(28)
夕食が終わってから、親しく話せる場所だからと言って、エセルバード陛下は自分の居間へ皆を連れて行き、侍女にお茶の用意をさせてから、すべての使用人を下がらせた。
「では、存念を述べたまえ、侯爵」
豪華な布張りの椅子に腰かけた王が促す。
その右にジュリアス、左にフィリップがいる。
対して、向かい側のソファにリチャードとシルヴィアが並んで座っていた。
「賠償の件については、王宮で申し上げましたように、領地に帰ってオーレンクス一族の意見をまとめてから、お返事したいと思います。そして、シルヴィアの婚約についてですが、孫娘が不幸になるような婚約は、私は反対です」
「おじいさま。ここからは、私にお話をさせてください」
祖父に言ったシルヴィアは、リチャードがうなずいたのを見て、真っ直ぐ前を向いた。
「私はまだ、子どもです。だから、子どもの考えだと笑ってくださってもいいです。でも、結婚するなら、私一人だけを妻として愛してくださる方を望みます。愛人を堂々と社交の場に連れてきて、正妻以上の扱いをする男性など、大嫌いです」
「確かに、我が国の風紀はその点、緩やかすぎるな」
ふむ、とうなずく国王。
「レディ・シルヴィア。僕は愛人なんか作らないし、浮気もしない!」
と、フィリップが勢い込んで言う。
「それでも政略で、私を殿下方の婚約者とするのなら、お相手はフィル様にお願いします。ただし、候補の一人として。私の成長を待つ間、真に愛する方と出会うかもしれませんから」
「候補……それでも、かまわない」
と、喜色で顔を輝かせたフィリップが椅子を降りて、シルヴィアの前で片膝を突く。
「生涯、君を愛し抜くよ。ヴィア、きっと妻になってくれるね」
フィリップはシルヴィアの右手を取って、その甲に口づけようとしたが、祖父のリチャードがシルヴィアを抱き上げ、膝の上に乗せて邪魔をした。
「この子が成人したとき、同じ気持ちでいたら、正式な婚約者と認めましょう」
「うわあ、九年間の禁欲。フィル、できるかい?」
ジュリアスが訊くのに対し、立ち上がったフィリップが答えた。
「九年なんて、すぐさ。許可してくださって、感謝いたします。侯爵」
と、一礼した。そして、自分の椅子に戻った。
「喜んで許したわけではないのだがね」
祖父がぶつぶつ言っている。
「なんにしろ、めでたい」
エセルバード陛下が破顔した。
「それから、宝物庫について、申し上げたいことが」
祖父の膝の上から言っても格好がつかなかったけれど、シルヴィアは声を上げた。
「オーレンクスが独立してもしなくても、レイラ様の宝物庫に入る許可をください。ときに物を持ち出すのも。レイラ様にまたお会いする約束をしたの」
「ほう。それはずいぶんと気に入られたのだね。よろしい。入るときは、ジュリアスか、フィリップと一緒なら許そう。もっとも、私の義理の娘になるのだから、自由にして良いのだがね」
と、エセルバード陛下が、にこにこしている。
「あのう、実はレイラ様に会ったのは、ただ会っただけではないの」
シルヴィアは見せられた記憶のことを話した。
別の世界の奇妙な道具、社会の仕組み、生活のことを。
「選挙で選ばれた者が議会で法を作る? 平民も加わって?」
国王が興味を引かれたのは、やはり国の形についてだった。
「ハロルド王のように勝手な税をかけられないよう、文書にするのもいいですな」
祖父のリチャードが言った。大憲章という古い法典についての感想のようだ。
国王が祖父に目を向ける。
「リチャード・アダムス・オーレンクス卿。そなたの行政手腕が素晴らしいことは、聞き及んでおる」
「ブラッドベリ卿ですか。暗部の統括の」
祖父がシルヴィアを膝から降ろした。
「王家の暗部も兄のときは割れていた。それがようやくまとまったようで、私に報告してきた」
「妻子を人質に取られて仕方なく、それも生き延びるために必死だっただけです」
表情の消えた顔で、祖父が答える。怜悧な美貌がさらに冴えている。
「できれば、その才を我が国のために使ってほしいものだ」
「まず、自分の住む土地と人びとが、優先されるべきでしょう」
祖父がやんわりと断る。
「それではせめて、オーレンクスで作られているという、最新式の武器を我らに売ってくれぬか」
冷ややかな視線で、リチャードが王を見た。
「賠償すらしないうちに、今までの敵に武器を売れと?」
祖父は王家に対する敵意をもう隠そうともしない。
「我々は敵ではない。しかし、まだ疑念が晴れぬというのなら、共通の敵と戦うために、武器を融通してくれぬか? 他国には売っているというのに」
「そうですね……」
リチャードが考えをまとめるため、前かがみになり、両手の指を合わせた。
「ハロルドと宰相のヘンリーはハルバと手を結んでいたが、あなたはそうでない。ならば、まずは数挺。指導する者もつけましょう。金額は担当の者と打ち合わせるということで」
「それは、ありがたい。最初に使うのは、エンマやエドガルたちの処刑の際とする。さすれば、オーレンクスの恨みも少しは晴れるだろう」
「いえ、うちの者を処刑人とするのは、やめていただきたい。たとえ恨みがあっても、彼らは法によって裁かれた者たちだ」
エセルバード王と祖父のリチャードが火花を散らしていると、フィリップが右手を上げて発言する。
「近衛の者にやらせましょう。これから裁判が始まりますが、おそらく彼らは叛逆と国家転覆の罪で処罰されることになります。国を裏切った者を近衛の騎士が殺すのに、なんの不思議もありません。不正によって第一騎士団に入った者は、粛清しました。これからは、平民でも王家と国に忠誠を誓う者で構成することになるでしょう。それを見極める、よい試金石です」
「そうか、ならば、そのようにしよう」
うなずいた王は、リチャードに言う。
「侯爵も、それでよいだろうか」
「はい。領地に戻ったら、すぐに手配いたしましょう」
「これで安堵した。いずれは騎士団すべてに装備させ、暴徒の鎮圧などに使うとしよう」
それを聞いて驚いたシルヴィアは、ぴょんとソファから降りた。
「待ってください、国王陛下。銃を民に向けないで!」
「ヴィア、どうして銃だと思ったんだい? 私たちはその言葉を出していない」
身体を起こした祖父が訊く。
二十三年前に使われた『火砲』が銃か大砲だというのは、レイラ様の記憶を覗いて予測ができた。けれども、今は説明している暇はない。
「おじいさま、そのことは、あとで。陛下――」
「レディ・シルヴィア、私のことは何と呼ぶんだったかな?」
国王陛下の視線が鋭い。
「……エセルおじさま」
「よろしい」
陛下が、にこりとする。
「午前中に、サザランド領で暴動が起きたとの報せを受けた。第二騎士団の小隊が三つ向かったが、手こずっているようだ。銃を使わず、これをどうしたらいいかね?」
「領民たちは怒りで頭に血が上っているだけです。そんなときに国と民を護るはずの騎士団から剣や銃口を向けられ、傷ついたら、不信感が増すだけです。『ホウスイシャ』で大量の水をかけて動きを止めるとか、『センコウダン』で目を一時くらませるとか……ああ、それはどちらもこの世界には無いわ。フィル様、今すぐ私をレイラ様の所へ連れて行ってください!」
「落ち着きなさい、ヴィア」
と、祖父のリチャードがソファから立ち上がって、シルヴィアの前に片膝を突き、両肩に手を置いて言った。
「内乱にはならないよ。前のようなことは、ない」
「どういうことかな」
エセルバード国王が訊くと、フィリップが答えた。
「レディ・シルヴィアは、『魔女の血』を受け継ぐ者なのです。初代王妃の魔道具を使ったのですよ」
そして、リチャードとシルヴィアに告げた。
「父と兄に、紅玉の首飾りの話をしてもいいですね」
「致し方がない。むしろ、知っていただいたほうが良いだろう」
祖父はシルヴィアを抱き上げてソファに座らせ、自分も横に腰を下ろした。
うなずいたフィリップは国王と兄に、シルヴィアの時戻りのこととシルヴィアの死をきっかけに内乱が起きたことを語った。
聞き終わったエセルバード王は溜め息をつき、ジュリアスは目を見張った。
「……エドガルは簒奪者であるだけでなく、この国を滅ぼした者でもあるのだな。兄のハロルドは、何ということをしてくれたのだ」
つぶやいたあと、フィリップに訊く。
「このことを知っているのは?」
フィリップは答えず、問いかけるように、リチャードに目を向けた。
「この子の両親と祖父の私、そしてフィリップ殿下です」
「なんと、そなた知っておって……」
「特に話す必要も感じませんでしたし、今、お知りになったのでいいでしょう?」
と、フィリップが王に微笑む。
「そなたは……困った子だ」
エセルバード国王が苦笑した。
「おじさま……前世に王妃教育を受けて、考えたことがあります」
と、シルヴィアは街道整備のこと、治水のこと、飢饉対策、そして今回、大量に貴族が失脚して出る使用人や騎士の失業対策などを話した。
聞いているうちに、国王の顔が真剣味を帯びてくる。前世のエドガル王とライオス王太子は、うるさがって耳を傾けてもくれなかったのだが、エセルバード王は違っていた。
シルヴィアが話し終えると、王はジュリアスを振り返った。
「記憶したか? ジュリアス」
「はい、明日の朝には文書にして提出できると思います」
「兄は、記憶力がいいんだ」
フィリップがシルヴィアに言った。
そしてエセルバード王が立ち上がり、近寄ってきて、いきなりシルヴィアを抱き上げる。
「素晴らしい、さすがに卿の孫」
と、祖父を見てから、シルヴィアに言った。
「やはり王妃になる器。早く私の娘になって欲しいものだ」
……違うのに~~。
王妃になんて、なりたくない。でもそれなら、フィル様が王太子になるの? ジュリアス様を差し置いて?
フィリップを見たら、彼が手を伸ばしてシルヴィアを抱き取った。
「父上、彼女は私の花嫁です。父親といえども、気安く触らないでください」
「少なくとも、それは九年後のことになるが?」
立ち上がって近寄った祖父がフィリップを睨んだので、彼はシルヴィアを下に降ろしてくれた。
少し離れたところで、ジュリアスが苦笑いしている。
「フィル様、レイラ様のもとへ連れて行ってくださいな」
今はまず、暴動を鎮めるための知恵を借りに行きたかった。




