俺は強豪校のこのジャージを着ていることが誇りだった。だからどんな立場でもこの学校、部活にしがみつき、できる事を全力でやっていた。それを認めてくれる監督の存在は俺にとって大きかった。


監督は話を続けた。

「どうだ。河合。マネージャーになってみないか?」

その言葉は屈辱的なのかこれまでの評価なのか、少し俺は混乱した。

「マネージャーになってくれれば常にベンチに入れてやることができる。スコアボードの記録ややる事も増えてくるが、河合ならできるはずだ。それにバスケの試合運びや選手の気持ちを生で感じられるだろう。一回考えてみてくれ」



それは俺にとってのバスケ選手、引退ということなのか。もう練習にはもちろん参加できないし、ずっと仕事に回ることになる。

俺、この高校・・・間違えたかな・・・

そんな言葉が頭をよぎる。



結局、頼まれたら断れない俺の性格の答えはもう出ていた。

マネージャーという立場は選手の立場とまるで違った。監督とコーチ達が話している会話の中にも入ることができた。そしてマネージャーの俺は進んでメモした。そして選手達に橋渡しをする。

段々と部内でも俺の立場は変わってきた。


「カワズ・・・俺。試合中どうしても息が切れるんだ。」相談もよくされるようになった。

「そうだな。お前は第4クール当たりからいつも体力が落ち始める。」記録をつけているうちに選手一人一人の特徴も把握できるようになってきた。

そしてライバル校の試合を下見に行くようになったりした。そしてそれを選手や監督達に報告する。

カワズはこの部活にあってはならない存在になっていった。



そしてある時後輩が言う。

「カワズ先輩。なんで苗字は"河合"なのに"カワズ"なんですか?」俺は笑って言ってやった。

「俺は自分で自分を高く見ていた井の中の蛙だったんだ。それでもな。カワズにできる事はたくさんあるんだよ」

「さすがですカワズ先輩。かっこいいです」後輩達は監督や選手達に認められている俺をよく慕ってくれた。



こうしてカワズは高校を卒業した。

高校の監督から教わったバスケの試合運びなどを武器に、バスケを教える側になりたかった俺は、大学に推薦してもらった。その夢を1番応援してくれていたのは高校の監督だった。



そして俺は、地元に帰った。

駅前のパチンコ屋の前には変わらずの仲間とタバコをすってたむろっている高橋がいた。大人になった俺はそんな奴らを横目で見ながら素通りしていった。


俺の地元は小さな田舎だ。

昔俺が所属していたバスケットのクラブチームはもう存在していなかった。そこで俺は、クラブチームを作った。

小さな幼稚園児や小中学生、趣味でやる人、お年寄りの体力作りコースなどさまざまな人が通えるクラブチームを作り、毎日大好きなバスケに携われる仕事につく事ができた。

そこではマネージャー時代とは違う。自分の指示で育成し、常にボールを触る事もできる。そして評判もよかったので生徒数もとても多く、好評だった。


そんなある日、仕事を終えて、体育館を整備し、帰ろうとすると外からほのかにタバコの匂いがした。




「おう。久しぶり。」

そこに立っていたのは地元で有名だったヤンキー高橋だった。

「あぁ。」大人になった今でも俺は少し苦手意識が残っていた。

「河合。自分で商売やっててすごいなww」

「あ・・・ありがとう。どうかした?」

「相談があるんだ。俺はあれからガキが出来て高校中退したんだ。俺は昔から羨ましかったよ。バスケっていう強い武器があるお前がな。」

「え???」


俺は"パシリの河合"だったはず・・・・そんな俺が羨ましいなんて・・・びっくりした。


「俺のガキもさ。俺に似てやんちゃで手がかかるんだよwwwだからさ。お前のところでバスケを教えてやってくれないかな?」

「え・・・??」高橋に頼まれるとは驚いた。

「色々嫌な思いをさせてたのなら俺が全て悪かったよ。ごめん。そんな俺の言う事なんて・・無理かな?」

なんだか怖かった高橋はとても小さく弱々しく見えた。


「いやいや。これは俺の仕事なんでね。任せてよ。それに俺のすごいと思っていた武器のバスケには上には上がいたよ。俺なんて井の中の蛙だったんだ。全然羨ましがられるような人生ではなかったよ」

高橋に寄り添うと高橋は笑ってくれた。

「高橋もパパ頑張ってんだ。すごいな」

俺は初めて、高橋と対等な関係で会話ができた。



俺は井の中の蛙だったのかもしれない。ただカワズにはカワズなりのプライドや誇りがある。それに井の中の蛙になれる事だって誰でもなれる者ではないと感じる事ができた。そう思うと自信を持って俺は井の中の蛙だと思えた。そしてこれからも自分のチームを作って井の中の蛙を続けようと思った。

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