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付記・フィリップの想い(1)

 王城と王族を護る近衛の第一騎士団の副団長になったという辞令を受け取り、挨拶回りに出かけた。治安維持を受け持つ第三騎士団の建物に入り、ホールで従者のリカルドが受付に用件を話している間、周囲を眺めていたら、騎士たちの噂話が耳に入ってきた。

「団長のとこに、女が来てるってさ」

 ほほう?

 真偽はともかく、おもしろいことになっていそうだ。尊敬する第三騎士団の団長、アルフレッド・カレンデュア先輩は女性に縁がない人だった。

 僕は団長の執務室へ入る許可を得て戻ってきたリカルドをそこで待機させ、奥へ廊下を歩いて行った。

 いつもだったら、受付なんて通さなくてそのまま執務室へ遊びに行っている。今日は、けじめをつけた。それだけ。「女」に興味が湧いたのも確かだが。

 執務室のドアの前に立って近寄ると、ぼそぼそと話し声がする。しかし、内容までは聞き取れない。

 小さくノックをし、「先輩?」と小声で言ってアリバイを作り、少しドアノブを引いた。

「でも、マクガーネルはまだ、騎士団長じゃないよ。そうか、……あいつ、まだ二十二なんだが、十年後には団長になっているのか」

 先輩、何の噂話をしてるんだか。

「呼んだ?」

 と、僕はドアノブを勢いよく引いて、中へ入った。

 先輩の隣には、長い銀髪に紫の瞳をした幼い少女が座っていた。

 彼女が光り輝いて見える。

 まさか、これが一目ぼれというやつか?

 ショックだった。美しいとはいえ、相手は幼女だぞ?

 しかし不思議な懐かしさと切なさを、彼女を目にして感じたのだった。




****




 物心ついた頃、僕は王弟殿下の王子さまの乳母の息子だと思っていた。「とうさん」と「かあさん」と双子の「にいさん」の四人家族で、殿下の領地にあるお屋敷の使用人棟で暮らしていた。

 領地のお屋敷には王弟殿下の王子さまが一人おいでになり、「かあさん」はそのかたの乳母をしているのだと、それだけは理解していて、双子のケビンにいさんと一緒にお屋敷の広い庭で遊びまくっていた。

 それが一変したのは、五歳の誕生日のことだ。

 スーツを着、「かあさん」に連れられて、初めてお屋敷の中央棟へ足を踏み入れた。ずらりと両側に使用人たちが並んで頭を下げている。

 驚いたけれど、「かあさん」に手を引かれ、そのまま客間へ行った。

 中へ入ると椅子があり、そこに座っていた人が立ち上がった。そして、杖を突きながら僕の前まで来て膝を突くと、がばりと僕を抱きしめた。

「フィリップ、よく無事で……大きくなった。マリアにそっくりだな」

 その人は、僕の顔を覗き込んで泣き笑いしている。

 痩せて足が不自由なその人は、エセルバード・レオポルド・ゼノヴァン。ガウス大公と呼ばれる王弟殿下だった。

 殿下は僕の手を引いて椅子に座らせてくれ、自分もその横の椅子に座って、五歳の僕に分かるよう、これまでのことを話してくれた。

 僕の父は目の前にいるこの人。母はマリア。マクガーネル公爵の長女だ。

 祖父・ウイリアムは賢王と国民に慕われていた人だが、長子で王太子のハロルドは遊び好きで気が荒く、祖父は廃太子とし、次子である僕の父・エセルバードを世継ぎにしようとした矢先に崩御した。国王の急な逝去の混乱の中、父と当時三歳だった兄のジュリアスは毒を飲まされ、生死の境をさまよった。そのころ、僕を産むために領地に戻っていた母は、生後半年の僕を家臣たちに託し、王都の屋敷へ戻った。

 父と兄は幸いなことに命を取り留めたものの、まだ予断は許さず、母は懸命に看病した。そのとき、刺客が父の寝室を襲い、父をかばった母が絶命。護衛の騎士三人が犠牲になったが、なんとか刺客を捕らえることができた。

 しかし、第一騎士団がやってきて彼らを連行すると、刺客たちは裁判にかけられることなく獄中で死亡した。

「すべては、私を邪魔に思う兄のハロルド王がしたことだ」

 毒の後遺症で、父は足が不自由となり、兄は虚弱になって一日の大半をベッドで過ごすようになった。

 父は僕を護るため、乳母の子として領地で育てさせたのだという。「兄」のケビンは、何かあったとき僕の身代わりを務める役割だった。

 僕が五歳になって、このことを明かしたのは、ハロルド王が僕を見たいと言い出したからだ。

「王にまみえるが、伯父と思うな。『陛下』と呼び、へりくだれ。きっと護る」

 父はそう言って、再び抱きしめた。

 僕は王都へ乳母の一家と共に行った。乳母のアネッサは僕が大きくなったら、専属侍女、成人すれば侍女長になり、「父」のハンネスは侍従、「兄」のケビンは側仕えとして変わらぬ忠義を尽くしてくれた。

 王都の屋敷で兄のジュリアスと初めて会い、兄弟であることを互いに認め合ったあと、僕は正装して父に連れられ、王城へ行った。

 玉座にいるハロルド王は父と少しも似ていず、大柄で不機嫌そうな顔をした人物だった。

「そなたがフィリップか。病弱だと聞く。我が息子のエドガルより四か月年長なだけだが、ずいぶんと落ち着いて見えるな」

 僕と同い年のエドガル王太子は、玉座の横の椅子に座っていず、ぐずって女官をてこずらせていた。

「フィリップよ、将来はどうしたい?」

 にこやかに言った王だが、目がきらりと光った。

「はい! おうさまに、せいしんせいい、おつかえすべく、きしになりとうございます!」

 子どもらしく、無邪気に答えた。

「それはよいな!」

 ハロルド王は、膝を叩いて大笑いした。

「エセルバード、いずれ騎士の幼年学校に入れるがよい」

 これは王族として遇するのではなく、臣下とするという宣言だった。

 父は黙って、頭を下げた。

 王に対する答えは、これが正解だったようだ。僕には刺客が送られることはなく、毒を盛られることもなかった。

 目立たず、軽薄な人間を演じることだ。

 僕は自分に言い聞かせた。その間、密かに牙と爪を研ぐのだ。

 僕は母方の祖父、マクガーネル公爵に預けられた。父は自分の許にいるより安心できると言って、兄のジュリアスも一緒だった。

 僕たち兄弟は、マクガーネル公爵の領地で従兄弟たちと一緒にのびのびと育てられ、やがて僕は兄と従兄弟たちが共通試験を受ける前に王都へ戻り、騎士の幼年学校へ入学した。

 寮生活だったが、寂しくはなかった。貴族だけでなく、平民の子もいたので、むしろ彼らと仲良くなったのだ。クライブ・ロイズもその一人だった。

 そして最上級生には、有名人がいた。

『狂犬アルフレッド』

 成績優秀、けれど理不尽には真向うから歯向かい、停学をくらっても、そのつど何故か見学に訪れる第三騎士団の団長・ブラッドレイ卿に救い出され、アルフレッド先輩を陥れた生徒と教師が放校や解雇の憂き目にあう。

 痛快だった。

 アルフレッド先輩は下級生に優しかったから、人気があった。貴族至上主義の連中は違ったが。

 卒業して先輩はオーレンクス侯爵の騎士団へ入ってしまい、一時連絡がつかなかったけれど、数年後に第三騎士団へ入隊し、めきめきと頭角を現した。そして僕と旧交を温めることになる。

 騎士学校時代の僕は、座学・実技共に成績を中くらいにとどめておいた。しかし実際はトップクラスだったと思う。僕を抹殺する気配はないが、王の監視の目を常に感じていたからだ。

 第一騎士団に入隊してからも僕は軽薄な男を演じ、女性と派手に交際した。誰とも深い仲にはならなかったが、目くらましのためだ。一方で、父と兄の体調が良くなるよう、王都の教会に寄付をし、礼拝にたびたび通った。

 神さまなんて信じていなかったが、父と兄のことを思うと、何かせずにはいられなかった。

 その日も教会で祈りを捧げ、寄付金の入った小袋をその場にいた若い司祭に渡した。

「神のご加護を」

 寄付を受け取った司祭は初めて見る顔だった。黒いキャソックはだぶだぶで一見、分からないが、姿勢の良さや身体の隙の無い動きから、武術を嗜んでいるのが察せられた。

 教皇猊下が創設した聖騎士のひとりだろうか。

 ふと、そう思った。

 伯父のハロルドが即位する少し前、大叔母のアレクサンドラが降嫁したオーレンクス家の侯爵夫妻の事故死、オーレンクス領への王の介入という事件があった。詳しいことは知らされなかったが、貴族たちの間で、「ハロルド王に逆らったら、オーレンクスのようになる」という恐怖が形成された。

 ゲオルグ教皇は、そのオーレンクスの一族だ。何かご存じなのだろうか。

 エンマ王妃の実家・サザランド伯爵領では、ハルバ帝国人が多く見かけられると聞く。ハルバはルーキン神を奉じる。ゼノヴァン王国でルーキンを信仰するのは禁忌だ。その調査のためか? 

 教会が説くところによると、この世界はルーキンという男神とレダという女神が人間を守護しているという。荒ぶる神ルーキンは海の向こうの大陸を。慈愛の神レダは、わが国ゼノヴァンを含むこちらの大陸を。二柱の神は、それぞれが治める領域を定めていると。

 やがて、礼拝に通ううちに親しくなったサリバンという名の司祭が、あるとき僕にささやいた。

「いつもご奇特なことでございます。そういえば、お聞きになりましたか? 近頃、スラム街で、無料で法律相談を受けている若い弁護士がいるとか。あなた様同様、レダ神の麗しい御子ですなあ」

「そうですか……」

 何かの示唆か、と感じて、後日スラム街へ、調べに行った。

 事前の調査で知ったのは、スラムの弁護士はフリッツ・ロイという優秀な成績で学業を修めた若者で、平民だった。サザランド伯爵領で商会を営んでいた父親が陥れられ、両親は無残な死を遂げたあと、父親の友人たちが彼を匿って育てたという。

 これは相当な王族・貴族嫌い、というより憎悪しているな、と思った。

 栗色の鬘をかぶり、日雇い労働者の格好をして、一人で彼のいるというスラムの教会を目指した。従者のケビンは僕を心配して付いて来ようとしたけれど、振り切った。一人でなければ、ロイは警戒どころか、話も聞いてくれないだろう。

 下町の細い路地を入って少し行くと、ガラの悪い男が三人、僕の前に立ちふさがった。

「にいさん、見かけないツラだな。ここいらに何の用だ?」

 一人がにやにやして近づいてきた。

「困りごとがあってね。ただで相談に乗ってくれるっていう弁護士のロイ先生を訪ねてきたんだ。ここを縄張りにしているドミニクの旦那に話が通してあるはずなんだが」

 スラムにもチンピラの縄張りがある。僕はサリバン司祭の伝手で、ここの親玉のドミニクにいくばくかの金を渡して、通してくれるよう話をつけておいたのだった。

「そりゃあ、残念だったな。ドミニクの野郎は、昨日おっちんじまった。今日からは俺のシマだ」

 路地の奥から、見上げるほど大きな男が姿を現して言った。

「それは困ったな。どうすれば、通してくれる?」

「通行料を払いな。ドミニクに出した分の二倍で許してやるよ。後ろのやつと合わせて三人分だ」

「後ろ?」

 振り返ると、二人の見知らぬ男が彼の手下どもに囲まれている。

「知らないやつだ。料金は一人分だ」

 と、ズボンのポケットから銀貨を一枚出して、男に投げた。

「あんたは、通りな」

 手下どもが背後の男二人に襲い掛かったが、二人は応戦している。おそらく、ハロルド王の命を受けた暗部だろう。

「俺はダンカン。お見知りおきを、旦那様」

 親玉は右手を胸に当てて、腰を折ってお辞儀した。

「浮浪者の格好をしても、しぐさが上品なんだよ。あんた、何者だ?」

 身体を起こしたダンカンが尋ねた。

「おちぶれた、やんごとなき御方さ」

 嘘は言っていない。王にいつ殺されてもおかしくない名ばかりの王族だ。

「それよりも、あいつら手練れだぞ。怪我をしないうちに、手下たちを引かせたほうがいい」

 悲鳴がいくつも上がって、血の匂いが漂ってきた。

「訓練された暗殺者か。あんなのをぞろぞろ引き連れてやってくるなんざ、ますます興味が湧くじゃねえか」

 ダンカンは自分も手下たちの応援に行ってしまった。いくら手練れでも、数で負けるかもしれない。おまけにダンカンの地元だ。暗部の連中に地の利はない。

 僕はそれから誰にも邪魔されず、ごみごみした路地を進んで、ロイのいるという教会へたどり着いた。

 そこには、ぼろをまとった老若男女が列を作っていた。

 司祭を呼んでもらい、出てきた老司祭にサリバン司祭からの手紙と袋に入った銅貨を渡した。

 古ぼけた教会の中へ招じ入れられ、僕はそこの司祭の部屋でフリッツ・ロイと会った。

「私に用とは?」

 ロイは黒髪に青い瞳をした理知的な若者だった。ただ、ろくに食べていないのか、ひどく痩せていた。

 彼が差し向いに座ったとき、僕はすぐさま告げた。

「君の過去を調べさせてもらった。一緒に、この国を壊さないか?」

 彼は大きく目を見開いた。

「僕の名は、フィリップ・マクガーネル・ゼノヴァン。王弟の次男だ。しかし、母はハロルド王に殺され、父と兄は毒を盛られて不自由な身の上にされた。あんな王はいらない。威張り腐る一方で、王の言いなりの貴族もいらない。信用できないというのなら、この場で僕を殺しても恨みには思わない」

 と、僕は鬘を取り、上着の内側から護身用のナイフを取り出して前に置いた。

 本音だった。賄賂が横行し、無能が幅を利かせ、国民は重税にあえぎ、ハロルドとその妻子、腰巾着だけが贅沢に暮らす、こんな腐った国なんて、壊れてしまえばいい、と思った。母と使用人たちが護り、父が喜んでくれたこの命にも、執着なぞなかった。

 僕の告白に、あっけにとられたロイだが、すぐに質問攻めにした。僕の返答を聞いたあと、しばし考え込んだ彼はやがて口を開いた。

「あなたを利用してもいいのだな?」

「最初から、そう言っている。資金も出そう」

 そうして僕らは、平民の間に反王政勢力を作っていくことにした。暗殺者二人を始末したダンカンも、それに加わった。




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