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 報告を済ませた父・アルフレッドは、もう一度、母の寝室へ行き、別れを惜しんだ。

 それからシルヴィアは、玄関ホールまで祖父のリチャードにだっこされていき、執事のバートラムに送られて玄関ドアを出ようとした父に、「バイバイ」と手を振った。

「くっ、俺の娘がかわいすぎる……」

 つぶやきながら、父は名残惜しげに出て行った。

「すでに親ばかとは、あやつを恐れる悪党どもに見せられない姿だ」

 祖父のリチャードが呆れている。

 ……おじいさまも甘くって、お父さまのことは言えないと思う。でも、だっこが気持ちよくて、癖になりそう。

 祖父は父よりも細身だったけれど、上品な良い香りがして、何よりも完璧に整った顔が近くにあるのが見飽きなくていい。

「おじいさまは、いつまでここにいられるの?」

 シルヴィアは祖父の首に両腕を回して甘えながら訊いた。

「領地には一緒に帰ろう。なに、向こうには私の後継者もいるし、アダムスとヴァイエンドルフの一族もいる。大丈夫だ」

「おじいさまの後継者?」

「私には姉が二人と弟が一人いる。姉の一人はハールーンの王の三番めの妻となり、もう一人は現在の侯爵家騎士団長ユーリ・ヴァイエンドルフの妻となった。デイビットは私の甥でもあるのだよ。彼の妻のリリアは私の弟の娘だ。弟の息子の中に家宰としての能力がある者がいるので、彼を今、教育中だ。領地へ帰ったら紹介しよう」

「親戚がいっぱい」

「そうだよ」

 祖父がシルヴィアを二階に連れて行きながら、笑う。

 ……親族の関係図を描いてもらわないといけないかも。

 ちょっと、そう思った。覚えきれないかもしれない。

 シルヴィアは母の寝室へ行っておやすみのキスをし、祖父に自分の部屋へ連れて行ってもらってから、またキスをして、メイドのアリサに寝支度をしてもらってからベッドへ入った。

 心がふわふわとして、温かい。

 あたたかな家庭、そして親族。シルヴィアが望んだ以上の幸せが手の届くところにある。

 今夜は楽しい夢を見られそうだった。

 そして、ぐっすり眠ったシルヴィアは幸せな気分で翌朝、目覚めた。ただ、夢を覚えていないのが残念だった。

 メイドの手を借りて身支度を整え、まだベッドから出られない母の許へ行って、朝の挨拶をした。次に食堂へ行くと、そこには祖父がいて、一緒に朝食を摂った。祖父のリチャードはシルヴィアのおしゃべりを楽しげに聞いてくれたけれど、片づけなくてはならない仕事があるとかで、食事が終わるとバートラムと一緒に食堂を出て行った。

 一人残されたシルヴィアの許へ、デイビットの妻のリリアが、濃紺のジャケットを着た男の子を連れてきて紹介した。

「お嬢さま、息子のイリアスでございます。九歳の子どもですが、ヴァイエンドルフの一員として、誠心誠意、お嬢さまにお仕えいたします」

「初めまして。イリアス・ヴァイエンドルフといいます」

 リリアに続いて、男の子が挨拶をした。赤茶の短い髪をして、赤みがかった茶色い瞳をし、整った顔立ちをしていた。

「よろしくね、イリアス。本は好き?」

「はい、お嬢さま」

「それなら、図書室へ行きましょう。リリア、ありがとう。お母さまをよろしくね」

 イリアスとその母のリリアに声をかけたシルヴィアは椅子から降り、食堂を出て、三階にある図書室へ向かった。

 イリアスはそのあとをついてくる。

 図書室に着き、窓際の椅子に座ったシルヴィアは、メイドのアリサに下がるよう命じた。

「イリアス、あなたも座って」

 そして二人きりになってから、シルヴィアは近くにある椅子を指し示す。

「使用人の家族が住む別棟にいたから、あなたとは初めて会うわね。私のことは、どのくらい聞いているかしら?」

「オーレンクス侯爵家を継承するお嬢さまで、僕の将来の主。そして、今は遊び相手をするようにと、両親から聞いています」

 イリアスはかしこまって、答えた。

「リタという私の専属のメイドが、お母さまに毒を飲ませたということは?」

「えっ?」

 驚いた顔をしたイリアスは、すぐに「いいえ、聞いていません」と答えた。

「リタは私が三歳の頃から側にいたの。とてもよく仕えてくれたわ。それが、ヘンリー・サザランドの命令でお母さまを毒殺しようとしたのよ。正体がばれたとき、リタは私を羨んでいたと言ったわ。人の心は分からない。だから、私は、あなたがヴァイエンドルフだからといって、信用はしない」

「そんな!」

 イリアスが勢いよく立ち上がり、がたん、と椅子が倒れた。

「曾祖父のジョージは侯爵夫妻を護って死にました。一族の中では一番の英雄です。そのひ孫の僕を信用しないなんて……」

「ジョージ・ヴァイエンドルフと侯爵夫妻の間には、強い信頼関係があったのでしょうね。でも、あなたはジョージではない。私と初対面の名前以外、知らない男の子だわ」

「それは……そうですが」

 少し頭が冷えたのか、イリアスは椅子を立て直して、再び座った。

「とりあえず、あなたは私を害することはないのね」

「あたりまえです!」

「ではまず、そこから始めましょう」

 シルヴィアが、にこりとする。

「『オーレンクスの剣』の家に生まれたけれど、あなたは騎士になる意志はあるの?」

 訊くと、イリアスは「うっ」と、言葉につまった。

「僕の心の底を見抜くなんて、お嬢さまは悪魔か何かですか?」

「リタも同じことを言ったわ」

 くすくすと、シルヴィアが笑う。

 ……十六歳の私から見ると、年下のあなたなんて、丸わかりよ。忠誠心あふれる両親から言われて、嫌々やってきたんでしょう?

 それからシルヴィアは、イリアスに様々なことを訊いた。

 興味のあること、将来の希望、好きなこと、嫌いなこと。

「ヴァイエンドルフに生まれなかったら、僕は旅行家になりたかった。いろんなところを旅行して、紀行文を書くんだ」

 会話しているうちに、イリアスの堅さが取れてきて、子どもらしい話し方になる。

「あら、なればいいのに。リチャードおじいさまは、アダムスの一族の中から、優秀な者を次代の家宰に選んだとおっしゃっていたわ。だから、ヴァイエンドルフも直系にこだわらず、みんなが認めた実力者を騎士団長にすれば、いいのではないの?」

「そう……かな。簡単なことじゃないと、思うけど」

「主であるオーレンクスの継承者からの申し出よ? 無視はできないと思うわ」

「うん、ありがとう。でも、将来のことは、もっとよく考えるよ」

 と、そこでイリアスが溜め息をつく。

「うちは『オーレンクスの剣』ということで、男は皆、武術を幼い頃から習わされる。だから、強いと思われてるんだけど、本当に強いのは女性たちなんだ。ヴァイエンドルフの血が流れてなくても、妻となると何故か強くて。オリガ大おばあさまの世代の女性は、ハルバの兵を誘惑して寝室で一人一人殺しているし、大おばあさま自身は、イレーネさまを無理やり妻にしようとしたヘンリーを初夜のベッドで侍女たちと一緒に押さえつけ、男のアソコをちょん切ったんだよ。こわいったら、ないよ!」

 そこが本音?

「……女性を辱める男なんて、みんな、そうなればいいと思うわ」

 シルヴィアは、しらっと答えた。

「うっ。やっぱりそう思う? 大おばあさまは今もお元気で、うちの一族は誰も逆らえない。騎士にならないなら、まず大おばあさまを説得しなきゃならないんだ。できると思う?」

 イリアスは頭をかかえている。

「まずは、出来るように騎士として一人前になり、相手が納得するような能力をつけることね。それに騎士になるための訓練は、旅行家になるにもいいんじゃないかしら。体力と野宿する知識もつくし。紀行文を書きたいと言ったわね。文章は上手なの?」

「まあ、そこそこ。家庭教師に、ほめられたことがある」

「そうなの……」

 と、そこでシルヴィアの頭に、あるアイデアがひらめいた。

「それなら、少し手伝って欲しいことがあるの」

 シルヴィアは、イリアスにそれを話した。








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