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 オーレンクス騎士団長のユーリ・ヴァイエンドルフとその部下たちが、ガウス大公改め、この日、国王となる王弟殿下の屋敷に到着したとき、祖父のリチャードは王宮に行っていておらず、リハビリ中で部屋にいたジュリアスが屋敷の主人の代理として出迎えた。

「オーレンクスの騎士の方がた、遠路ご苦労。私は王弟ガウス大公の長子・ジュリアスだ。あいにく侯爵は王宮に出向いていて不在でね。部屋を用意するから、そこでくつろいでいてくれたまえ」

 執事が来訪を告げたので、ジュリアスはリハビリを途中で切り上げて、玄関ホールへ赴いた。昨日、治癒の魔法を使ったのに、もう足取りがしっかりしている。

 シルヴィアは部屋で図書室から借りた歴史の本を読んでいたのだけれど、騒ぎを聞きつけて、そっと見に行った。

 玄関ホールにつながる中央階段の上で、手すりの支柱の陰に隠れて下を見ると、ジュリアスと執事の向こうにオーレンクスの緑色の軍服を着た騎士が十人いた。その先頭に立ち、ジュリアスと話している人はとても大きく、両肩の筋肉など盛り上がっていて、そこに岩でもあるような感じだった。

 その人が、ふとこちらを見上げた。

 気づかれたと覚ったシルヴィアは立ち上がり、取り繕ったような気取った様子で、ゆっくりと階段を下りて行った。

「こちらは、レディ・シルヴィアです」

 覗き見していたのを知って苦笑しながら、ジュリアス・ゼノヴァンが紹介する。

「初めまして」

 と、シルヴィアはスカートを持ち、軽く挨拶をした。

「では、オーレリア様の」

 先頭の騎士が片膝を突くと、ざっと後ろの騎士たちもそれに倣う。

「ご尊顔を拝謁できて、恐悦至極。私は、オーレンクス領で騎士団長を拝命しております、ユーリ・ヴァイエンドルフ。我が姫、お迎えにまいりました」

 パトリックからは「小娘」としか呼ばれず、前世も今も軽く扱われてきたので、「我が姫」なんて言われ、こんな仰々しい挨拶を受けるのは初めてだった。

 顔がひきつっている。

 どう返せばいいのか分からないので、ジュリアスを見上げた。

「臣下には、ねぎらいの言葉をかければいいんだ」

 小さな妹を見つめるような優しいまなざしをして、ジュリアスが教えてくれた。

「よく来てくれました。みなさん、帰りもよろしくね」

 にこり、とすると、騎士たちがざわめき、ユーリ・ヴァイエンドルフが目を見開いた。

「我が姫には、傾国の素養がおありのようですな」

 ほめたのか、けなしたのか、良く分からなかった。

「褒め言葉だよ、きっと」

 ジュリアスがささやく。

 ……イリアスの祖父ということだけど、武骨そうなおじさまね。奥さまとの馴れ初めは、どんなふうだったのかしら。おじいさまに聞いてみよう。

 そんなことを思いながら、ヴァイエンドルフたちが屋敷の執事によって控え室へ案内されていくのを見ながら、シルヴィアはジュリアスに手を引かれて、二階の部屋へ戻った。

 祖父がガウス大公と共に戻って来たのは、夕食の前だった。さっそく客用の居間へヴァイエンドルフを呼ぶ。

 その場にはシルヴィアもいて、祖父の隣にある椅子に座っていた。足が下に届いてないが。

「ユーリ、よく来てくれたね。オーレリアたちは領地に着いたかな」

「はっ、途中ですれ違いました。明日には領地の境界の門を潜られることでしょう」

「ここには他に人はいない。だから、昔馴染みとして、話してくれないか」

 祖父のリチャードが苦笑して、椅子を勧めた。

「ユーリとは、幼なじみなんだ。私の父・ベネディクトと彼の父親のジョージは平民だったけれど、優秀な文官と武官としてウィリアム王に選ばれ、妹君のアレクサンドラ姫の楯と剣になるようにと、子爵位と領地を与えられて、オーレンクス侯爵に嫁ぐ姫君に付き従い、一族を挙げて移住した。私とユーリが四歳のときかな。それ以来、アダムスとヴァイエンドルフの後継として、また友人として付き合って来た」

 祖父がユーリ・ヴァイエンドルフについて教えてくれる。

「イレーネ様があなたを選んだときから、私は臣下としてお仕えすることに決めました。だから、人が見ていないといって、態度を改めることはいたしません」

 椅子に座ったものの、言葉遣いは硬いままだ。

「奥さまは、アダムスの一族だということだけど?」

「私より一つ上の姉のアリッサと、ユーリは結婚したんだ。十五のときに」

「成人してすぐ?」

 この国の成人とされる年齢は、十五歳だった。

 ……レイラ様の転生前の国では、まだ子どもよね。

「政略で?」

「いや、姉のほうがユーリにプロポーズした」

 うわあ、イレーネおばあさまといい、オーレンクス領の女性は積極的だわ。

 と、思っていたら、ユーリ・ヴァイエンドルフがうめく。

「からかうのはよしてください」

 頬を赤くしている。

「お呼びになったのは、シルヴィア様にこんな話を聞かせるためですか?」

「違うよ、ユーリ。今日、王宮で王弟エセルバード様が国王になることが正式に決まった。その際、サミュエル様とアレクサンドラ様は事故でなく、ハロルドによる暗殺だったことが貴族院に知らされ、我々に賠償が行われることになった。内容は、侯爵から公爵への陞爵、国王の許可なく外交と通商のできる自由、税金の永久免除――これは重税を課せられた期間の二十三年間というところを、無期限にしてもらった。その代わりに、と新王が譲らなかったのが、シルヴィアを息子のジュリアスかフィリップの妻にすることだ」

 祖父の眼光が鋭くなった。

「これは併合と同義語だ。もし、王国と戦うことになれば、勝てるか?」

 訊かれて、ふっとユーリ・ヴァエンドルフが笑む。

「愚問」

 と言って、腕組みをした。

「我らがこの二十三年、何をしてきたと思う。兵の数では劣るが、それを補って余りある策と武器がある」

 突然、きな臭い話になり、シルヴィアはびっくりした。

「戦争は、だめ! 私がジュリアス様かフィル様と結婚すれば、いいのでしょう? オーレンクスの跡継ぎは、お父さまとお母さまに弟か妹をお願いすればいいのよ」

 この答えを聞いて、リチャードとユーリが大笑いする。

「王都の屋敷で人質になっていたというのに、いい子に育ったなあ。リチャードよ」

「孫がこんなにかわいいものだとは、思わなかったよ」

「さっそく、じじ馬鹿か」

「おまえには負ける。イリアスも良い子だ」

 昔馴染みのふたりの『おじいさま』が孫談義をしている。共にまだ、四十三なのだが。

「それで!」

 と、シルヴィアは声を張り上げた。

「結局、どういうことなのですか? おじいさま!」

「これまで、オーレンクスがやった密貿易などは不問にするということだ。新王に我々と戦う意思はない。理由も。この混乱のときなら、なおさらだろう。それに、ハロルドとエンマ、エドガルとマーガレットという二組の夫婦の散財で、国庫はカラに近い。戦費なんぞ、出ないだろう。この時期を捉えて、我々は公国として独立する」

「えっ……」

 どういうこと?

「ハロルドとヘンリーは、我々にあまりにも深い傷跡を残した。王が代わろうが、それを忘れることはできない。小さな国になるだろうが、今までも重税を払いながらやってきたんだから、きっと大丈夫だろう」

 祖父がシルヴィアに微笑む。

「それに、友好国だからね。関税は無し。通行証は必要だけれど、行き来は自由だ。法律も今のところ変わりない。一般の人の暮らしには、さして影響がないはずだ」

「アンナ様たちには、どう説明されますか」

「そう。すべては、サミュエル様の母君とご兄弟、ご一族に了解を得てからだ。これは初案だから、正式に決まるまで、何度も折衝が行われることだろう」

 と、ユーリ・ヴァイエンドルフに答えたリチャードが、シルヴィアへ目を向ける。

「ただ一番の問題は、ヴィアが『魔女の血』を引くということなのだ」

 祖父はユーリに、時の巻き戻りと、初代王妃の宝物庫であった出来事、そして、シルヴィアに与えられた力のことを話した。

「なるほど。初代王妃の加護があるシルヴィア様を王家はどうしても、手元に置きたいわけですな」

「それに、宝物庫の魔道具の件がある。あれの存在を知っているエドワード様が、独立によって今よりさらに手の届かない所に行くことを承知なさるか、どうか」

 エドワードという人がどんな人物か知らないけれど――。

「それなら、私は『次男のフィル様の婚約者候補』で、私が『いつでも宝物庫に入れて、王様の許可があったら、物を持ち出してもいい』という条件を賠償の中に入れてもらうのはどうかしら? 年齢が十六歳も違うのだから、フィル様はこれから愛する人ができるかもしれない。だから子どもの私は、『候補』の一人。宝物庫には、レイラ様から、『またいらっしゃい』と言われたので、という理由があるわ」

「分かったよ、ヴィア。夕食のあとで、陛下にそう申し上げよう」

「では、明日の午前には出発できますか」

「そうするつもりだ。ユーリ、準備を頼む」

「かしこまりました」

 と、ユーリ・ヴァイエンドルフは立ち上がった。

「我々は、王都のオーレンクスの屋敷に泊まり、明日、お迎えに参ります」

「待って」

 部屋を出て行こうとしたヴァイエンドルフをシルヴィアが引き止める。

「帰る途中、サミュエル様とアレクサンドラ様、そしてお付きの人たちが亡くなった現場へ行って、花を捧げたいの。いいかしら」

 祖父がうなずいた。

「ヴィアのしたいように、させてくれ」

「お申し付けのとおりに」

 ユーリ・ヴァイエンドルフは一礼して、そこを出て行った。

 晩餐だと従僕のネイサンに告げられ、食堂へ祖父と共に行くと、そこにはすでにジュリアスとフィリップがいて、二人とも喪服ではなく、正装のディナージャケットを着ていた。

「シルヴィア、ハロルドは正式な王ではなかったと認定されたので、もう喪服を着ることはないんだ。ドレスを贈ってもいい? ……いえ、侯爵。レディに贈らせてください」

 祖父に睨まれ、フィリップが言い直す。

「その必要はありませんな、殿下。我々は明日、領地へ出立いたしますので」

「なんと! 早いことだな」

 そこへ正装姿のエセルバード陛下がやってきた。杖は右手に持っているが、足はもう引きずっていない。

「侯爵、もっとゆっくりしていかれるとよいのに」

「いえ、陛下。待っている者もおります。何より、シルヴィアは初めて領地に帰るのです」

 一礼して、祖父が答えた。

「そうか……。オーレンクスの事情は理解している。私の兄が、ひどいことをした。叔母上から始まり、三代にわたって、辛い目に遭わせて済まなかった」

 陛下が頭を下げた。

「どうか、そのようなことはなさらないでください。あなたがしたわけではありません。陛下、あなたも被害者です」

 祖父が言うと、陛下は顔を上げた。

「兄から命を狙われ、妻もそのせいで失った。政略結婚だったが、穏やかな愛情でつながった良き妻であった。私も被害者であると言われ、いささか気も軽くなるが、今は王となった身、これまでの後始末をせねばならぬ。謝罪は、その始まりの一つにすぎない」

「率直なお言葉、恐縮です。そこでですが、夕食のあと、殿下方も交えて、お時間をいただけないでしょうか。オーレンクスとシルヴィアについて、申し上げたいことがございます」

「よかろう」

 陛下がうなずき、席に着くと、他の人たちも座り、晩餐が始まった。

 話題は政治的なことは一切触れられず、芸術や音楽のことだった。今回、加わったジュリアスも会話に入り、身体の具合が良くなったエセルバード陛下とジュリアスは快活だった。それを、フィリップは嬉しそうに眺めている。

 ……やはり、お二人を治して良かったわ。

 フィリップのそんな様子を見ると、シルヴィアも嬉しくなった。

 この日の夕食もおいしく、デザートは薔薇の花の形をしたケーキだった。

 形も美しく、味も良いケーキに、シルヴィアは大変満足して、頬がゆるんできたのだけれど、このあとのことを考えて、気を引き締めた。

 祖父はシルヴィアの婚約のことをエセルバード国王に告げるつもりだろう。王都にいるのが最後の夜ならば、そのとき自分もレイラ様から伝えられた記憶のことを話そう、と思っていた。この陛下なら、新しい国づくりにそれを有効に使ってくれるだろうから。







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