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番外編・東の大陸の二人(バーラム四世)

 幾つかの多言語によるときの声が聞こえる。

 あれは、かつて滅ぼして我が帝国に繰り入れたトリポリエ、テラハラフ、ハッスナの民か。解放奴隷のアジュールも軍を率いているな。軍才があったから、目をかけてやったのになあ。裏切ったか。

 宮殿が燃えている。高台でそれを見ている一群がいた。

 人びとの中心にいる車椅子の男は、足切りの刑に処した息子のアウレルか。鉱山送りにしたが、やはり生きていたようだ。側にいるのは、将軍のナスルだな。裏切った――というより、私がおまえたちを裏切ったのだがな。帝国の末路は見えていた。支配していたのは私のはずなのに、宦官どもが私から帝国を盗んだのだ。

 おまえたち、腐った大樹を倒して、小国であろうと自分たちの国をつくっていけ。恨みはせぬ。新しい芽を残すために、アウレルを殺さなかったのだ。

 私は、どこで間違ったのだろうな。この世界を、ルーキン神を崇める世界としたかったのに。

 ああ、巻き戻りは三度目だ。今回は、やつにやられた。ゼノヴァン王国のリチャード・アダムス。あやつさえ、いなければ。

 とそのとき、はっと目が覚めた。

 宮殿の寝室ではない。粗末な小屋の木のベッドだ。幼い頃、母と暮らした小屋だった。

 両手を持ち上げて見た。皴があり、かつては剣を握ったが今はそれもせずに衰えた老人の手だ。

 私は半身を起こした。白い夜着を着、薄い上掛けをして眠っていたようだ。

「よう、やっとお目覚めか」

 ドアを開けて、黒いローブ姿のセヘルが入ってきた。死んだときより若い三十代の姿だ。盟友だった。

「おまえがどうして、ここにいる」

 死んだはずだ。邪教の徒として、私が殺すように命じ、帝都の広場で火炙りになったはずだ。それからの私は、修羅の道をただ突き進んだ。

「魔術師を舐めてもらっちゃあ困る」

「生き延びたのか。処刑には身代わりを立てて?」

 私は身体を動かし、ベッドに腰かけた。ふと手を見ると、若返っている。

 右手で頬を撫でれば、顔の皴がなくなっていた。

「なんだ、これは?」

「若返ったんだよ。二十歳過ぎくらいになってる。俺たちが出会った頃だ」

「は?」

「ここは想念の世界だからな。おまえは、あの小娘と宦官どもに殺されたんだ。じわじわと毒を盛られてな」

「……間抜けだ」

 私は自嘲の笑みを浮かべた。

 あのときはもう、どうでもよくなっていたからな。宿願が叶うという間際になると巻き戻りが起こり、三度目などはルーキン神を信奉する同志たちがいくら血を流して頑張っても、無能な将軍と兵士たちと官僚どものせいで、やつらにしてやられ、せっかく作り上げた帝国も崩壊してしまった。

「無様だな。デオス・アゲロス・シジ・ランゲノス。ハルバ皇帝・バーラム四世よ」

 私は目を上げて男を見た。

 友の姿をしている。だが……。

 こいつは、誰だ?



 私はルーキン神を祀る神殿の巫女と先々代皇帝の間に生まれた。母は巫女の中でも神託を賜る最高の位にあり、生涯を神に捧げた者だった。一方、父は皇后の他に後宮に多くの妃をはべらせ、皇子が五人、皇女が十一人もいる中年男で、母を神事の際、見初め、手籠めにし、私を孕ませた。

 父は神の怒りに遭い、母を穢した際に雷に打たれて死んだ。

 即位した長兄は、ルーキン神の怒りを恐れ、母を離宮に監禁し、私はそこで生まれた。

 男児であったゆえ、皇太后は殺したかっただろう。しかし、母と私を殺そうとした者は皆、その場で死んだ。指示をした皇太后も原因のわからない病にかかり、苦しんだあげく狂い死にをした。

 これを見て恐れた者たちの中には、私を「皇位に就けるべきだ」と言い出す者もあり、現皇帝である長兄は母と私を離宮の庭にある小屋に閉じ込め、最低限の食料を与えるだけにして、自然に死ぬことを願った。

 だが私は生き延び、神を呪った。

「なぜ、かあさまと俺がこんな目に遭わねばならぬのですか!」

 小屋に閉じ込められて二年目、私が五歳のときだった。差し入れられるわずかな食べ物を私に寄越した母は衰弱し、寝たきりとなり、今息絶えようとしていた。

「神を恨んではなりません。我が神ルーキンは正義を愛されます。いずれ物事は正されるでしょう。それが自分の目で見ることができぬとも」

 母が最期の息を吐き切ったとき、辺りが光りに満ちた。声が響く。

「我が娘シエラ。よく耐え忍んだ」

 私の前に光り輝く男性が立っていた。衣は白く燃えるようで、顔は母が朝夕拝んでいた神像そっくりだった。

 一方、母はもう病み衰えた姿ではなく、若く美しい巫女姿で立っていた。

「そなたの苦役は終わった。我が天の園で憩うがよい。息子のことは心配するな。我が愛し子としよう」

 母は微笑み、優雅な礼をして姿を消した。

「さて、デオスよ。私が憎いか」

「はい」

 神だろうが、本心だった。ルーキン神は正義を愛するとされるが、何の罪もない母が何故、苦しまねばならなかったのか。理解できない。

 私は挑むように言った。

「世界は理不尽ばかりだ。正しきことを為そうとする者が殺される。悪を為す者が栄える。弱き者は力ある者たちに踏み潰される。これのどこに正義があるのか」

 ルーキン神は片膝を突いて、私と目線を合わせた。

「神といっても、人の営みの細部にまで手を出すことはない。我らは見守り、大きな流れに手を貸すのみ。人の世の行く末は、人が決めるべきなのだ。さて、デオスよ。シエラの願いによって我が愛し子となった、そなた。何をしたい?」

 神の問いかけに、私はどう答えたか覚えていない。

 しかし兄たちが次々と死んだことで皇帝となった私は、その地位を盤石とするために権謀術数、戦争に明け暮れた。そして、東の大陸を統一する。

 絶対的な権力者となった私は、気づいた。

 そうか、ハルバ皇帝の許で皆が平等で平和な世界を築けばいいのだ。それこそ、我が神の御心に沿う。

 私は当時、腐敗していた教会の内部の掃除をし、皇帝が教皇を兼ねるよう改革した。大陸には、ルーキン神を信じない連中もいたが、改宗を促し、拒否すれば、奴隷に落とした。我が神を信じない者は、人の姿をしていても獣と同じだ。扱いは、そのようにした。ただ、改心した者は、解放奴隷とし、平民と同じ帝国人とした。もっとものちに、これらの者に裏切られることになるのだが。

 私の下に、ルーキン神を熱心に信仰する者たちが集まってきた。東の大陸を統一した私は、次に西の大陸に目をやった。海の向こうはルーキン神の姉・レダ女神が管轄する土地なので、海を越えてはならないと教えにあったのだが、我が神を最高神とし、姉神はその副神となればよいだけのことだ。そう考えた私は、間者を放ち、西の大陸の国々の内情を探った。

 内陸で砂漠の国ハールーン以外は、どこの王家も火種を抱えていた。内から切り崩すために、王族・貴族を欲でつり、あるいは弱みを握って脅し、反目・離反させる工作を仕掛け、同時に宣教師を平民の間に放ち、レダ神よりルーキン神の方が優れていると布教させた。

 一番早く効果が表れたのが、ゼノヴァン王国だ。国王と王妃は、自分の欲を満たすことだけに始終し、貴族も同様だった。レダ神は、何故こんな輩を放置しているのだ? 不義の者どもなぞ、我が神ならば、許しはしないものを。

 たとえ神が放置していても、この東の大陸では、私が許しはしないが。

 ゼノヴァン王国が崩壊すると、他の国々も連鎖的に混乱し、そこに付け入った我が同胞たちが、西の大陸を帝国の支配の下に置いた。

 私は、全世界の帝王であることを宣言し、我が神ルーキンが唯一の神とした。

 誇らしくも、私が歓喜の絶頂に至ったその夜、夢を見た。

 闇の中で、我が神が泣いている。

「デオスよ、何故、古来からの約束事を守らなかった。姉上が消えてしまった……」

「私が西の大陸を征服したからですか? レダ神がいなくなったとしても、貴方様がこの世界を統べれば良いだけではありませんか」

 私は跪き、我が神の衣の裾に、うやうやしく口づけた。

「私ひとりでは、だめなのだ。姉上がいなくては……。私たちは二人でこの世界を主神さまから、まかされた。それゆえ、時を巻き戻す。私の神力を使って」

 その言葉と同時に、私の身体は崩壊し、小さな光の珠となった。

 辺りが一面、光にあふれ、その中に薄物をまとった女性が一人、立っていた。レダ神だ。

「弟よ。無茶をしましたね。わたくしは戻らずとも良かったのです。この世界で存在が消えても、別の世界で生まれ、そこを任される予定でしたから」

「いやです。主神さまの思し召しがどのようであれ、私が姉上といたいのです」

「困りましたね」

 少し眉を寄せた女神は考えたのち、言った。

「わたくしが次の世界へ行くのは、遅らせてもよいでしょう。では、この世界をもう一度、建て直しましょう。わたくしたちの神力を使って。でも、今度は違う結末になるように」

 女神は禁忌を破り、人間界に介入した。

 崩壊のきっかけとなるゼノヴァン王国のハロルド王を抑えるため、王妃を替えたのだ。

 東の大陸でも、私は皇帝の子ではあっても、隠された子として生きることが決まった。

 世界の建て直しのとき、我が神にいだかれ、私は至福の時を過ごした。神力も少しいただいたのか、私は生まれ変わっても、記憶をなくすことはなかった。

 時が巻き戻った際、私はハルバ皇帝の血を引きながらも市井に捨てられ、孤児として育つことになった。しかし、神が加護したもうたのか、ひどい環境にはおらず、預けられた施設の大人たちは親切で、読み書きなどの最低限の教育を施され、私は下級の兵士となった。

 私は、神の正義を実現するために一兵卒として戦い、軍の中で地位を上げていった。一方、皇族は相争い、自滅する。その結果、唯一皇帝の血を引く者として見出され、またもや皇帝となり、西の大陸の国々とレダ神への信仰を滅ぼしてしまった。我が神への愛が深すぎて、レダ神の存在を認めることができなかったのだ。

「デオスよ、何故また同じことを繰り返すのだ。市井で平穏な暮らしをすればよかったのに」

 レダ神を失い、嘆く我が神に私は頭を垂れるのみだった。

 巻き戻りに膨大な神力を使った我が神は、少年の姿になっていた。蘇ったレダ神もだ。

 レダ神は、この流れを変えるために、異世界から人を呼んで、西大陸崩壊のきっかけとなるゼノヴァン王国の先祖とするらしい。

「姉上は、どこから呼ぶのかな。行ってみよう」

 我が神は魂の存在となった私を懐に入れ、時空を飛んだ。

 私には理解できない建物・衣服・食べ物・乗り物がある世界。

「これらを私の世界に取り入れるのは無理だ」

 我が神は、そこの世界の別の場所、別の時代に飛んだ。

「ここは、我が世界の風俗に似ているが、難しい」

 ルーキン神は異分子を呼ぶことを断念されたようだ。しかし懐にいた私は、そのとき見た風俗、特に武器――弓矢にいしゆみ、火薬にマスケット銃というもの――を心に止めた。

 次の巻き戻りで、私は皇帝の子ではなかった。母の悲劇も起きなかった。それはとても嬉しいことだ。我が神は、私が平凡で幸福な人生を送ることを望んでおられたので、私もそれに従うつもりだった。けれども、状況が許さなかった。

 ハルバ皇帝は巻き戻っても無能で、帝国は権力や金のある者が弱者を虐げ、支配していた。私も両親や兄弟を殺され、復讐心に取りつかれた。そして我が神と共に異世界に飛んだとき見た武器を自作し、身内を貴族どもに殺された仲間と共に立ち上がり、苦難ののちに新帝国を樹立した。

 一方、ゼノヴァン王国では、こちらも王族・貴族が我欲のみを追求した結果、異世界人の初代王妃の知恵を生かすことができずに滅んだ。

 この結果を見て、二柱の神は、ただ溜め息をついた。お二人とも、力を使い過ぎて、子どもの姿になっていた。

「巻き戻りも、次で終わりです。わたくしたちにもう神力はありません」

「私は、姉上と一緒なら、消滅してもかまいません」

「ルーキン、それを言ってはなりませんよ」

 姉神に叱られても、我が神は嬉しそうだった。

 神々は、異世界人に力の一部を分け与え、静かに見守ることにした。

 そして私は、ゼノヴァン王国のオーレンクス侯爵リチャードに負けたのだ。これまでの巻き戻りで、こんな男は出てこなかった。何が起こったのだ?

「流れが変わったのだよ。ゼウス」

 友であった魔術師のセヘルが私の前にいた。その姿がゆがんで、変わっていき、子どもの姿の我が敬愛する神となった。

 私は急いでその前に跪く。

「我が愛し子、ゼウス。そなたが世界を滅ぼす者であろうとも、私はそなたを見限ることができなかった。なぜなら、そなたの私への愛と忠誠は清浄で、深いものであったからだ」

 ああ、我が神は私のことをきちんと見ておいでになったのだ。

 私の心が歓喜に満ちる。

「けれども、そなたは殺し過ぎた。地獄をめぐり、償いをしてきなさい。長き時の果てで、また相まみえよう」

 私の足元の床が消え、身体が深い谷に落ちてゆく。下には地獄の業火が燃えている。

 だが、私の心は躍っていた。いかな責め苦に遭おうとも、いつかは我が愛する神の御許に還ることができると確信しているからだ。











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