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 エリックは客室に泊まることになった。荷解きをして、再び顔を合わせたのは、夕食の席だった。

 祖父が主の席に、両脇にオーレリアとシルヴィア。主の席の反対側に客人であるエリックの席が設けられた。

「改めて紹介しよう。ハーバード・カレンデュア伯爵の子息、エリックだ。しばらく我が家に滞在する」

「歓迎するわ、エリック」

 母のオーレリアが微笑む。

「よろしく」

 シルヴィアは仏頂面で言った。

「お世話になります」

 初対面のときの悪印象が嘘のように、行儀よくエリックは挨拶をした。

 夕食の時間はなごやかに過ぎた。終わりかけになって、執事のバートラムが一通の封筒を持って来た。それを開けて見たリチャードが言う。

「カレンデュア伯爵が、ご挨拶にみえるそうだ」

「父が?」

 そう言ってから、エリックは顔を曇らせた。

 宰相代理のハーバード・カレンデュア伯爵がやってきたのは、夕食が終わってすぐのことだった。

 祖父と母、そしてシルヴィアとエリックは、一階の豪奢な応接室で伯爵を迎えた。

「おくつろぎのところ、お邪魔をして申し訳ない」

 従僕のダニエルに案内されて部屋に入って来た伯爵は、黒髪と青い瞳以外、アルフレッドに似たところはなかった。三十代半ばに見受けられ、細身で長い髪を後ろで一つに束ねていた。国王の喪中ということで、黒いスリーピース姿だったが、その目は鋭く、全体的に冷たい印象を与えた。

「いいえ、どうぞお座りください」

「恐縮です。閣下」

 伯爵は、祖父をオーレンクス侯爵として相対していた。

「本来ならば、私が来なくてはならないところ、弟にまかせてしまって申し訳ありません。ひと悶着あったようですが?」

 祖父に椅子を勧められて座った伯爵がいきなり切り出す。

「子ども同士のたわいない喧嘩です」

 祖父が言う。

「それでも、私から改めて謝罪を。愚息がお騒がせし、申し訳ありませんでした」

「いいんですのよ、伯爵。シルヴィアとエリックはいとこ同士。最初、喧嘩してもこれから分かり合っていけばいいのです」

 母が宥めた。

「教会の告示があるまで、侯爵夫人と弟のことは知りませんでした。弟を問い質し、やっと知った次第です。これから親戚としてお付き合い願えるということですね」

 伯爵は微笑んだが、シルヴィアにはうさんくさく見えた。

 そして、なごやかな大人同士の会話を、シルヴィアがぶった切る。

「カレンデュア伯爵、謝罪とおっしゃいますけれど、言葉だけのものは、わたくしはいりません」

「まあ、ヴィア。何を言い出すの」

 母が咎めるが、祖父は面白そうに眺めている。

「レディ・シルヴィア……ですね。私に何を要求されるのですか?」

「謝罪のあかしとして、王家の秘密を」

 シルヴィアの答えを聞くと、伯爵は弾けるように笑い出した。

「ははっ。すごいな、このお嬢さんは。うちの息子と取り換えたいくらいだ」

 笑い過ぎて、涙を指でぬぐいながら伯爵が答える。

「宰相代理とはいえ、王家と国の秘密は洩らせません」

「そうなの? では、探るまでよ」

 ……侯爵家の寄生虫を追い出したら、あと心配なのは王家。六歳の私が今、何を言おうが、かまをかけても、子どものたわごとと誤魔化せるわ。

「……私は王家の弱みを握りたいの」

 くくっ、と伯爵が再び笑う。

「まさに、『魔女の血』――この言葉があなたに似合いそうだ。レディ・シルヴィア、あなたは幼いとはいえ、侯爵夫人より初代王妃に近いようだ」

 と、そこで言葉を切った伯爵は、椅子に深く身を沈めた。

「私があのくだらない王に近づき、宰相の座を狙ったのは、王家の宝物庫を見たかったからです。幼い頃、文官だった父について王宮へ行き、父を待っている間、その図書室で時間をつぶしていたとき、初代の国王夫妻に関する文書を棚の奥に見つけた思い出は、今でも心躍るものです。初代王妃は――魔法を使えたのです。……おや、驚かれないんですね。ご存知でしたか」

 表情を変えないオーレンクス家の三人を見て、伯爵が言った。

「初代侯爵、マイケル・オーレンクスは道具作りの天才でした。王妃がオーレンクスの先祖に作らせた魔道具は、最奥のその場所に眠っています。王は即位の際、初代王妃の宝物庫に入り、出てくるという儀式を行います。ところが、亡きハロルド王はそれを済ませてないのですよ。エドガル王太子もそれを儀式から省こうとしたので、伝統に則って行うように進言したとたん、命を狙われるようになりました。まあ、それでもやり遂げますが。私の願いは、王妃の魔道具をこの目で見てみたい、というものなので」

 伯爵の冷たい表情がゆるみ、笑みが浮かんだ。

「魔道具を見たいという願望のために、危ない橋を渡っているというわけか。それで、アルフレッドがご子息を我が家に預けに来たのだな」

 祖父が静かに言った。

「父さま、どうしてそれを話してくださらなかったんですか!」

「危険すぎるからね」

 天気の話をするように、伯爵は答えた。

「君たち親子は一度、じっくりと話し合う必要があるな。伯爵、今夜は泊まっていきなさい」

 カレンデュア伯爵はごねたけれど、侯爵に言われて抗うわけにいかず、もう一つ客間が用意された。

 しかし、リチャードの言葉に従って良かったのかもしれない。夜半に襲撃があり、ヴァイエンドルフたちが撃退した。同時刻に、カレンデュア伯爵の王都の屋敷に火が放たれ、人に被害はなかったけれど、建物が半焼したのだった。

「いっそ、うちから王宮へ仕事に通ったらどうかね?」

 朝食の席で、祖父が言ったが、伯爵は断った。

「焼けた家に住むのも、オツなものですよ」

 と、帰って行った。

「気骨があるのは、アルフレッドと同じなんだけどね」

 祖父はつぶやき、バートラムに何か言いつけた。

 その翌日、王都で出されている新聞すべてに、ハロルド王が即位の儀式をすべて終えていないことと、王太子がそれを拒否していることが載った。

 そのため、怒った群衆が王宮に押し寄せることになり、エドガル王太子は人々に手を抜かずに即位の儀式をすることを約束せざるを得なくなった。

「シルヴィアの言う通り、広報は大事だからね」

 と、祖父のリチャードはシルヴィアに悪戯っぽく片目をつぶった。







 


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