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その後のこと

 オーレンクス侯爵家の紋章入りの馬車は、ユーリ・ヴァイエンドルフを始めとする警護の者たちに守られて街道を脇に逸れ、二十三年前にシルヴィアの曽祖父母、サミュエルとアレクサンドラが悲惨な最期を遂げた川沿いの崖に着いた。ここはもう道としてあまり使われておらず、荒れ果てた悪路だった。

 馬車が停まり、祖父・リチャードが先に降りてシルヴィアに手を貸し、地面に立たせてくれた。

 そこでリチャードは侯爵夫妻の名から始まって、付き従っていて命を落とした者すべてに呼びかけた。のちに皆で祈りを捧げ、シルヴィアが手にしていた白い薔薇の花束を崖から川へ向かって投げた。

『もう、ここには誰もいないわ。領地の家族の許へ、魂が還っているのね』

 レイラ様がシルヴィアにささやいた。

 そののち、再び馬車に乗ると、来た道を戻って街道に出、北を目指した。

 街道沿いにある貴族向けの宿屋へ泊りながら五日間の馬車の旅の果てに、オーレンクス領へ行き着くと、そこには見上げるばかりに大きな壁。それも延々と続いている。目の前には、大きな門があった。これは正式な通路で、商隊や乗合馬車は少し離れたところにある通用門を使っているとのことだった。

「お館さまとお嬢様のご帰還である!」

 ユーリ・ヴァイエンドルフが叫ぶと、大きな鉄製の門がギギッと音を立てて開いた。

「お帰りなさいませ」

 祖父のリチャードによく似た三十代ほどの正装した男性――祖父の甥のエルド・アダムスと、騎士服姿のデイビッド・ヴァイエンドルフが一行を出迎えた。

 馬車はそのまま門を通過して、よく整備された道をゆく。

 遠くには紅葉に色づいた山々。その裾に広がる森も秋色に美しく染まっている。果樹園、収穫が終わった春撒き麦の畑。点在する農家。

 ああ、帰ってきたのね……。

 前世でも、一度も来たことがない領地だったが、なぜか懐かしい。

 終わったんだわ。これでもう、『悪の令嬢』でいなくてもいいのね。

 シルヴィアは感慨深く、そう思った。




*****




 オーレンクス侯爵家の城は、要塞の中にあった。

 ぐるりと城と街を壁が囲んでいる。その城壁の跳ね橋が下ろされ、シルヴィアたちが乗った馬車が通過し、街中へ入ると、人びとが出迎え、歓声を上げた。

 街を抜けて城の車寄せに馬車が停まると、玄関ホールから母のオーレリアが小走りで出て来、馬車を下りたばかりのシルヴィアに抱き着いた。

 母と手をつなぎ、祖父と共に城内へ入ると、杖を突いた老女とその介添えの大柄な黒髪の女性。黒髪で熊のように大柄な男性と同じく黒髪で背の高い女性。その人によく似た金髪の女性と、ひどくやせて黒髪で、シルヴィアを興味深そうに眺めている女性が並んでいた。

 祖父の紹介によると、老女はシルヴィアの高祖母にあたるアンナ様、介添人はオリガ・ヴァイエンドルフ。あと五十代と見受けられる四人のうち、大柄な男性はエドワード、黒髪の女性はロザリンド、金髪の女性はシシー、やせた黒髪の女性はアガサ。曽祖父のきょうだいたちだった。

エドワードは先祖・マイケルの再来といわれるほどの物づくりの天才で、ロザリンドは薬師、シシーは内科と看護を専門とし、アガサは外科医ということだ。

 ロザリンドとシシーは結婚していて、その家族とはあとで会わせてくれると言う。

「歓迎しよう、シルヴィア。王都では、よくがんばったな。で、さっそくなんだが、おいちゃんに、持ってきたというご先祖様の設計図を見せてくれないか」

 目をきらきらさせて言ったのは、エドワード。

「仕方がない息子だ」

 と、ため息をついたのち、シルヴィアへ、

玄孫やしゃごと会えるなんて、長生きはするもんだね。部屋は整えてある。ゆっくりお休み、シルヴィア」

 と、アンナ大おばあさまが微笑みかけた。

 温かく親族から迎えられ、シルヴィアは安堵した。

 この中でアガサは、偽王・エドガルの死因特定のための解剖をリチャードから頼まれ、王家に売る銃を持った騎士たちと共に、嬉々として旅立っていった。

 その数日後、城内の教会に安置してあったパトリック・サザランドの棺は、ロバの曳く荷馬車に乗せられ、港まで運ばれた。途中、住民からの投石と罵声を浴びながら。そして港に着くと、薪と共に小舟に乗せられ、それを帆船が引き、沖に出るとつないであったロープを切って流し、船から火矢を射かけて火を付け、水葬にした。これは翌年から、悪霊払いのお祭りとして、小舟に積んだ薪に火をつけ海に流すことが行われるようになる。

 翌日には、城の大広間でリチャードの侯爵への就任式が、オーレンクスの親族と各集落の代表者の前で行われた。また、オーレンクス侯爵家の継承者として、シルヴィアが正式に皆へ紹介され、祖父・リチャードは一年以内に侯爵位を娘・オーレリアの伴侶・アルフレッドへ譲ることを宣言した。

 以後は大人たちの間で、オーレンクス領独立の有無と条件の話し合いが何度も持たれたが、子どものシルヴィアにはかかわりなく、従兄弟のエリックとイリアス・ヴァイエンドルフと一緒に、城内の探検やピクニックをして遊んだ。

 大人たちの話し合いが一時、破綻して、森の民の一部が反乱を起こし、祖父・リチャードが大怪我を負い、シルヴィアが森の民にさらわれるという事件も起こったが、レイラ様の助力でなんとか解決し、シルヴィアは最後の癒しの力を祖父のために使ったのだった。

 このとき、森の奥の池に棲むヌシ様という森の民が崇める神と出会い、意気投合したレイラ様は、ヌシ様の力を借りて、王城の宝物庫から池へ通じる道を作り、茶飲み友達として、行き来するようになった。

 やがて、領地に来て三か月も経つと王都の様子も落ち着いたのか、エリックの父・ハーバード・カレンデュア伯爵から帰ってくるよう、使者がやってき、エリックは家庭教師のミス・マイラと共に王都へと戻っていった。数年後、ハーバードは、ミス・マイラを妻に迎えることとなる。

 遊び相手をしてくれていたイリアスも、騎士になることを決心し、ヴァイエンドルフ一族の里・ゴーシュへと去っていった。

 残ったシルヴィアは曽祖父の弟で物づくりの天才・エドワードに先祖・マイケルの残した設計図の説明をしながら、お菓子作りに挑戦するのだが、壊滅的なお菓子の出来に、自分は作るのではなく、店を出してオーナーに徹することを決意した。

 一方、王都では簒奪者とその仲間たちの裁判が終わり、順番に銃殺刑に処せられた。初めて見る武器に、王都の人びとは戦慄した。

 領主が罪人となったため、王家に接収されたダウロット公爵領、ジラフォード侯爵領、サザランド伯爵領を始めとする領地は、代官を置き、王家が直接、統治することになった。事態が落ち着いてくれば、叙爵した人々にいずれ分配することになるとのこと。また、新王は、徐々に政治機構の改革を進めていくつもりだった。

 その一環で、シルヴィアの父方の伯父・ハーバード・カレンデュアはその功績から、伯爵から侯爵へ陞爵され、正式に宰相となった。

 第二王子となったフィリップは、近衛騎士団長を務めながら騎士団の改革を進め、ある程度目途がついた頃、同輩のクライブ・ロイズに団長の職を譲って騎士団を辞し、新たに王家の領地となった地域の責任者となった。特に旧サザランド領は、ハルバの残党がまだ潜んでおり、統治の難しい土地だったからだ。その忙しい間でも、彼はシルヴィアへ手紙を書き、贈り物をした。

 そして、幽閉させられていたライオスと監視していたはずのエミリアの姿が消えたことは隠ぺいされ、オーレンクス侯爵のみにそれが知らされた。

 オーレンクス領では森の民との和解が成立し、結局、独立するのはあきらめ、賠償その他の条件を飲み、準王族の立場に甘んじることになった。宝物庫にある先祖・マイケルの作品がほしいエドワードの意見が通った形だ。

 新王即位から十一か月め、騎士団を辞めたアルフレッドが陞爵した位をリチャードから譲られ、オーレンクス公爵となった。それと同時に、家宰はリチャードの甥のエルド・アダムスに、騎士団長はユーリの息子のデイビッド・ヴァイエンドルフに交代した。

 先代さまとなったリチャードは、王都の屋敷に居を移し、その警備責任者にはユーリ・ヴァイエンドルフが就いた。リチャードは新王にチェスの相手としてたびたび呼ばれ、気の置けない臣下として仕えた。

 と、はたから見ればそのようだったが、実は二人でハルバ帝国を内部崩壊させる謀議を行っていたのだった。

『会うと反発して悪友って感じだけど、目的が一致すると、腹黒コンビよね』

 とは、レイラ様の感想だ。

 アルフレッドがオーレリアと領地で暮らすようになって一年後、シルヴィアの弟が生まれた。

 オーレンクス領では喜びに沸いたが、ことさら喜んだのは、エセルバード国王だった。

「爵位を継ぐ男児が生まれたのなら、これでフィリップを入り婿にせず、シルヴィアを義娘として迎えることができるな」

 と言って、にやりとした。

「まだ、先のことだ。何があるか分からぬ。第二王子殿下は、男盛りだから」

 祖父・リチャードは無表情で答えた。

 その二年後、砂漠の国・ハールーンと国交が樹立され、リチャードの姉の孫にあたる姫が、皇太子・ジュリアスと結婚したときには、

「これで、卿とは縁戚になったな」

 と王が言えば、リチャードは苦い顔をしただけだった。

 これを見ていたシルヴィアは、レイラ様がおっしゃるように、二人とも子どもみたいね、と呆れたのだった。

 友好国となったことで、ハールーンのまたいとこたちがオーレンクス領へ遊びに来るようになり、賑やかになった。




*****




 シルヴィアは、十五歳になった。

 正式に第二王子の婚約者となり、王都のオーレンクス家の屋敷に住むことになった。共通試験を受け、優秀な成績で王立学校に入学したが、飛び級し、単位をさっさと取って、結婚式の準備に専念したいと思っている。

 忙しい公務を縫って、フィリップは半年に一度はオーレンクス領にいるシルヴィアに会いに来てくれたが、王都に来てからは、毎日、フィリップと会っていた。

 フィリップは年齢を重ねて、ますます男としての色気を増し、シルヴィアは間近にいるだけで、どぎまぎしてしまう。

「来年の結婚式が楽しみだ」

 王宮の庭でお茶をしていたら、横へ椅子を移動させ、シルヴィアの左手を持ち上げて、フィリップが言う。その薬指には、婚約指輪がはまっていた。

「長いようで、短かったわ」

 エミリアらしき少女がハルバ帝国の後宮で六十過ぎの皇帝の寵愛を受けているとか、ハルバの商船ばかりを狙う若い頭目が率いる海賊がいるとか、そんな噂が聞こえてきても、今のシルヴィアには関係がない。ハルバ帝国の各地で反乱が起こっており、奴隷たちの暴動も頻発している。あの帝国は、数年のうちに瓦解するだろう。

 そんなことより、重要なことがある。オーレンクス領で過ごした九年間、両親と弟、親族たちと暮らした時間は、平穏で満ち足りた日々だった。これこそが、前世で一番に望んだことだった。

 結婚式では、サミュエルは――曽祖父の名をもらった小さな弟は、泣くかしら。

 シルヴィアは愛しさと共に、思った。

 結婚式は始めオーレンクス領で、次に王都ですることになっている。

『おばちゃまが、そのときは花びらを降らせてあげよう』

 小さなレイラ様が二人の周りを飛び回っていた。

「ありがとうございます、レイラ様」

 生き返らせてくれて。

 そして、私にかかわるすべての人に、感謝を。

「生きていて良かった、と心から思います」

「僕もだ」

 と、隣にいたフィリップが、シルヴィアの頬にキスをすると、シルヴィアは顔を赤くした。まだ、この距離には慣れない。

 結婚式が待ち遠しい一方で、怖いような?

 その後、夫となったフィリップの溺愛ぶりは、シルヴィアの予想をはるかに超えていたのだった。












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