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 この国には、騎士団が三つある。

 一つは、白い軍服の近衛騎士団、これを第一騎士団とも言う。王族と王城を守り、貴族の子弟で編成されている。

 二つめは、国土を守る第二騎士団。黒い軍服で、身分は問わない。荒くれ者が多い。

 三つめは、国民の警護と犯罪捜査を担当する第三騎士団。濃紺の軍服を着て、警らのため、一番街でよく見かけるのが、ここに所属する騎士たちだ。

 彼らは身分を問わず、王立の騎士学校で養成され、それぞれの適正によって多くの者は三つの騎士団へ入る。しかし貴族や裕福な商人も警備と護衛のため騎士を必要としているので、さまざまな理由によって入団しない者、または伯爵家以上の貴族が抱える騎士団へ入りたい者などが、この三つの騎士団以外の場所で働いている。

 オーレンクス侯爵家の護衛騎士たちも王立の騎士学校で学んだのち、家宰のリチャード・アダムスと侯爵家お抱えの騎士団の団長、ユーリ・ヴァイエンドルフの面接を経て採用された者たちだった。

 護衛騎士たちは警備責任者のデイビット・ヴァイエンドルフの指示のもと、ベネットを手際よく縛り上げ、物置部屋へ放り込む。

 屋敷近くの詰所にバートラムが使いの者をやると、夜中にもかかわらず、すぐに第三騎士団の騎士たちがやってきて、ベネットを拘束し、連れて行った。

「あんな騒ぎのあとだから、今日明日は部屋でおとなしくしていらっしゃい」

 と、母に言われ、シルヴィアはベッドへ入った。

 ……前の時は、ベネットのサインの偽造なんて発覚しなかったはずよ。そうだわ。お母さまが倒れてしまったから、すべてお父さまが取り仕切っていたんだっけ。

 六歳のそのころを思い出そうとしているうちに、シルヴィアは眠ってしまった。

 翌朝、リタに起こされて身支度を整えてもらい、家族用の食堂へ行くと、すでに母が椅子に座っていた。

「良く眠れた?」

 と、シルヴィアの頬へキスをしながら、母は「あなたの言ったとおりだったわ」と、ささやいた。母は疲れた顔をしており、書類を調べるために徹夜をしたようだ。

 小さくうなずいて、シルヴィアは席に着き、お祈りのあと、食事を始めた。

 焼きたてのロールパン、サラダに卵とベーコン、果物、そしてミルクティといった朝食を摂った。もちろん、子どものシルヴィアは母の半分の量だったが。

 ……王妃教育で通った馬車の中から見た街の風景で、若い女の子たちが行列している店があったわ。チーズケーキのおいしいカフェとのことだった。うちのシェフの料理も良いけれど、生まれ変わったのなら、あそこに入ってみたいものね。お店、十年前の今、あるかしら?

 母の言いつけで自分の部屋へ戻ろうと廊下を歩きながら、シルヴィアはそんなことを考えていた。

 ところが、部屋へたどり着く前に、メイドが小走りでやってきて言う。

「お嬢さま、すぐに玄関ホールへおいでください。旦那さまがいらっしゃいました!」

 ……あいつが?

 顔をしかめるところだったのを何とか無表情でごまかし、シルヴィアは中央階段を降りて玄関へ向かった。

 玄関ホールには、すでに母が出迎えていた。

 父は黒いドレスの二人の婦人を伴っていた。

「ベネットが騎士団に捕まったとは、どういうことだ!」

「あの人は、不正を行っていたのです」

「私が命じた書類は出来ているのだろうな!」

「あれらは犯罪の証拠として提出いたします」

「なんだと!」

 興奮で顔を真っ赤にした父は、手にしていたステッキを振り上げた。

「閣下、わたくしたちを紹介してください」

 後ろにいた婦人にうながされ、父は「ううむ」とうなって、ステッキを下ろした。

「新しい家政婦のケネス夫人とそのメイドのレイチェルだ。挨拶をしろ」

 と、家政婦ではなく、母に命令する。

 ケネス夫人はわし鼻の冷たい目をした初老の女で、そのお付きメイドは背の高い痩せた女だった。

「こちらから挨拶する必要なんてないわ、お母さま」

 シルヴィアは母に歩み寄り、その前へかばうように立った。

「女主人は、いったいどちらなの?」

 きっと父を睨んだら、侯爵が激高する。

「なんて躾の悪い子どもだ。侯爵である私の命令が聞けないのなら、わかるようにしてやる!」

 と、右手を振り上げた。

 殴られる、と思い、目を閉じた。でも、手が降り下ろされることはなかった。

「侯爵……でしたか。女性を怒鳴りつけ、幼い子どもを殴るのが、この家の流儀ですか?」

 耳に心地よい男の人の声がした。

 目を開けると、濃紺の軍服を着た黒髪で青い目の凛々しい騎士が父の振り上げた手を掴んでいた。

「放せ、無礼者!」

 父は騎士の手を振り払った。

「バートラム、何故、こんなやつを屋敷へ入れた!」

「捜索のため、おいでになった第三騎士団の方々です。団長さまに捜査と言われれば、王族でも拒否はできません。誰も痛くもない腹を探られることは嫌ですから」

 しらしらと答えるバートラムの後ろには、第三騎士団の軍服を着た男性が四人と女性が一人いて、パトリックを睨んでいた。

「くそっ」

 悪態をついて、父が去って行く。

「マダム、私は第三騎士団の団長・カレンデュアと申します。捜索のため、部下たちを屋敷内で自由に動くことを許可願います」

「どうぞ、心置きなくなさってください」

「ありがとうございます」

 カレンデュア団長は右手を胸に当て、丁重に頭を下げた。

 母は、こわばった顔のまま、新しい家政婦とそのお付きメイドを用意した部屋に通すよう指示した。病気のマーシャル夫人はベッドから動かせず、家政婦の部屋が空いていないからだ。

 母はシルヴィアの手を握って、一緒に自分の書斎へ団長たちを導いた。

 書斎には徹夜明けの疲れた顔をした会計係のグレゴリーがいて、母にうながされるまま、偽造された書類についての説明をした。

 シルヴィアと母はソファに並んで座り、その様子を見ていた。

 部下の人たちが証拠書類をまとめ、証言の聞き取りのため部屋を出て行く。

 グレゴリーも別室でまだ聞かれることがあるようだ。

 書斎には、団長と女性騎士が残った。

「お嬢さま、昨日の夜のことを聞いてもいいかしら」

 栗色の髪の女性騎士がシルヴィアの前に膝を突き、優しく訊いた。

「……こわかったの」

 唇を震わせ、うつむいて母にすがりついた。我ながら、良い演技だと思う。

「団長、こんなちっさい子に聞くのは無理ですよ。まだ、怖がってるじゃありませんか」

「そうか、わかった。ハートレイも他の連中と一緒に使用人たちの証言を集めてくれ」

「かしこまりました」

 と、立ち上がった女性騎士は敬礼して出て行った。

 三人だけになると、奇妙な沈黙に包まれる。

「ねえ、シルヴィア」

 と、母がシルヴィアを抱きしめた。

「驚かないで聞いてね。この方が……アルフレッド・カレンデュア様が、あなたの本当のお父さまなの」

 ――はい?

 言葉もなくシルヴィアは母と騎士団長を交互に見た。

 すると、団長も驚愕の表情で、こちらを見つめていたのだった。








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