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 晩餐は正装、といっても、喪服だったが、同じ黒いドレスでも普段着でない正式なもので出た。

 祖父と大公は同世代ということもあって、意外と話が合ったようだ。しかし、話し相手のいないシルヴィアは、おいしい夕食を堪能しただけだった。

 夜は、約束したように祖父と一緒のベッドに寝た。緊張するかと思ったけれど、祖父のリチャードはオーレンクス領の森林地帯に棲むという精霊の話をしてくれ、その語る言葉が心地よく、すぐに寝入ってしまった。

 祖父も孫のシルヴィアと一緒だったのが嬉しいらしく、翌朝はご機嫌だった。

 そしてまた、大公と共に客用の食堂で朝食を摂り、部屋へ戻ってから、身嗜みを再び整え、王宮へ行くために馬車へ乗った。大公と長男ジュリアス、祖父とシルヴィア、それぞれ家紋のついた馬車に別れ、各々の護衛がつく。

 王宮は大公の屋敷の隣なのですぐに着き、シルヴィアたちは王宮の使用人たちによって、玉座の間に案内された。

 そこにはすでに、王太子夫妻とその子ども、貴族らしい人や一見して平民と思われる人たちが何人か、集まっていた。みな喪服姿で、その中で女性の王太子妃とシルヴィアは黒いベールを被っていた。

 玉座の横には、喪服姿の宰相代理のハーバード・カレンデュア伯爵と白い軍装のフィリップ・マクガーネルが立っている。

「こんな馬鹿馬鹿しいことに私を引きずり出しおって、あとで覚えていろ。カレンデュア!」

 エドガル王太子が怒りで真っ赤になって、叫ぶ。

「怒鳴りつけて脅しても、そなたの正統性が証明されるわけではない」

 大公が厳かに告げた。

「現在、国王代理となられました大公殿下の許可を得て、今回の儀を行わさせていただきます」

 と、王太子が黙ったところで、カレンデュア伯爵が言う。

 そして、宰相代理の伯爵から、身分の高い順で、その場にいる人びとの紹介があった。

 まず、王家。エドガル王太子とダウロット公爵家出身の王太子妃・マーガレット。前世では美食と過食の不摂生な生活で、でっぷりと太っていた二人は、十年前の今はそこまでではなく、ふくよかな感じだ。そして、二人の間の一人息子で八歳のライオス王子。シルヴィアが前世で初めて会ったときと同じく、生意気そうな子どもだった。

 次に、大公とその息子たち。

 その次は貴族。

 二つある公爵家のうち、フィリップの母方の祖父・マクガーネル公爵は来ていたけれど、ダウロット公爵の姿はなかった。

 そして、三つある侯爵家のうち、オーレンクス侯爵は継承者であるシルヴィアを連れ、六十代と見受けられるレイズナー侯爵はおり、ジラフォード侯爵は来ていなかった。

 祖父がそっとささやいて教えてくれたところによると、レイズナー侯爵は昔、妹君がハロルドと婚約していたが、サザランド伯爵家のエンマを愛したハロルドによって婚約破棄され、妹君は修道院に入ったという。今ではシルヴィアの父方の祖母、シスター・アルシアの右腕として、修道院の経営面で辣腕を振るっているとか。

 公爵家は数代前の王子が臣籍降下したもの、侯爵家はいずれも王女が降嫁したことがあり、どこの家も王家の血が入っていた。

 あとの人びとは見届け人だった。貴族院から伯爵が二人、平民から弁護士が二人、大きな商会の代表が二人、そして、王都の新聞社のうち、三つからそれぞれ記者と挿絵画家が来ていて、記者たちは身近に見られない王族と高位貴族、また王宮の様子に興味津々で辺りを見回し、言葉の一つも聞き漏らさないようにしていた。

 シルヴィアは、見届け人の紹介の中で気になる相手がいた。

 平民の中で一番若い、フリッツ・ロイという弁護士だった。黒髪で薄青の瞳をし、王族たちを冷たく見つめていた。

 ……王族や貴族に恨みでもあるのかしら。個人的に? それとも仕事柄?

 そんなことを考えていると、玉座の間の大扉が開かれ、衛兵と共に、六人の侍従にかつがれたハロルド王の棺が入って来た。

「父上の棺は、王宮の敷地内の教会にあったはずだ。きさまら、死者を冒涜するつもりか!」

 エドガル王太子が怒鳴る。

「即位の儀式を完成させるまで。フィリップ、宝物庫への扉を開けなさい」

 王太子の言葉を意に介さず、大公が命じた。

 フィリップ・マクガーネルが玉座の後ろへ回り、垂れ下がったタペストリーを横によけて、壁を四点押すと、そこが開いた。

「なるほど。こうやってするんですか」

 カレンデュア伯爵が、わくわくした様子で独りごとを呟いた。

「明かりはすでに付けてあります。空気も通っていますから、ご安心を」

 と、マクガーネル団長が先に立って階段を降りてゆく。その後ろにカレンデュア伯爵が続き、棺を担いだ男たち、王族、貴族、見届け人の順に地下へ降りて行き、出入り口には衛兵が立った。

 大人が五人は横に広がっても歩けるような広さの階段を、みな言葉を交わすことなく歩いて行く。

 途中で、遅れがちになるシルヴィアを、祖父が抱き上げた。

 両脇の石壁には一定の間隔で蝋燭が灯され、炎が揺れている。

 しばらく行くと、宝物庫に着いたようだ。平らな半円の広場に、扉がいくつも並んでいた。その一番奥へマクガーネル団長は歩いてゆき、少し手前で足を止めた。

「棺を前へ。扉の所まで持って来てください」

 命じられて、担いだ侍従たちが前に進もうとするのだが、できない。

「なぜだ?」

「そんな、馬鹿な」

 と、口々に言っていると、扉の前に、炎の文字が現れた。

『――親殺しの大罪人を私は認めない――』

 一瞬の沈黙のあと、新聞記者たちが騒ぎ出した。

「すごい! これが初代王妃の魔法か?」

「親殺しって、なんだ? ハロルド王は父親のウィリアム王を殺したのか!」

「ええい、黙れ!」

 エドガル王太子が叫んだ。

「こんなのは、何かのトリックだ。父が祖父を殺すはずがない!」

 それまで少年のように、目を輝かせて眺めていたカレンデュア伯爵が、真顔になり、冷たく言い放つ。

「ここは別名、『裁定の間』とも呼ばれているのです。王族の罪を暴く、とも伝わっています」

「うそだ!」

 エドガルがわめく。

「ではまず、即位の儀に先んじて、そなたが中へ入ってみよ」

 大公が甥に向かって言う。

「何があるか分からないのに、できるか! 罠にかけて、私を殺すつもりだろう」

「それでは、私が先に行って見て来ます」

 と、フィリップが扉へ歩み寄り、取っ手を引いて中へ入って行った。そして、すぐに出てくる。

「ほら、仕掛けなんて、何もありませんよ」

 と、にこりとした。

「では、我々も行くとしよう」

 大公が同じように宝物庫へ入り、出てくる。長男のジュリアスも同様にした。

「何も仕掛けなんてありませんよ。中には埃を被った道具があるだけです」

 ジュリアスが言うと、エドガル王太子も足を前に進めた。

 だが、棺と同様、透明な壁に阻まれるかのように、前に行けない。

『――我が子孫でない者は、入る資格はない――』

 また、炎の文字が現れた。

「うそだ! トリックで私を陥れようとしているんだ!」

 叫んだエドガルは、妃のマーガレットの腕を掴み、前へ押し出した。ところが、マーガレットも進めない。次に息子のライオスも腕を引っ張り、前へ突き飛ばしたが、見えない壁に当たり、尻もちをついただけだった。

「うそだあああっ!」

 エドガルの絶叫が響いた。けれども、誰もそれに答えようとはしなかった。

「……すげえ。スクープだ」

 新聞記者のつぶやきが、大きく聞こえた。

「どうやら、エンマ王妃は王を裏切っていたようだな。王太子妃の生家、ダウロット公爵家にも、もはや王家の血は流れていないようだ」

 大公が静かに言った。

 エドガルとマーガレット、そしてライオスの三人は、呆然となって床に坐り込んだ。

 ……意外なことね。前世で威張っていた王家の人たちが、実は簒奪者だったなんて。

 シルヴィアは息を呑んでなりゆきを見つめていた。

 カレンデュア伯爵の呼びかけで、マクガーネル公爵が入り、出て来る。

「ガラクタ置き場だな」

 公爵は、肩についたらしい埃を払った。

 次にレイズナー侯爵が宝物庫に歩み寄り、中へ入るとすぐに出て来た。

「……埃っぽい場所だ」

 と、ぶつぶつ言っている。

 その次は、シルヴィアだった。

「もういいではないか。王家の血が流れている者は分かった。こんな幼い子を、そんな怪しげな所にひとり入れるなど……」

 祖父は抗議したが、シルヴィアは前に進み出た。

「大丈夫よ、おじいさま」

 見届け人の大人たちが驚きで目を瞠る。

 シルヴィアが取っ手を引き、中に入るとき、まぶしい光が漏れ出たのだ。

 そして閉まると、それは消えた。







 


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