(21)
祖父のリチャードとマクガーネル近衛騎士団長の話し合いの結果、母と召使いのみんなが領地へ出発する日、祖父とシルヴィア、そしてバートラムとメイド長のエッダ、五人の護衛は大公の王都での屋敷へ赴き、お世話になることになった。
「オーレリア、無事で。デイビット、みなを頼む」
領地への帰途に就く一行へ、祖父が言う。
「おまかせを。父と配下の者がすでに向こうを発ったと連絡がありましたので、お館さまには安んじられますように」
と、ヴァイエンドルフは答えたあと、残って警護する部下を激励した。
「ヴィア、おじいさまの言うことを良く聞くのよ。お転婆をしてはだめよ?」
「はい、お母さま」
シルヴィアは母に抱きしめられ、別れを惜しんだ。
イリアスは母親のリリアと同じ馬車に乗り、従兄弟のエリックは母オーレリアと一緒にミス・マイラを連れて、オーレンクスの領地へ行くことになった。
『これから、ますます危なくなるだろうから』
と、父親のハーバード・カレンデュア伯爵が保護を願い出たからだ。
カレンデュア伯爵は、いろいろと画策しているようだった。今回の初代王妃の宝物庫の前に王家の血を引く者を集合させるという企てにも噛んでいるらしい。
……そこで、何が起こるのかしら。
祖父は危険だと言うけれど、それ以上に、わくわくする。
母たちの乗る馬車の列を見送ったあと、祖父とシルヴィアはオーレンクスの家紋のついた馬車に乗り込んだ。身の回りの世話をするのは、バートラムとエッダ、馬車の周囲には四人の護衛が騎馬で付き、一人は御者として馬車を操る。
そして、王宮の隣にある大公の屋敷へ着いた。
警護の者が来訪を告げると、両開きの門がゆっくりと開く。
馬車が再び動き出し、車寄せに停まる。玄関の扉が開かれ、そこでは大勢の召使が客人の訪れを待って整然と並んでいた。
「ようこそ、オーレンクス侯爵。ならびに、ご令嬢」
ひどく痩せた喪服姿の老人が右手に杖を持って、玄関ホールの中央に立っていた。その右横には、長い金髪を背に垂らした細身の若い男性がいる。彼は蒼白な顔をし、今にも倒れそうだ。
老人の左隣に、黒いスリーピースを着たフィリップ・マクガーネルが老人を支えていた。
……ガウス大公は、私が六歳のとき、まだ四十代のはず。老けて見えるのは、毒の後遺症かしら。隣にいるのが騎士団長の兄上ね。
「息子が無理を言った」
「いえ、殿下。光栄なことでございます」
大公から声を掛けられ、祖父のリチャードが右手を胸に当て、丁重な礼をした。王族嫌いの様子を毛ほども見せないのは、さすがだと言うべきか。
「こちらは、孫娘のシルヴィア・エル・オーレンクス」
紹介され、シルヴィアはカーテシーをした。
「かわいらしいお嬢さんだ」
大公の口元に笑みが浮かぶ。
「亡き妻は、私に娘を与えてくれなかったが、良い息子を二人、残してくれた。私の右にいるのが長男のジュリアス。左は貴公らもすでに面識のある次男のフィリップだ。我が屋敷に滞在中は自邸におられるようにくつろがれるがよい」
「もったいなきお言葉でございます」
リチャードが感謝の言葉と共に再び頭を下げる。
「侯爵と令嬢を部屋へ案内なさい」
と、執事へ命じた大公は、こちらへ向く。
「夕食は共にいたそう」
そう言ってから、フィリップに支えられ、奥へと歩き出した。フィリップの兄は、用は済んだとばかりに、さっさと階段を上って去ってゆく。
リチャードは、シルヴィアの手を引いて、案内をする執事のあとに続いた。
用意された部屋は一階の客間で、そこは居間があり、二つの寝室がドアで続いている間取りだった。
「心細かったら、一緒に寝てもいいんだよ?」
「えっ。いいの?」
淑女らしくないと思ったけれど、祖父の許可があるのでそうすることにした。やはり初めての場所で一人寝るのは心配だったのだ。
「お館さまは、お嬢さまに甘いんですから」
エッダが苦笑している。
大公家の使用人が運び込んだトランク類を、エッダとバートラムが整理していた。ここに滞在するのは、警護のためのヴァイエンドルフたちが到着するまでなので、四、五日といったところだろう。
ドアがノックされたので祖父がうなずくと、バートラムがドアを開けに行った。
「失礼します、侯爵」
と、入って来たのは、フィリップだった。
「不自由を感じられたら、すぐにこの男を呼んでおっしゃってください。皆さまのお世話をする従僕のネイサンです」
後ろにいた栗色の髪の若者が進み出て、一礼した。
「うちの警備責任者と話し合った結果、侯爵家の護衛の方たちはドアの前に交代で立ち、外はうちの者が巡回することになりました」
「厳重ですね」
「人に知られていませんが、我が家はハロルドが放った刺客で、父をかばった母が亡くなっておりますから、母の実家のマクガーネル公爵家ともども、ハロルド王は仇だと思っております」
「そういう事情がおありでしたか……」
祖父は表情を変えないまま、応じた。それを聞いても信用はしないつもりのようだ。
「昼食はこちらへ運ばせますので、ゆっくりおくつろぎください。晩餐は、父がご一緒したいと申しておりましたので、食堂のほうへお越しください。私は仕事で、兄は体調が悪いため、夕食を共にできません。お招きしておきながら、失礼をいたすこと、お許しください」
「それは良いのですが、兄上はどこか、お悪いのですか?」
「子どもの頃、父と一緒に毒殺されかけ、二人とも命は助かったのですが、父は左足に麻痺が残り、兄は虚弱体質になりました。明日の儀でも、立っているのがやっとでしょう」
「そうでしたか」
祖父はちょっと驚いたようだ。ハロルド王は、オーレンクスに厄災を与えただけでなく、他でもやらかしているのを理解した様子だった。
「レディ・シルヴィア。少しの間だけだけど、うちに来てくれて、嬉しいよ。毎日、花を贈るからね」
と、言ってから、フィリップは祖父に一礼して従僕と共に出て行った。
「シルヴィア、さっきの言葉はどういうことだね?」
けげんな顔で、祖父のリチャードが訊く。
「以前、団長さまに、プロポーズされたの」
この答えを聞いて、祖父が呆然となり、次に怒り出す。
「なんという若造だ!」
「お父さまが断ってくださったわ」
「当然だとも!」
そのとき、エッダがくすくすと笑い出した。
「お館さま、そこは『さすが我が孫』とおっしゃらなければ。ご自身は幼い頃より異性からのアプローチがおありになり、思春期になる時期には立派な女嫌いとなっていらしたところ、イレーネさまがそのお心を射止めたのをお忘れですか?」
「昔のことだ」
憮然として、祖父が答える。
「ねえ、イレーネおばあさまって、どんな方だったの?」
訊いたところで、ノックがし、昼食が運ばれてきた。
居間のテーブルで食事を摂ったのだが、魚料理がメインでたいそうおいしかった。ここのシェフはオーレンクスの料理人より腕が上のようだ。
昼食のあと、改めて祖母の話をねだった。
エッダとバートラムは遠慮して出て行き、祖父のリチャードはソファにシルヴィアと並んで話をしてくれた。
「木登りはするし、馬に乗って遠乗りはする、剣も振るうといった、たいそうなお転婆だった。ご両親がひとり娘ということで、願いを聞いて何でもやらせたからでもある。かといって、我がままでもなく、使用人たちに思いやりがあり、淑女としての教養も完璧な女性だった」
「王都のお屋敷の肖像画からは、想像もつかないわ」
シルヴィアが驚く。イメージが全然、違う。
「あれは、王都での幽閉生活の頃、描かれたものだから、表情も暗いのだろう。領地の城に掲げられてある物は、まるで違うよ」
と、祖父が微笑む。
「さっきのエッダの話では、おばあさまが積極的だったようだけど?」
ごほん、と祖父が照れて空咳をした。
「主の姫と臣下という身分違いで、何度も断ったのだが、彼女はご両親とアダムスの私の両親をまず説得をして……結局、私を落とした」
祖父は肝心なところを誤魔化した。
……そこがもっと知りたいのにぃ。
不満顔をしたシルヴィアに、リチャードが真面目な顔を向ける。
「イレーネとの結婚生活は短かった。侯爵夫妻が暗殺されるという危機の中で、親しい者たちのみの列席で結婚の儀を行い、ヘンリー・サザランドの急襲で領地が大混乱に陥り、戦って追い出した次には、ヘンリーとの密約。ヘンリーは密約を締結したあと、オリガ・ヴァイエンドルフから受けた傷の療養中、サザランドの私兵と代理人のアルタートンを呼んだ。我々の監視のためだ。こちらも王家に逆らう力が無かったので、従うしかなかった。しかし我々は混乱の中、イレーネを隠したので、ヘンリーは一人で王都へ帰り、我々はアルタートンの監視の下、重税を払い続けた。最初の年、蓄えが尽きて領地に飢饉が襲った。そんなときだ。イレーネの妊娠が分かったのは。我々はイレーネの妊娠を隠し、やがて女の子が生まれると、洗礼式を行った。だが、そこでアルタートンにばれ、報告を受けたヘンリーによって、イレーネとオーレリアは王都へ連れ去られて人質となった。イレーネは十年間、王都の屋敷にいて、亡くなった。私がイレーネの側に行けたのは、亡骸になってからだった」
祖父と祖母の苛酷な半生を聞き、シルヴィアの目からは涙があふれた。
リチャードがシルヴィアを抱き寄せる。
「シルヴィアが時の巻き戻りをしてくれなかったら、私はハロルドとヘンリーの欲望のために、妻と娘と孫を殺され、復讐の鬼と化していただろう。まさに前世の私が、それだ」
と、シルヴィアを腕の中に抱き込みながら、リチャードは天を仰いだ。
「イレーネは助けられなかったが、娘と孫に生きて会わせてくれたことを、初代王妃レイラ様に感謝せねばなるまい」
同感だわ、と泣きながら、シルヴィアも思った。




