プロローグと第1話
1分30秒という短い時間で何ができるのだろうか。
なんとなく「短い」と言ってしまったが、そもそも1分30秒は短いのだろうか。
カップラーメンも作れない。冷凍食品をレンジで温めるのならばW数にもよるが恐らくもうちょっと温めたいくらい。SNSをスワイプしていればそれこそ”秒”で過ぎ去っていくほどの短そうな時間ではあるが、人の死を伝えるには十分すぎる時間なのだ。まして、1分30秒も与えてもらえたのなら、その人は運がいい方なのかもしれない。日によっては1分に満たないこともある。
自分はどう思うのだろうか、と考えずにはいられなかった。
もし自分の大切な人が不慮の事故で亡くなったとして、悪意ある事故で亡くなったとして、不幸なその出来事が40秒のニュースにされたとしたら。
「1日に報道されていない事件はこんなにもあって、こんなにも人が亡くなるものなのか」
それが、浜野紬がテレビ局に入社して感じたことだった。
もちろん、入社した同期みんながみんなそんなことを感じた訳ではなく、浜野が報道部に記者として配属されたからこそ感じたことである。元々の希望はテレビ局の花形部署とも呼ばれる編成部であり、就活もその体で採用してもらえたのだが、どうやら社会というものはそこまで甘くないらしい。浜野が入社したテレビ局は、新卒で採用された学生は数年の間、報道部が営業部に配属されることが確定していたらしいことを入社してから知った。だったら採用の段階でそう言えよ、と辞令交付された時に思った。
子供の頃から歴史は好きだったが、なぜか公民だけはなかなか覚えられなかった。大学時代には経済学を学び、デザインを独学で少し齧っていた。マスコミのこともメディアのことも大して勉強してきたわけではないので、そんな浜野にとって「報道」というのは未知の領域だった。心の中では独り言のように毒づけるが敵を作らないように生きているし、側から見れば「ほわほわ」「ふんわり」という表現が似合う子だ。「嫌う人がいなさそうな性格だよね」と同年代の友達に言われたこともある。上から目線で言いやがって、と思ったがそれも心の中だけに留めておいた。
そんな浜野が「報道記者」である。
採用の段階でそう言えよ〜とか強気なことを思っていたが、
内心では自分に務まるのだろうかという不安がよぎる。
テレビで見るあの記者でしょ??
時には現場から中継したりスタジオで解説したりするあの記者でしょ??
記者、記者、、、と心の中で言い続けていると、就職活動をしていた大学生の自分を思い出す。「貴社で働きたいです」と何社に送ったことか。当時は、きしゃと打っても予測変換の一番最後に出てきていた「記者」という2文字が、一気に自分の中で意味のある言葉として見えてきた気がした。
が、そこは「ほわほわ」「ふんわり」が似合う浜野。お腹が空けば悩みは忘れる。というか、報道部の仕事内容をあまり聞いていないうちから決めるのはセンスがない気がして、悔しくなったから考えるのを辞めた。まあテレビ局だし、ロケについて行ったりするんだろうか、有名な方にインタビューとかできるんだろうか、など自分の記者姿をぼんやりと思い描いていた。
社会が甘くないのと同様に、
報道部も全く甘くないと知ったのは入社して2ヶ月ほど経った頃だろうか。
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