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 ふっと目を開けると、見慣れたベッドの天蓋が見えた。

「お嬢さま?」

 女の子の声がし、メイド姿の茶色い髪の少女が覗き込んでいる。

「……リタ?」

 八歳年上の専属メイドで、母が亡くなったあと、他の使用人と一緒に父に追い出されたはずだ。おまけに、このリタはとても若い。

「ああ、良かった。乗馬の練習をしていて、ポニーから落ち、頭を打ったのですわ。動かないでくださいね。すぐにお医者さまと奥さまを呼んで参ります」

 パタパタと大急ぎでリタは部屋を出て行く。

 シルヴィアは両手を目の前に上げた。

「手が小さい?」

 何が起こっているのか、わからなかった。

 別室にいたのか、すぐに胡麻塩頭で口ひげを生やした老人の医師がやってき、シルヴィアを診察する。

 そこへ母が入って来た。

「……お母さま」

 記憶にある最後のときの母は病み衰えていた。しかし、目の前に近づいて来る母は銀色の髪を結い上げ、黒いドレスを着て、とても元気そうだった。

「打ち身が少しありますが、他は何ともなさそうです。今日明日、安静にしていて、異常がなければ普段の生活へ戻ってもよいでしょう」

 医師は母に説明し、部屋を出て行った。

 母は礼を言ってドアのところまで見送り、戻って来てベッドの傍らにしゃがみ、シルヴィアと同じ紫の瞳を向ける。

「ヴィア、わたくしの宝物。あなたが落馬して意識がないと聞いて、寿命が縮む思いがしたわ」

「お母さま……お母さま。生きてるのね!」

 抱きついて、いきなり泣き出したシルヴィアに母オーレリアはとまどいながらも、落ち着くまで抱きしめていてくれた。

「……取り乱してしまって、ごめんなさい」

 ひとしきり泣いてから、シルヴィアは母から身体を離した。

「リタ、手鏡を取って」

 リタがドレッシング・テーブルの上から手鏡を持って来て渡してくれた。

「泣いても、お嬢さまはかわいいですよ」

 と、くすりと笑う。

 鏡に映った顔は、十六歳のシルヴィアではなく、少なくとも十歳以下の幼女だった。

 時間が戻っている? それもお母さまが生きていた頃に。

「リタ、お母さまとお話がしたいの。しばらく二人きりにしてくれる?」

「かしこまりました」

 リタが一礼して出て行く。

「甘えん坊さんね」

 母がにこにこしながら言うのを聞き流して、シルヴィアは今、自分に起こった出来事を母に話そうと決めた。信じてくれない確率が高かったけれど。

 ところが、シルヴィアの話を聞き終えたオーレリアは、難しい顔をして部屋を出て行き、やがて小さな宝石箱を手に戻って来た。そして枕元に椅子を持って来て座ると、シルヴィアに見えるようにして蓋を開けた。

 そこには侯爵家の継承者に伝わる紅玉の首飾りが――しかし紅いはずの宝石は灰色に変色して――あった。

「この国は五百年前に西方の大陸から渡ってきた人びとによって建国されたけれど、初代の王妃は魔女だったという伝説があるわ。良き魔女の王妃は、王と共に水路を造り、土地を肥えさせ、国造りをし、オーレンクス侯爵家の先祖はそんな国王夫妻をよく助けたそうよ。王家には初代王妃が造った魔道具が幾つか伝わっていて、あなたの曾祖母にあたるアレクサンドラ王女が当時のオーレンクス侯爵と愛し合い、降嫁するとき、兄のウィリアム国王は守護としてこの紅玉のネックレスを与えたの。これは王家の血を引く者の願いにしか反応せず、使われないまま、アレクサンドラの娘・イレーネ、孫娘の私へと伝わりました。このネックレスはあなたに見せたこともないのに、こんな状態になったということは、ヴィアの言うとおり、願いに応えて時戻りをし、力を使い果たしたのね」

「時戻り?」

「ええ、十六歳から六歳のあなたに。でも……わたくしは十六歳のあなたの姿を見られないのね」

 と、母は涙をひとすじ流した。

「お母さま、そんなことはさせない!」

 シルヴィアは、がばりと半身を起こした。

「時間が巻き戻ったというのなら、あの未来を避ける方法が探せばあるはずよ。あきらめないで」

 死に際に炎の中で見た情景は、死後、この国に起こった出来事なのだろう。

 自分を陥れた王太子とエミリア、そして国王夫妻と父と継母がどんな死に方をしようが、知った事ではない。けれども、平穏に暮らしていた領民やこの国の人びとが内乱で苦しみ、死んでいくのは許せなかった。そのすべての始まりは母の死だった。

「……そうね」

 オーレリアは右の人差し指で涙をぬぐった。

「さあ、あなたはもう一度、お眠りなさい。この宝石箱はここに置いておくわね。これは、あなたの物よ」

 と、オーレリアは宝石箱の蓋を閉じて枕元のチェストの引き出しに入れ、シルヴィアを寝かしつけてから部屋を出て行った。

 母がいなくなってから、シルヴィアは再び目を開ける。

『私とライオス様の邪魔をするお姉さまは、今はやりの小説の中の悪役令嬢と同じね!』

 十五歳のとき、王都で流行っていた恋愛小説を例にあげて、エミリアがそう言った。

「悪役? あなたたちにとって、私は恋のスパイスにしか過ぎなかった。でも、こちらにも人生があるのよ」

 愛する人たちを生かし、自分も生き残るには。

「まずは、お母さまを死なせないことね」

 そのためには、『悪役』じゃなく、『悪』そのものになってやるわ。

 シルヴィアは固く決心した。








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