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(8)

 庭を歩いて屋敷に戻る途中で、シルヴィアはリタに捕まった。

「おひとりで出歩かないでくださいな。あたしが叱られます」

「ごめんなさい。急にお庭が見たくなったの」

 初夏の庭の木々は青々とした葉を陽にきらめかせ、梢を渡る風が心地よかった。薔薇園では、色とりどりの薔薇が花を咲かせている。

「まあね、喪中だからって家の中ばかりじゃ、気が滅入りますからね」

 リタはしばらく散歩に付き合ってくれ、それから図書室へ行ったシルヴィアは、お姫様が主人公の絵本を持って部屋へ戻った。その本は小さな頃のお気に入りだったけれど、今は何の興味もない。前に密かに借り出した歴史と毒の本はベッドの下に隠してある。テーブルにはその絵本を広げて置いて、子どもらしく装うために持って来たのだった。

 昼食のため食堂へ行ったら、先に来ていた母へキスをするとき、マーシャル夫人の病気は毒によるものかもしれないことと、使用人の紹介者などを書いたリストを作ってくれるよう、こっそりお願いした。

 食事のときは、庭の花のことなど、当たり障りのないことを話していた。そして使用人たちに、今度は聞こえるように言った。

「お母さま、前にお話が聞きたいと言われたときに話せなかったの。だから騎士団の団長さんに直接、お会いしたいので、面会できる時間のご予定をきいてくれますか?」

「まあ、シルヴィアはこんな小さいのに礼儀を良く知っているのね」

 と、母は片目をつぶった。

『お父さまに会いたくなったの?』

 そう思っているのがよく分かる。

 ……お母さまがこんなにロマンチストだったなんて、意外。

 七歳で死別した母のことは優しかったことの他に思い出がないので、新しい母の一面を知るたびに驚きと喜びが湧き起こる。

 ……もっとも、会いたい理由はそんなことではないのだけれど。

 昼食を終えたあとシルヴィアは書斎に行き、母が手紙を書いている間、領地の経済状況やこれまでの出来事が書かれた書類を棚から引っ張り出して読んでいた。

 母は手紙を書き終えて従僕のリカルドを呼び鈴で呼び出し、使いに持たせるよう命じた。それから二人は居間へ場所を移し、お茶の時間まで王都にあるケーキや服のお店の話をした。

 前世の母とは、こんなにおしゃべりをしたことがない。

 ……あの首飾りは願いを叶えてくれるのかもしれないわ。

 母の死は今度はなく、明るい未来があるような気がした。

 そこでノックの音がし、母の専属メイドのドリーが入って来た。後ろには、ケーキスタンドとお茶のセットを載せたワゴンを押したメイドがいる。

 その若いメイドのメアリがテーブルにそれらをセッティングしたのち、部屋を出て行く。

 ドリーは金茶の髪と栗色の目をしたおとなしい女性で、長く母に仕え、すでに三十歳前になる。婚期を逃した娘を心配した両親が妻を亡くした幼なじみとの縁談をまとめ、ひと月後には領地にある実家に帰ることになっていた。メアリはその後任だった。

「あなたの淹れてくれたお茶が飲めるのも、あと少しね」

 母が言う。

「もったいないお言葉でございます」

 答えるドリーの顔が真っ青だ。

「あなたの花嫁姿を見たかったわ」

 前に置かれたティーカップを母が取ろうとした。

「待って、お母さま」

 え? と、いぶかしげに母がシルヴィアを見やる。

「ねえ、ドリー。そのカップのお茶、自分で飲んでみて」

「お、お嬢さま……」

 ドリーは怯えた目でシルヴィアを見、息をひとつ飲み込むと、カップを取って、母の為に淹れた紅茶を一気に喉へ流し込んだ。

「……不作法をいたしました」

 カップをソーサーへ置き、何も起こらなかったことで安心した表情になったドリーは、新しいティーカップを用意して、再びお茶を淹れようとティーポットを持ち上げた。

 そのとき、がくりと両膝が落ち、ポットが床に当たって割れ、破片が飛び散る。

「ドリー!」

 母が椅子から立ち上がって叫ぶ。

 シルヴィアは駆け寄り、訊いた。

「誰に命じられたの?」

「……レイチェル……バートラムさんと付き合っていることをばらすって……」

 と、震える手で、スカートのポケットから茶色の小瓶を出して渡した。

「奥さま、どう……きゃああっ」

 母の叫び声を聞いてドアを開けたメアリが悲鳴を上げる。

「たらいとお水をたくさん持って来て。水を飲ませて胃の中の物を全部吐かせるのよ!」

 シルヴィアが命じると、メアリは回れ右をして駆け出した。

「どうしたんですか」

 従僕のリカルドが顔を出した。

「悪い流感にでも罹っていたみたい。無理をして倒れてしまったの。ドリーを部屋へ運んであげて」

「はい!」

 と、慌ててリカルドが仲間を呼びに行く。

 そこへ、執事のバートラムが飛び込んできた。

「ドリー、これはいったいどうしたことだ!」

「バートラム、聞きたいことがあるの。ジュイコブ先生をお呼びして、これを」

 と、シルヴィアはナプキンを切り取り、そこにあったフルーツソースで『毒』と書いたものを執事に渡した。

「誰にも見えないようにしてから、お知らせして。そのあと、ヴァイエンドルフを呼んでちょうだい。これでいいわね、お母さま」

 シルヴィアに言われ、それまで呆然としていた母が、「ええ」とうなずいた。

 すぐにリカルドがシーツと長い棒で簡易の担架を作って、仲間と共にやって来た。それに横たえられ、運び出されるドリーを心配そうに見ながら、たらいと水差しを持ったメアリがあとに続いていく。

 バートラムも一礼してドアを閉めていった。

 部屋には、オーレリアとシルヴィアだけが残った。

「どういうこと?」

「これから私がすることを、お母さまは黙って見ていてください」

 六歳のシルヴィアが、十六歳の口調で答えた。








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