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「大丈夫、部屋に連れて行くだけだよ」

 シルヴィアをだっこしたフィリップは機嫌よく言った。

「先輩がデレデレになるのが分かるな。癒される」

「幼女趣味はないんでしょう?」

「ないよ。だから、一人前のレディとしてぬいぐるみでなく、花を贈った。お人形とかのほうが良かった?」

「いえ、ぬいぐるみやお人形より、お花のほうがいいわ。それに私、お母さま以外の人から贈り物をされるのは初めてなの」

 前世でも生まれ変わっても、実父のアルフレッドに会う前は、母より他に気にかけてくれる人なんていなかった。

 ……それにしても、さすが騎士さまね。均整がとれた体つきをしているわ。

 祖父は細身でそれなりの筋肉はついているが、やはり文官。父のアルフレッドほどではなかった。父は相当鍛えているようで、しなやかな動きをしていた。フィリップも細いながら、鍛えられた身体をしているのが、だっこされていて、よく分かる。

「王の甥なのに、どうして騎士になったの? 騎士学校に王族が入るなんて、聞いたことがないのだけど」

 前世の知識では、騎士学校に入学するのは、貴族では家を継がない次男以下と平民だった。大公の長男のジュリアスが病弱で後継とならないのなら、あとを継ぐのはフィリップのはずだ。

「僕は、母を殺した王と王家が大嫌いだった。継承権を放棄しようとしたら、父や母方の祖父のマクガーネル公爵など、周囲に止められた。王の圧力に負けるのかと。だから、王のお気に入りの伯爵の家へ婿入りする話を受け、臣下となるべく、騎士学校へ入り、近衛となった。そのおかげか、暗殺者を差し向けられなかったけどね」

 と、フィリップは薄く笑っている。

 ……この人が軽そうに見えるのは、もしかして偽装?

 そう思ったとき、廊下の向こうから、従僕のネイサンと祖父のリチャードがやってきた。

「ヴィア、どうしたんだね」

「侯爵、ご令嬢と少し親しくなりましたので、抱き上げる許可をいただきました」

 ……言ったおぼえはないんだけど。

 ちらりとフィリップを見ると、下に降ろしてくれた。

 シルヴィアは足が廊下に着いたとたん、祖父に駆け寄った。

「伯爵は先ほど帰った。大公殿下はまだ談話室においでになるはずだ」

 だから、さっさと行け、と言外に示した祖父に、フィリップが苦笑する。

「ありがとうございます、侯爵。では、父に挨拶に行って参ります」

 と、丁重に一礼し、彼は去って行った。

 リチャードとシルヴィアは、従僕のネイサンに送られて客間に戻った。

「エッダ、ヴィアをお風呂に入れて、寝る用意をさせなさい」

 部屋のドアが閉まると、祖父がエッダに命じた。

「おじいさま、大公さまと伯爵には、どんなお話をしたの?」

「ヴィアのフォローをしようとしたら、ちょっと込み入ったことになってしまってね。まずは、お風呂に入っておいで」

 はぐらかされたので、少し不満だったけれど、シルヴィアは祖父の言葉に従った。

 バスルームでは、エッダに身体と髪を洗ってもらい、寝間着に着替えて、その上にガウンを羽織った。

 ……レイラ様の記憶では、『どらいやー』という機械で髪を乾かしていたわ。でも、その前に、『デンキ』が必要ね。どんな仕組みで作るんだったかしら。私に出来る?

 そんなことを考えながら、エッダに髪をタオルで乾かしてもらった。

 エッダは母が小さい頃から世話をしていたので手慣れていて、リタよりその手は心地よい。

「おじいさま!」

 寝支度が整ったので、シルヴィアはドアを開け、祖父の寝室に駆けて行った。

「今夜も一緒に寝るんですか? お嬢さま」

 バートラムがにこにこしながら一礼し、そこを出て行く。

 祖父はもう着替えて、ガウン姿で椅子に座り、祖母イレーネの日記を読んでいた。

「お話して?」

 甘えて膝にすがると、祖父は微笑み、日記を閉じてテーブルの上に置き、シルヴィアを膝の上に横座りさせた。

「さて、何から話せばいい?」

「大公さまと何を話したか。そして、エドガルとライオスたちのこと」

「普通、寝る前におとぎ話をねだるものだけど?」

「十六歳の私に、話してくださいませ」

 大人っぽい口調で答えると、祖父は笑って語り出した。

「今日の『裁定の間』での結果は、王家の正式な発表として明日の新聞に載る。そして、見届け人を交えた貴族院の会議で、大公殿下が国王となることが決まる。お披露目は、この一件がすべて片付いたら、ということだ。王太子にはジュリアス様」

「身体が治ったから、もう大丈夫ね」

「ヴィア、さっきは何があったんだい?」

「その……マクガーネル団長に治癒の力があることがばれてしまって。あ、でも、あと一回できることは誤魔化せたわ」

「隠し事ができないね」

 リチャードが溜め息をついた。

「前世の王妃教育では、感情を隠すことをうまくできるようになったのに」

 どうして今回はできないのかしら。子どもだから? と思っていると祖父が慰めてくれた。

「ヴィアはそれでいいんだよ。もう、王妃教育なんてしなくていいんだから」

「そうね」

 と、シルヴィアは笑顔になった。

 ……嫌いな人のために、もうあんな苦しいことをしなくていいのね。

「あれから当時の使用人たちの証言が取れ、ハロルドは父王殺しが立証されて、偽王として王墓に葬られることはない。遺体は焼かれ、土に還ることなく、灰は海に撒かれることになるだろう。元王妃のエンマ・サザランドは昔、ハロルドの婚約者のアンナマリア・レイズナー侯爵令嬢を陥れたことを白状した。今はシスター・アンナマリアとなった令嬢の名誉は回復される。レイズナー侯爵は賠償を請求するだろうから、王家は支払わざるを得ないだろうな。また、カレンデュア伯爵の極秘調査で、ハロルドは弟の大公殿下とそのご子息を暗殺しようとしていたことが判明した。これは、単に父親にかわいがられた弟が憎いという私怨によるものだ。夫人のマリア・マクガーネル殺害にも関与していた。伯爵から話を聞いた殿下は、『やはり』とおっしゃったが、衝撃を受けておられた」

「ひどいことばかりしていたのね。それなのに、罰も受けないで安らかに死ねただなんて、理不尽だわ」

「そうでもない。父親を暗殺したハロルドは、我が子と信じていたエドガルにまた暗殺されたからね」

 祖父が皮肉な笑みを浮かべる。

「賢王と呼ばれたウィリアム王の第一王子・ハロルドには、ヘンリー・サザランドとルイ・ハートフォードという悪友がいた。ハロルドは即位するとヘンリーを宰相に、ルイを財務大臣に起用して、好き勝手していたのだが、ヘンリーが死んで、ハロルドは『侯爵として威厳のある葬儀をせよ』と遺体をオーレンクス領へ送ってきた。そこで、うちの医学者たちが遺体を解剖して調べてみると、毒が使われた痕跡が出た。ハロルドの遺体を調べれば、同様の結果が出るだろう。毒殺を証言する使用人が出て来たからだ。そして、我々が『裁定の間』に入る前に、アルフレッドがルイ・ハートフォードを拘引して、それを知らせると、やつはエドガルに自分が殺されるのを予感していたのか、べらべらしゃべり出した。ハロルドとエドガルがしていたこと、国庫からの横領、誘拐に人身売買、ハルバとの麻薬の取引など。そう、ヴィアが前世で知ったことを」

「まあ……」

 言葉もない。およそ、王族のすることではなかった。

「エドガルの父親はわからない。エドガル、マーガレット・ダウロット、二人の子のライオスは平民とされ、フリッツ・ロイが検事として裁判が行われるが、エンマ・サザランド、エドガル、マーガレット・ダウロットは死刑になるだろう。ライオスは幼いので、生涯幽閉。といったところか」

「ああ、では……」

「そうだよ、ヴィア。エドガルが国王に、その息子のライオスが王太子になることはない。前世のようにオーレンクス領を乗っ取るため、継承者の君が王家に殺される可能性はなくなった」

「おじいさま!」

 祖父・リチャードの首に両手を回し、シルヴィアが抱きついた。

「明日の御前会議が終わり、ヴァイエンドルフたちが来たら、領地へ帰ろう。君はひとりで死ぬことは決してない。私たちが必ず護る。そして今度こそ、幸せになるんだ」

 シルヴィアは、泣きながらうなずいた。








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