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護符  作者: 橋尾 京果
15/20

015)メリ【王妃の壁画】

[登場人物]

メリメルセゲル(メリ):書記見習い

カマル:書記見習い、アンドロイド

ネフティト:アビドスから来た踊り子

センネジェム:テーベの監督官

カエムワセト:職人村の監督官

ジフ:使用人


17王朝

タア二世←―――――→ イアフヘテプ妃

     __|__

第18王 ↓     ↓

イアフメス←―→イアフメス

=ネフェルタリ妃

      ↓

アメンヘテプ一世

  ____|_______

 ↓            ↓

王女←―→トトメス一世←―→王女

   ↓        ↓

トトメス二世 ←―→ハトシェプスト女王

   ↓

トトメス三世

翌朝、日の光に照らされた町は大変なことになっていた。


人々から纏っていたモヤが消えているのを確認すると、メリメルセゲルはネフティトが自分の屋敷にいることを伝えるため、ヘベヌトの屋敷にジフを走らせた。


そのジフによると、人々はどうして自分がこんな所にいるの分からなくなっており、身に覚えの無い怪我を負っている者もあったと言う。


「メリメルセゲル様。カマル様がお見えになりました」

ジフに告げられ、メリメルセゲルはぎょっとして、遅い朝食を取っていた手を止めた。


「どうしてカマルが」

カマルにはアルマントへ来ていることを伝えていない。

センネジェムに告げたのと同じく、実家で神官見習いをすると言っておいた。


カマルとは、カマルの家で話をした夜以来、何となく距離を置いている。


「お通ししても、よろしいですか?」

メリメルセゲルは眉間に皺を寄せて考えてみたが、追い返す訳にもいかないことを覚悟した。

「居間に通してくれ」


ネフティトは水浴びをしている最中だった。

出来れば、ネフティトには会わせたく無い。

後ろめたい訳では無かった。

ネフティトがここにいるのは、メリメルセゲルにとって成り行きだったからだ。


「どうして。俺がここにいるって知ってるんだ」

カマルと対面するなり、もう何度、カマルへぶつけてきたか分からない問いを言い放った。


「メリの実家に行ったら、お祖母様が教えてくれたんだよ。今日は、神殿に行かなくてもいいのかい?」

「休みをもらってる。で。何しに来たんだ」


「職人村の監督官から。話があるから来て欲しいと言う、伝言を受け取ったんだ」

「カエムワセトから?」

封印の墓について、何か分かったのかもしれない。


「それを伝えるために。メリの実家に行ったという訳だよ」

「それは手間をかけた。でも、忙しい中来てくれなくても。伝言で良かったのに」


「私が来たら。何かマズイことでもあるのかい?」

「昨日は新月だった。二日も続けて仕事を休んで、大丈夫かと心配してるだけだ」


「この間から。メリの様子が、よそよそしい気がしてるんだが」

気のせいだと言おうとしたところ、庭へ目を向けたカマルが呆然として呟いた。

「あれは。ネフティト?」


庭を見ると、水浴びを終えたネフティトが、太陽の下で花を愛でながら、短い髪を乾かしている姿があった。


「これはどういう事態なんだい?実家にいるはずのメリを、別荘まで訪ねて来たら。ネフティトが、メリと一緒にいるなんて」

カマルの眼差しには、誤魔化しや言い訳など許さないという雰囲気があった。


自分には後ろめたいところが無い。

だけど、確かにこれでは、実家にいると嘘をついたメリメルセゲルが、ネフティトと示し合わせて、別荘で過ごしているように見えてしまうと言うことに、今やっと思い至った。


「いや。聞いて欲しい。何も、やましいことは無いんだ」

「やましいことは無いのか?」

刺すように言われて、うっと、息を呑んだ。

「あるんだな」


昨夜の、互いを求め合うネフティトとの激しいキスが脳裏を過る。

屋敷の外があんな状態じゃ無かったら、きっとその先へ進んでいたと思う。


「いや。何て言うか、その」

カマルの瞳に圧されて、メリメルセゲルはモゴモゴと口を動かした。


そんなメリメルセゲルへ、カマルは冷やかにも見える冷静な視線を浴びせてきた。


「頼む。センネジェムには、俺から話をするまで、黙っていてくれないか」

「約束はできない」

「明後日には。テーベに行く予定なんだ」


「センネジェムに、何を話すつもりなんだ?」

「ネフティトと、結婚すると」

結婚宣言は刺激が強すぎたのか、カマルの動きが止まったように見えた。


「俺とネフティトは、お互いを必要としているんだ」

「それは。邪悪なモノと戦うため?」

「それもあるけど。それだけじゃない」

カマルは疲れたような瞳でメリメルセゲルを見てきた。


「ただ。これは信じて欲しい。俺達はセンネジェムを欺いて、ここへ来てる訳じゃない。本当だ。昨日、偶然会ったんだ」

「メリに。人を欺くなんてことが、できるとは思っていないよ」

誤解はされていないようで安心した。


「俺は。カマルにも、ネフティトとのことを祝福してもらいたい。お前とは正直、意見が合わないこともあるけど。意見が合わないところも含めて、大切な友達だと思ってるから」


カマルは表情を取り繕うのを忘れたように、無表情になった。

「メリが、ネフティトと出会ってから。二人がいずれ、お互いを想い合うことは想定していたよ」

カマルは気落ちしているように見えた。


「私は。二人を祝福はできない。だけど、二人の邪魔もしない」

祝福してもらえないのには傷付いたが、障害にならないのなら、ここは一旦、カマルの気持ちを受け入れようとメリメルセゲルは思った。


二人が無言で軽く睨み合っている中へ、ネフティトが声を上げて、勢い良く居間へ入って来た。

「メリ、見て。こんな物を見付けたわ」


カマルの姿を見るなり、どういう反応を示せば良いのか分からない様子で、ネフティトはメリメルセゲルとカマルを見比べて立ち竦んだ。


「ご機嫌よう。ネフティト」

カマルの柔らかい笑顔を見て、ネフティトは安堵したようだった。


「どうしたんだ?」

メリメルセゲルが尋ねた。


「あのね。お母様達の寝室で、服をお借りできないかと、籠を開けてみたら。衣装の間から、これが出てきたの」


ネフティトは亜麻の袋を机の上に置いて、袋の口から中身を取り出した。

中からは、神官文字で書かれたパピルスの束が現れた。


メリメルセゲルはパピルスの一枚を手に取り、目を通し始め、すぐに驚いてネフティトと顔を見合わせた。

「何が書いてあるの?」

「これは。母さんの日記だ」


カマルもメリメルセゲルの手元を覗き込んできた。


他のパピルスも取り上げ、メリメルセゲルはざっと目を落とした。

間違い無かった。

父や使用人達とのやり取りなど、たわいも無い会話が母の目線で書かれている。


「お母様は神官文字が書けたの?」

「だとしたら、すごいな。見たところ。父さんが残した、呪文なんかの筆跡とは違うみたいだから。母さんが書いた可能性が高い」


言葉は上手く話せなくても、記述の能力には長けていた人なのかもしれないが、そもそも、女性で神官文字を習得しているのは珍しい。


目を通していった中に『王妃の霊』という記載を見付けて、メリメルセゲルは手を止めた。


「『今日も王妃の霊が現れた。これで三日連続だ』って書いてある」

「メリのお父様が戦ってたっていう、邪悪なモノのことかしら。メリが言ってた、イアフメス=ネフェルタリ王妃のことなの?」


どうかなと言って、メリメルセゲルはその日の記述を声に出して読み進んだ。


『夫が呪文を駆使して、屋敷に結界を張ってくれた』


三日後の日記。

『結界の効果があった。これで、家の中は安全だ。やっと安心して暮らせる』


「父さんの結界の効果が、今でも続いてるんじゃないか。だから、昨日の夜も。町の人達は、屋敷の中まで入って来れなかったんだ」


昨日のメンチュ神殿の出来事から、センムウトを見舞ったこと、町の人々の変容振りまでを、 話が見えていない様子のカマルにメリメルセゲルは説明した。


「確かに。結界の効果があると考えたほうが、論理的だね」

カマルはパピルスへ目を落とした。


「メリ。お母様の日記は、後日ゆっくり読むことにして。これから職人村へ行かないかい?」

カマルに言われて、メリメルセゲルは納得顔で頷いた。


「ネフティト。俺とカマルは、職人村へ行って来ようと思う。この屋敷は安全だ。ここで待っていてくれないか」


少し不安げだったが、ネフティトは了承した。

「今日の内には帰って来るから。心配はいらないよ」


「日が沈むようだったら。無理に帰って来ないで」

懇願するように言われて、メリメルセゲルはネフティトを抱き寄せた。


不安に思っていたのは、ネフティト自身のことでは無く、メリメルセゲルの身を心配してくれていたのだ。

「分かった。ネフティトは絶対に、この屋敷から出ては駄目だよ」


ネフティトのことをジフに頼んで、メリメルセゲルはカマルと職人村へ向かうため舟に乗った。

アルマントと同じナイル川の西岸にある職人村へは歩いて行けなくもないが、半日ぐらいかかってしまうことを考え、舟にしたのだ。


職人村へ着くと、カエムワセトが詰めているであろう建物へ向かった。


「これが、王墓ではない墓。おそらく、パディ達が盗掘へ入った墓の設計図だ」

挨拶もそこそこに、カエムワセトは数枚のパピルスを机の上へ広げた。


パピルスに書かれた墓の構造は、メリメルセゲルが夢で見た、そのままだった。


急な階段を下った先の入口から入り、緩やかに下降した通路を奥へ進むと、柱のあるほぼ正方形の部屋へ出る。

壁の一つに設けられた抜け穴のような入口から、石棺の納められた厨子のある部屋へ行けるようになっている。


「どうして。これが王墓では無いと分かるのですか」

メリメルセゲルも同じことを思っていたが、尋ねたのはカマルだった。


「簡素過ぎる」

カエムワセトがぼそりと言い放った。

「詳しくは話せないが。厨子のある玄室以外に、副葬品を納める部屋すら計画されていない。これは。最初から、王墓とは違う目的で設計された墓だ」


それにと言って、カエムワセトは他の図面の下になっていたパピルスを引き上げた。

壁画の計画図だった。

「壁画には、沈黙の女神しか描かれていない。王の来世を讃える描写が無いなんて、ありえない」


メリメルセゲルはカマルと目を合わせて、間違い無いと頷き合った。


「この墓がどこにあるか、分かってるんですか?」

「それが。いくら資料を漁っても、分からないんだ。多分。場所の記述は、意図的に残されていないようだ」

メリメルセゲルは肩を落とした。


「せっかく来てもらったが、君達にとっては、余り収穫が無かったようだな」

その通りだったが、メリメルセゲルは気を使って、そんなことは無いですと答えた。


「アメン神殿の、壁画の修復は進んでいるのか」

カエムワセトに聞かれ、ふと、メリメルセゲルの心に何かが引っかかった。


アメン神殿の祠堂は、この村の神殿の壁画を真似て修復し始めた途端、壁画が剥離しなくなったと聞いている。


「もう一度。神殿を見せてもらえないですか」

「構わんよ」


メリメルセゲルはカマルと一緒にアメンヘテプ神殿へ向かった。


改めて見ると、ここの壁画はアメンヘテプ王より、生母のイアフメス=ネフェルタリ王妃の存在感が大きいことに気付かされる。


女神となったイアフメス=ネフェルタリ王妃が、息子を愛情いっぱいに包み込む図柄になっていた。

イアフメス=ネフェルタリ王妃の表情は満足気に見える。


「ネフティトの両親が病に倒れたのは、アメン神殿のアメンヘテプ王の壁画が剥離した頃なんだ」


「メリの話を聞いてから、考えてたんだが。邪悪なモノは、活動していない期間があったんじゃないかい?」

「活動していない期間?」


「ビントが川で溺れたのは、封印が解かれた数日後。ネフティトが溺れかけたのは、一ヶ月半ほど前。封印が解かれたのは女王の亡くなった頃だから、九年ほどの開きがある。何故だと思う?」


「何かが、奴らの足留めをしていた?」

「それは。アメン神殿の壁画だったんじゃないだろうか?あの祠堂が改修されたのは、女王崩御の後、ビントの事故の後だとすれば。あれから約九年。壁画が剥離して、再び、邪悪なモノが活動し始めたとは考えられないかい?」


「だったら。前と同じ壁画の部屋を造れば、封印できるのだろうか?」

「前と同じ構図で修復しようとしても、何度も邪魔された事態を考えると。邪悪なモノが嫌がっているのは、確かだとは思う」

カマルは壁画を眺めながら考え込んでいた。


「同じ壁画を再現しようとしても。どうせ、邪魔されると思ってるのか?」

「邪魔はされるだろうけど。それよりも。この神殿と同じ構図だったら干渉されないのは、どういった理由なんだろう」

「確かにそうだな」


「メリが老神官に言われて祠堂を覗いた時。アクは、メリに近付いて来ようとしたと言ってなかったかい?」

「よく、覚えているな。確かにその通りだ」


「どうして、近寄って来ようとしたんだろう」

「取り憑くためとか?」


カマルが何を気にしているのか、もっとよく聞こうとしたところへ、カエムワセトが現れた。


「お前達。ケルエフトトを見なかったか?」

「ケルエフトトが、居ないんですか?」


「メリが来たことを伝えに行ったんだが、姿が見えないんだ。最近は落ち着いてて、勝手に一人で出歩くことが無くなっていたから。ちょっと、心配でね」


メリメルセゲルとカマルは、ケルエフトトを捜すのを手伝って村中を歩き回った。

そうこうしている内に、仕事を終えた職人達がちらほらと戻って来た。


もう、そんな時間かとメリメルセゲルは焦った。

すぐに日が暮れるだろう。


「カマル。俺はアルマントへ戻る」

ケルエフトトの行方は職人達に任せることにした。


テーベへ帰ると言うカマルと一緒に、カエムワセトへ挨拶をしに行こうとした時、メリメルセゲルは自分の名前を叫ぶジフの声を聞いた。


嫌な予感を抱えてジフの姿を捜すと、村の外から、ジフが血相を変えて走って来るのが見えた。

「メリメルセゲル様!」


「何があったんだ。ネフティトは無事か」

メリメルセゲルも顔色を変えていた。

何かが起きていなければ、こんな所までジフが来るはずが無い。


「申し訳ございません。ネフティト様が」

すがり付く勢いで、ジフは息も絶え絶えになってメリメルセゲルに訴えてきた。


「ネフティト様が。センネジェム様と言うお方に、連れて行かれました」

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