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護符  作者: 橋尾 京果
17/20

017)カマル【親友】

[登場人物]

カマル:書記見習い、アンドロイド

メリメルセゲル(メリ):書記見習い

志咲里(しえり)(シェリ):メリの母親


*カァ(魂の形の一つ):生命力

カマルはもう一人の自分を、自分の横に座らせてくれるように、メリメルセゲルへ頼んだ。


昨日の新月の日まで、カマル自身だったボディだ。

今、古代エジプトに来ている旅行者達が未来へ戻る時に、一緒に回収される予定の備品だ。


未来から届けられた今の身体へ、データを移して稼働させたばかりだったが、また元のボディに戻ることになる。

元のボディでもバッテリーに問題は無い。


意識の無い人間と違い、ただ動かないだけの人形を動かすのに、そんなに苦労はかからないはずだ。

案の定、メリメルセゲルは簡単にやってのけた。


「手順は簡単だ。私が意識を無くしたら。メリは私の頭頂部から、指先ほどの大きさの、薄っぺらい板を取り出してくれ」

「頭から板を?」

「その辺の棚に、黒い小さな箱があるだろう。取ってくれ」


渡された箱の蓋を開けてもらい、中に入っている使用済みのチップを見せる。

それは、古代エジプトへ潜入してからの二十三年に及ぶ、カマルの記憶が入ったメモリチップだった。

バックアップ用に保管してあるのだ。


「これと同じ物が、私の頭に埋まっている。軽く押せば取り出せる。取り出したら。そちらの私の、同じ位置へ埋め込んで欲しい」


いつもは、脳内のデータを二体で同期させれば事足りている。

今は通信機能が損傷を受けているようで、データの同期ができなくなっていた。


「こんな物が頭の中に入っていて。痛くないのか」

メリメルセゲルの顔が、心無しか青ざめている。

共感性の高さゆえの優しい性格が発動しているのだ。


「そういう身体の構造になっているから、痛みは無いんだ」

「これは、何なんだ?」


「そうだな。私のバァだと思ってくれたらいい」

バァとは古代エジプト人の考える魂の形の一つで、人間の個性を決定しているパーツだ。


「埋め込んだら。そちらの私の、左右の耳たぶを同時に強く押すんだ。それで、私は目を覚ます。カァが戻ってくるんだ」

「分かった」

メリメルセゲルは実直な顔を向けてきた。


天然なところはあるが、飲み込みは良い子だ。

きっと、やり遂げてくれるだろう。


「じゃあ。こちらの私を落とす。そろそろ限界なんだ。頼んだよ。メリ」

カマルは自身の電源を落とした。


カマルの感覚では一瞬の出来事だった。

ログを確認すると、十分弱の空白がある。


瞼を開けると、目の前に、瞳を潤ませて自分を見つめるメリメルセゲルの顔があった。


「良かった!」

メリメルセゲルは掌で乱暴に瞳を拭った。


「ありがとう、メリ。やってくれたんだね」

負傷したボディでは遮断されていた、右腕と右足の体性感覚も戻っている。


さっきまでの自分が身に着けている腰巻きを取り、カマルはすくっと立ち上がった。

「上の階へ行こう。メリに、全てを打ち明けるよ」


部屋を出ようとして振り返ると、メリメルセゲルが、脱け殻となったカマルを抱きかかえようとしているのが目に入った。

「何をしてるんだ?」

「こんな所に。一人で置いておけない」


カマルは黙った。

この事態に見合う言葉が生成できなかったのだ。


死後の肉体に敬意を払う古代エジプト人の特性は理解している。

それを差し引いても、メリメルセゲルがカマルと言う存在へ向けてくれる愛情に、改めて深い感謝が生まれた。


二人は負傷者カマルと一緒に上階へ移動することになった。




ドーム天井の下で、カマルとメリメルセゲルは向かい合って座った。

負傷者カマルは長椅子に横になり、膝かけを掛けてもらっておとなしくしている。


「もう一度確認するが。本当に、ネフティトの所へ行かなくてもいいのか」

「何を犠牲にしてでも。今夜はお前の話を聞くって、俺も決断したから」


これから話す内容にメリメルセゲルがどんな反応を示すか、カマルはシミュレーションを繰り返した。

何度シミュレーションを重ねても良い結果は得られなかったが、もう、打ち明けることは決めていた。


こんな時、人間だったら緊張で、口の中がカラカラになるのだろう。


「メリから母親を取り上げたのは、私なんだ」


はっとしたメリメルセゲルが、カマルを見た。

「母さんは、冥界にいるのか?」

何百というシミュレーション結果でも示せ無かった言葉が返ってきた。


「冥界にはいない」

「じゃあ。どういうことなんだ」


「私は後の世から。時空を超えて、今のこの時代に来ている」

「後の世?冥界じゃなくて?」

「冥界は関係ない」

メリメルセゲルは目を細めて眉間に皺を寄せた。


あの地下空間はメリメルセゲルにとって、冥界に感じられたのかもしれないと思い至った。


「メリのお母様も。後の世の人なんだ」

「後の世の人間は。皆、カマルのように。頭の中に板を入れているのか」


意外と平気そうに見えていたが、メリメルセゲルにとって、先ほどの出来事はかなりインパクトがあったようだ。

思考の流れが、さっきの出来事へ結びついていて、気にするべき観点がズレている。


「お母様は。メリと同じ人間だから、板は入っていない」

マイクロチップの埋め込みをしている人はいるが、アンドロイドのように、記憶をデータとして保存はしていない。


「板を入れているのは。私のような、生きるために食事を必要とせず。あのように、瀕死の傷を負っても、身体の替えが利く者だ」

カマルとメリメルセゲルは、同時に負傷者カマルへ目を向けた。


「カマルは。俺と同じ人間では無いと言うことか?」

「そうだ」


メリメルセゲルはやっと、話の特異さに気が付いたようだ。

動きを止めて、難しい顔をしている。


「君のお母様。志咲里(しえり)様は、今から三五○○年ほど先の世界から、この地にやって来た。やって来たのは、ハトシェプスト女王がセド祭を行った年。あれから、もうすぐ十六年経つ」


志咲里が出発してきた未来は西暦二○七七年。

カマルはそれより三年前の未来からタイムスリップして、セド祭の八年前へやって来ていた。


「私は。冒険を提供する店の従業員で、お母様のお世話をしていたんだ」

旅行の概念を持たないメリメルセゲルに、旅行会社の存在を話しても伝わらない。


「カマルは、母さんと知り合いだったのか?」

「そうだ」


別荘で発見された志咲里の日記に、カマルの名前の記載があった。

どのみち、もう、メリメルセゲルに隠しておくことはできなかったのだ。


「そんなバカな。十六年も前だったら、カマルは生まれてもいないじゃないか」


「私は歳をとらない。今は、姿形を不定期で入れ替えて、成長しているように見せかけているだけだ」

メリメルセゲルは黙って負傷者カマルを見つめた。


「後の世から旅立つ前に約束してきたことを、志咲里様には守ってもらえなかった」

「約束って?」


「こちらの世界の者と、恋愛しないこと」

メリメルセゲルの顔の筋肉が強張った。


「メリのお父様を好きになってしまった志咲里様は。後の世には戻らず、こちらの世界で生きることを選んだ。でもそれは。後の世では、許されないことだった。それを充分理解していた志咲里様は、私の前から姿を消した」


旅行者が失踪、又は行方不明となった場合の対応は既に決まっていた。

現地駐在員、即ち、カマルによる徹底的な捜索だった。


何年かかってでも、例え、失踪者が骨になっていても捜し続けるのだ。

どんな姿になっていようとも未来へ戻す。

過去の世界に、未来の人間の功績はもちろん、DNAを残さないことを目的としている。


「私はすぐに、お父様の実家に行ったが。お父様も志咲里様も、どちらの姿も見付けられなかった。今思えば。アルマントの、あの別荘へ逃げていたのだろうね」


「母さんを見付けたら、どうするつもりだったんだ?」

「後の世へ、送り帰す」

「父さんと母さんの仲を、引き裂いてでも?」

「そうだ。それが決まりだから」

メリメルセゲルは硬い表情で視線を落とした。


「志咲里様が失踪して六年が過ぎた頃。ようやく。市場で、アクセサリーを売っている彼女を見付けた。昔の雰囲気は消えていたが。生き生きとしていて、幸せそうだった。傍らに、幼子がいた。メリ、君だよ」

メリメルセゲルに目を当てたカマルは意識の中に、その時の映像を呼び出していた。


「君は。近頃はお父様に似てきたが。その頃は、志咲里様の父親に似ていたよ」

メリメルセゲルは客へ向けて、懸命に愛想をふりまいていた。


「私はすぐに、二人を後の世へ送る手筈を整え、メリに接触した。志咲里様の居ない時を狙ってね」

「俺?」


「メリが首から下げていた、ベス神の護符を見せてと、声をかけた」

メリメルセゲルは全く警戒する様子も見せずに、護符を快く手渡してくれた。


「私は。護符へ、ある仕掛けを取り付けてメリに返した。その護符を身に着けていれば、君の居場所がわかる仕掛けだ」

毎年、メリメルセゲルにプレゼントするアンクレットにも、同じ装置が仕組まれている。


「その二日後。私は、志咲里様と会った。志咲里様は、私が説得に応じないのは知っていたから。最初に聞かれたのは、メリのことだったよ。メリはどうなるのかとね」


アンドロイドがアテンダントを担っていなかった半世紀ほど前は、タイムトラベルには今よりも多くの制約があった。


最大の制約は、旅立って来た次の新月前日までに未来へ戻らなければ、その者は二度と未来へ戻れないことだった。

タイムトラベルの往復には、行きと帰りで、生命体の数を合わせる必要があると考えられていたからだ。


だが実際は、生命体の数には関係が無く、認知能力に関係があると判明した。

過去にタイムスリップしたかどうかを認知できる存在の数を、行きと帰りで合わせられれば、過去に取り残された人間も未来へ戻ることが可能になる。


アンドロイドは数合わせに最適だった。

起動していれば、認知能力のある生命体としてカウントされ、起動せずに備品として移動すればカウントされない。


過去に取り残された人間を未来へ戻したければ、未来からアンドロイドを起動させた状態で過去へタイムスリップさせ、送り帰す人間と一緒に、備品として未来へ戻せば良いのだ。


「自分だけが、後の世へ送り帰されると怖れていた志咲里様は。メリも一緒に連れて行くと言うと、後の世へ戻ることを素直に了承したよ」


カマルの所属するタイムトラベル会社『T・T・T』は、未来人の遺伝子を持つメリメルセゲルの存在も、過去へ残しておくつもりは無いからだ。


志咲里はカマルがアンクレットを手渡すと、おとなしく身に着けて、もう逃げないから数日待って欲しいと言った。


「夫のサトに、別れを告げたいと言う志咲里様とは一旦別れた」

次の新月前日までには、まだ日があったからだ。


「メリと志咲里様を、陰で見守りながら数日が過ぎた、あの満月の夜。メリの護符が、不思議な動きを見せた。王家の谷へ向かって行ったんだ」

「俺が、王家の谷へ?」


「メリの護符を追って、私は王家の谷へ急いだ」

志咲里のアンクレットの位置はサトの家を示していたが、志咲里が何か画策しているのかもしれないと、カマルは考えたのだ。


「王家の谷を見下ろせる山の峰に着いた時。二人の男が、墓の中へ入って行くのが見えた。メリの夢に出てきた、パディとチェレプだ。メリのベス神の護符は、パディの首にぶら下がっていた」


「ちょっ。ちょっと、待ってくれ。カマルは。あの二人が盗掘に入るところを、見てたって言うのか」

「そうだ。私の瞳は、遠くのものでも拡大して、鮮明に見ることができるから」


「いや。そう言うことじゃなくて」

メリメルセゲルは軽く顎を押さえた。

考えをまとめているようだった。


「墓の場所を知ってるのか?」

「知っている」

護符からの信号は途絶えているが、今でも位置データは残っている。


カマルの答えを聞いたメリメルセゲルが、呆れたように、怒りの籠った息を吐き出した。

「知ってて。よく、今まで知らない振りができたな。俺が相談した時、どんな気持ちで聞いてたんだ。母さんのことを話した時もそうだ。お前は、知ってたのに。ずっと、俺に嘘をついてたんだな」


弁解するつもりは無かった。


「何なんだよ。本当に。何なんだよ、お前は」

メリメルセゲルの瞳から、恨みにも近い感情が読み取れた。


「罪悪感と言うものが、私には、そもそも欠如している」

アンドロイドが罪悪感を覚えていたら、人の情に流される危険を孕むと考えたエンジニアは、アテンダント用AIに罪悪感を組み込まなかったのだ。


「だから、メリにどれほど恨まれても、申し訳ないと言う気持ちは生まれ無い。だけど。君が、私に対して怒る気持ちや、悲しむ気持ちは理解できる」


「理解できるなら、尚更。お前のついた嘘は、許せない」

メリメルセゲルの瞳が充血していく。


「許せない、だろうね」

カマルは寂しい顔をした。

同情をもらうために、計算して作った表情では無かった。

カマル自身の内から湧いてくる表情だった。


「昔、志咲里様から。楽しいと思うことはあるのかと聞かれた。その時は、人のように楽しいと思う気持ちは、私には無いと答えた。だけど。君の成長を見守る内に。君といると、自分が楽しいと感じることを知った」


「俺の成長を見守る?俺の葛藤や失敗を、高みの見物してたってことだろ」

尖った視線をぶつけてくるメリメルセゲルの瞳から涙が滴り落ちた。


「カマルとは。同じことを不思議に感じて。怒って。泣いて。一緒に成長してきた仲間だと思ってたのに」

メリメルセゲルは言葉を詰まらせた。


「メリ。これだけは言わせてくれ。私は人では無いが。一番近くで、メリの人生に影響を与えてきた。私は、自分をメリの親友だと思っている」


「勝手なことを言うな。カマルは、友達を演じてきただけじゃないか」

悔しそうに言って、顔を背けるメリメルセゲルを、カマルは慈しみの表情で眺めた。


「私は、メリを悲しませたくない。君を悲しませることは、私にとって楽しくないからだ。だから。できれば、打ち明けたくなかった」

やっとのように顔を上げたメリメルセゲルの顔は赤く腫れ、涙に濡れていた。


「真っ直ぐで、優しくて、熱い。君の隣りに居ると、毎日新しい発見があった。私も、メリと一緒に成長してきたんだよ」


カマルを見つめてくるメリメルセゲルの瞳は、悲嘆の感情に満ちていた。


「メリの隣人でいることは、ある意味。私に課せられた義務だった。だけど、いつしか。君の存在は、私の喜びになっていたんだ」

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