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 その後、グレゴリーに頼んで、領地の収益などの書類を棚から取ってもらった。

「お嬢さまには見たって分かりませんよ」

「お母さまと同じお仕事をするの」

 と答えると、母は「ままごとみたいなことをしているのよ」と笑って書類に向かった。

 ……前世の王妃教育で、領地経営も教えてもらっておいて良かったわ。

 婚約者だったライオス王太子は勉強や面倒なことが嫌いだ。そのため、シルヴィアが代わって実務を担うことになり、知識として国家全体だけでなく、地方経済や商人たちの経営についても学ばされたのだった。当然、帳簿類も見れば分かる。

 シルヴィアは母が書斎にいる間、収支の書類に目を通し、巧妙に隠された矛盾を幾つも見つけ、頭の中にメモをした。

 やがて、その日も終わり、暗くなってから寝間着に着替えさせられてから、母に寝かしつけられたシルヴィアは、人の気配がなくなると静かに自分の部屋を出た。そして母の書斎近くの廊下にある陶器の壺が載った台の陰に隠れた。

「お嬢さま、何をなさってるんです?」

 後ろから声を掛けられて、シルヴィアは飛び上がるほど驚いたが、それは手燭を持ったメイドのリタだった。

「探検ごっこをしているの」

 シルヴィアは六歳児として答えた。

「それなら昼間なさればいいのに」

「しっ」

 かすかな足音がしたので、シルヴィアはリタを廊下の曲り角まで引っ張っていった。

 燭台を持った男が、母の書斎のドアの鍵を開けている。

 ……やっぱり合鍵を持っていたわね。

「どろぼうみたい。リタ、誰か、呼んできて」

「わかりました。お嬢さま、そこを動かないでくださいね」

 リタは足音を忍ばせて、その場を離れて行った。

 シルヴィアは書斎に近づき、そっとドアを開ける。

 燭台の光があるだけの薄暗がりの中、男が机の上でごそごそ何かやっていた。

「サインを偽造しているの?」

 言うと、ぎょっとこちらを向いた男は、相手が子どもだと知って、にやにやしながら近づいてきた。

「お嬢ちゃん、なんでこんなところにいるんだい?」

 男の手が肩に触れようとしたとき、シルヴィアは悲鳴を上げた。

「きゃあああああ!」

 大勢の人が駆けてくる足音がする。

 一番に部屋へ飛び込んできたのは、警備担当の騎士だった。

 「こいつ!」と、ベネットを殴り、押さえ込んだ。

「お嬢さま!」

 使用人の男性たちと一緒に飛び込んできたリタがシルヴィアを抱きしめる。

「あの人が、へんなことをしようとしたの!」

 うわーん、と泣きながら訴えると、その場の人びとが氷のような冷ややかな目でベネットを見た。

「ち、ちがう!」

 護衛騎士に押さえつけられたベネットが叫ぶ。

「何が違うのよ。こんな小さな子がこんなときに、嘘をつくはずないじゃない。この変態!」

 襲われたとは言ってないのだが、みな斜め上に理解したようだ。

「釈明はしかるべきところでするのね。バートラム、第三騎士団へ連絡して」

 ガウン姿の母がやってき、執事に命じて、リタからシルヴィアを抱き取り、そこをあとにした。

「お母さま、サインが偽造されていないか、調べてみて」

 抱かれながら、シルヴィアは母の耳元でささやいた。

 はっとしたオーレリアがうなずく。

 そして子ども部屋のベッドにシルヴィアを横たえながら、吐息をつくように言った。

「ほんとうに身体は六歳なのに、心は十六歳なのね。でも、危ない真似はしないで」

 と、シルヴィアの頬へキスをして上掛けをかけてから、そこを出て行った。

 ……こんなの、手始めよ。

 闇の中でシルヴィアが、ほくそえんだ。







 

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