フィルとクライブ
第三騎士団の本部で団長のアルフレッドに会ったあと、副団長の部屋へ第一騎士団の新任の副団長として挨拶に行ったフィリップ・マクガーネルは、控え室に待たせていたお付き武官を連れ、道路を挟んだ向かいにある第二騎士団の本部へ歩いて行った。
王と王宮を守る近衛兵の第一騎士団の本部は王宮の敷地内にあるのだが、第二と第三は王宮の門の前の左右にあった。
鋼鉄製の黒い門を入り、お付き武官が受付で用件を言うと、中へ通され、彼はここでも団長と副団長に挨拶をし、それが終わると、第一隊の隊長の執務室へ向かった。
「クライブ・ロイズ。マクガーネルだ」
と、ノックをしたところで、ランチタイムを報せる鐘が鳴った。
「おう、フィルか。ちょうどいい。昼飯を一緒に食おうぜ」
ドアを開けて、部屋の主自身が出て来た。
茶色の短髪で青い瞳をした体格のいい青年だ。
「お付きのやつは、うちの食堂で食べてもいいし、外へ行ってもいいぜ」
マクガーネルに付いて来た武官に訊くと、第一騎士団の本部へ戻って食べてくるという。
「平民が大勢いる場所では嫌なんだろうな。悪いやつではないんだが」
お付きの者が去ってから、マクガーネルが言った。
「おまえは平気だろ?」
王族に対しても、ロイズは特に態度を改めない。同期の中では、それだけ信頼関係が築けていたからだ。
「気にしないが、今回は少し話がしたいので、君の部屋で食事を摂れないか?」
「いいぜ。ハインツ、食堂から二人分、ランチセットを運んできてくれ」
副官に頼んだロイズは、マクガーネルを部屋の中へ招き入れた。
ロイズは平民だったが、騎士学校へ入ってすぐの頃、マクガーネルが王族だと知る前から何故か気が合い、親友となった。その友情は今でも続いている。
「今日付けで副団長になった」
椅子を勧められ、座るなり、マクガーネルが言った。
「それは、おめでとう。同期の中では、一番の出世頭だな」
「身分ってやつのしがらみだよ。おまえも早く上へ行け。これから、面白いことになりそうだ」
にっとマクガーネルが笑う。
「上っつったって、今の陛下になってから第二で平民がなれるのは副団長までって、おまえも知ってるだろうが。トップの団長は近衛から来る陛下のお気に入りの無能だってのは」
「その慣習は、僕がいずれ変える」
「相変わらず、自信たっぷりだねえ」
ロイズも笑った。
「その面白いことが何か、といっても、時期が来なけりゃ、おまえのことだ。教えてくれないんだろうな」
「まあ、そうだ」
と、マクガーネルが両手の指を合わせる。
「そっちはどうだい? 変わったことはあった?」
「いんや。第二は国境警備と災害出動が主な仕事だが、平時の今は火事の消火と第三に協力しての治安維持をしてるかな。俺のいる第一隊は王都が管轄だから忙しいんだが、田舎へ行くとのんびりしてるぜ。そういえば、隊は十五あるんだが、今の国王陛下が即位した前後かな、オーレンクス侯爵領の警備のため、第十六隊が創設された。あそこは自前の騎士団があるにもかかわらず、だぜ? ところが、その隊はオーレンクス領へ行くと、隊員がひとりふたりといなくなり、隊長は事故で亡くなって、副官は発狂して帰って来た。それから誰も行きたがらなくなり、『幽霊部隊』って呼ばれて、隊長だけは任命されるけど、現地に赴かず、本部にいる。歴代の団長は、国王へは現地にいて仕事しているような報告をしているけれど、その実態はない。妙な話だ」
「へえ、オーレンクス領ねえ」
マクガーネルが答えたとき、ドアがノックされ、覆いがされたステーキセットを二つ載せたワゴンを押して、副官が入って来た。
「ご苦労」
ねぎらって副官を去らせると、ロイズは食事の載ったトレイをそれぞれの前に置いた。
「喰おうぜ」
「馳走になる」
料理の覆いを取ると、湯気が立ち上る。そして、ナイフとフォークを手にしたあと、フィリップ・マクガーネルが言った。
「実は、好きな女ができた」
ぶふっ、と水を飲みかけていたロイズが吹き出す。
「なんだと? 政略での婚約者がいるおまえが? それでも、女にもててしょうがない奴が? 恋愛初心者か!」
マクガーネルは、シルヴィアの名前と年齢を言わず、どうしたらいいかと、ロイズに恋愛相談を持ちかけた。
クライブ・ロイズは、熱心に話を聞いて、昼休みの時間中、相談に乗っていた。
後日、マクガーネルは、そのときの話が少しも漏れていないことを確かめた。
「あいつは、口が固いっていうのにな。先輩は慎重なことだ」
親友の律儀さを改めて認識した彼だが、親友の恋話に焦ったクライブが、想いを寄せていた幼なじみにプロポーズしたのまでは知らなかった。




