アルとフィル
お菓子を持たせて、騎士団からも護衛をつけ、シルヴィアを送り出したあと、執務室へ戻って来たアルフレッドが、ぼそりと言う。
「爆弾、落としていきやがったな。あの娘」
頭をがしがしと掻いて脱力し、アルフレッドがどさりとソファに腰を下ろす。
「自分より他を優先するとこなんて、そっくりだね。お父さん」
フィリップが白々しく言う。
アルフレッドが顔を上げ、彼をにらんだ。
「あの子は、オーレリアの不義とか、そんなんじゃないからな」
「わかってますよ。侯爵夫人とのことは、話す気になったとき、お聞きします」
「当然だ。だが、娘はやらんぞ。年が幾つ離れていると思うんだ」
「十六くらいは貴族社会では普通ですよ。ちなみに、僕に幼女趣味はない」
「当たり前だ。そんなやつにやれるか」
「この件は、僕の個人的な意思と都合で噛ませてもらいます。レディ・シルヴィアの死が内乱のきっかけになるんでしょう? 大勢の国民が犠牲になるのを阻止するのは、王族の義務でもあるしね」
「殊勝な言葉を聞くな。王族であることを嫌ってるんじゃなかったのか」
「国王とその一家、取り巻きの貴族は腐ってるからね。近衛騎士のほとんどは、無能だ。伯父が国王になってから、試験の不正は当たり前、実力を伴わず、親の力でなったやつらばかりだ。これを糸口にして、大掃除が出来ればいいかと」
フィリップがにやりとする。
「無茶はするなよ」
「学生時代に狂戦士と呼ばれたあなたに、言われるとはね。成績優秀者でありながら、喧嘩ばかりして謹慎をくらうこと数知れず。親の爵位の高さを鼻にかけて威張っているやつらを殴り飛ばすあなたに、しがらみからそれが出来なかった僕らは憧れたものだ。前の団長のブラッドレイ卿が、第三騎士団の後任としてあなたを指定したのは、慧眼だったな」
「学生んときは、むしゃくしゃしてたんだよ。母親の本家のヴァイエンドリフ家は子爵位を持ってたんだが、親父と恋仲になった母親は家を捨てて平民になって、俺を産んだ。親父は領地の本邸近くのコテージに俺たち母子を住まわせてた。だが、本妻の嫌がらせがひどくてよ。気を病んだ母は、親父にも世間にも絶望して、修道院へ入っちまった。幸いなことに、腹違いの兄貴がいい人で、騎士学校へ行くことを勧めてくれたんで、成績だけはどんなことがあっても落とすことはできなかったのさ」
「半年前に爵位を継いだハーバード・カレンデュア伯爵か。ヘンリー・オーレンクス宰相の補佐をしていて、亡くなった今は次の宰相が決まるまで、代理をしている切れ者だね。でも彼は、ちょっと何を考えているか分からないとこあるな」
「確実なのは、自分の利益は考えている」
「たしかに」
二人は皮肉っぽく笑った。
「しっかし、誰も想像できなかったろう。あの本妻にいびられて気がくじけた母が、今では女子修道院の院長になって、この国のシスターたちのトップに立ち、『女傑』と呼ばれているなんて。前世でも、あの娘が俺のことを知っていて……いや、俺が気にかけていれば、俺も母も何か出来ただろうに」
「僕も、もっと早くに動き出せば、あの小さなレディを恥辱のうちに死なせることはなかっただろう。だから、今度は間違えないようにしたい」
フィリップがしみじみと言った。
一瞬、重い沈黙がその場を支配する。
「あーあ、強い酒が飲みてェな」
アルフレッドが両腕を上げて、伸びをした。
「今度、持って来るよ」
と、フィリップ・マクガーネルが立ち上がる。
「第二騎士団のクライブには、どうします? あいつなら、話が分かると思うけど」
「おまえの同期のロイズは第一隊の隊長だったか。第二騎士団にも王に対する不満がたまっているが、今はまだ、何もさとられるな。シルヴィアの秘密は、あの子が話すと決めた者だけが知っていればいい」
「了解。それで、これは僕が持って行くことにするよ。うちは父と兄が被害に遭ってから、毒の研究をしてるからね。薬師に調べさせよう。結果は報せる」
フィリップがシルヴィアの持って来た小瓶の包みを取り上げ、上着のポケットに入れた。
「それは助かる。ここでは出所を秘密にできないからな」
アルフレッドは彼に答え、腕組みをして、ひとりごちる。
「暗殺に汚職か。未解決事件を新しい視点で洗い直さなきゃならない。ブラッドレイのクソジジイ、アレクサンドラ姫と侯爵の暗殺のこと、知ってやがったんじゃないか? 締め上げにいかにゃならん。暗殺の現場にいた外国人ってのは……」
「海の向こうのハルバ帝国じゃないかな。父と兄に使われたのは、この国にない特殊な毒だ。それに、あそこは奴隷制度がある。王と王太子夫妻が派手な生活をしているけど、それはどう考えても支給される予算の額を超えている。何を売っているかは分からないが、密貿易の可能性も視野に入れたほうがいい」
フィリップがドアのほうへ行きかけて答えた。
「クソが! 王族が民と国を売ってどうするんだ」
「それはもはや、王とも王太子とも言えないね」
怒るアルフレッドに対し、フィリップが静かに言った。
「先輩、僕がご令嬢にふさわしい男になったら、求婚を許してくれますか?」
「考えとく」
振り返らないまま、アルフレッドは憮然と答えた。




