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 警備責任者のデイビット・ヴァイエンドルフは十分後にやってきた。

 彼は侯爵家騎士団長のユーリ・ヴァイエンドルフの長男である。大柄な体に、短髪にした毛は赤く、瞳は青い。精悍な顔立ちの男で、二十八歳。妻と九歳になる男の子と、この屋敷の別棟で暮らしていた。

「お呼びとうかがい参じました。ご用件は」

 かっちりとした深緑色の軍服を着ていた。この色は森林地帯が領地の多くを占めるオーレンクス侯爵家の色だった。

「他の人が来るまで、少し待ってね」

 椅子に腰かけたオーレリアが言う。

「それにしても……この惨状は。誰かに片づけさせてはいかがですか」

「いいの。また汚れるから」

 シルヴィアが言うことに、デイビットが戸惑いを隠せない。

「どういう……?」

「この子の言う通りにしてあげて」

 オーレリアが苦笑した。

「他の人が来る前に訊くわ。デイビット・ヴァイエンドルフ、あなたの忠誠は、侯爵個人にあるの? それとも、我が血筋にあるの? どっち?」

 シルヴィアはデイビットの前に立ち、彼を見上げた。

 デイビットが片膝を突く。

「レディ・シルヴィア。もちろん、侯爵家のお血筋、サミュエルさまとアレクサンドラさまのお血筋の方々にあります。我がヴァイエンドルフ家は、アレクサンドラさま降嫁の際、アダムス家は楯、我が家は剣となれとウィリアム国王陛下から申し付けられた家系であるますゆえ」

「よろしい。では、いかに幼いとはいえ、私の命じることを行うように」

「はい」

 と、彼は頭を垂れた。

 そのとき、ドアがノックされ、バートラムが入って来た。

「奥さま、ご所望のリストでございます」

 と、四つに折り畳んだ紙を差し出した。

「さすがに仕事が早いわね」

 受け取ったオーレリアは、紙片をシルヴィアへ渡す。

「ありがとう」

 と、それを一瞥してからポケットに仕舞ったシルヴィアは、執事へ訊いた。

「ドリーとは遊びだったの?」

「い……いえ。彼女とは本気でした。しかし、彼女の家族が許してくれず……」

「では、その障害がなくなれば、結婚できるのね。そうなさい。彼女を追いつめたのは、あなたでもあるのよ。それから、リカルドにレイチェルを呼んでくるように言って。ケネス夫人に気取られないように」

 バートラムが部屋を出て行く。

「ヴァイエンドルフ、拘束具は持っている?」

「手持ちはありませんが、あの女なら素手で十分です」

 にっと警備責任者が笑う。

「油断はしないように。何しろ、相手は毒を使いますから」

 話しているうちに、騒がしい足音がした。

「あたしに用があるってんなら、ケネス夫人を通しなよ」

「バートラムさんが夫人に用があるってさ。で、あんたはこっちだ」

 リカルドがレイチェルを部屋へ押し込む。

「女、侯爵夫人の前だ。マナーを守れ」

 デイビットがすごむ。

「ふん」

 レイチェルは挨拶もせず、ふて腐れている。

「ドリーを脅して、お母さまに毒を飲ませようとしたそうね」

 シルヴィアがその前に立つ。

「知らないね、ちっこいお嬢ちゃん」

「ヴァイエンドルフ、押さえつけなさい!」

 シルヴィアの命令で、デイビットがレイチェルに襲い掛かり、両腕を後ろに回し、床へ引き倒した。

「あたしにこんなことをして、いいと思ってるのかい!」

「思っているわ」

 静かに答えて、シルヴィアは近づいた。

「リカルド、この瓶の液体を彼女に飲ませなさい」

 と、ポケットから茶色の小瓶を取り出した。

「はい」

 と、嬉しそうにリカルドはそれを実行しようとレイチェルの顎を右手で掴み、左手でその口へ液体を流し込もうとした。

 レイチェルが暴れる。

「あ、こいつ。男だ」

 デイビットが言い、手刀で首筋を打って、気絶させた。

「毒の効き具合を見ようと思ったのに、残念ね」

 シルヴィアが溜め息をつく。

「まあ、なんてこと。ケネス夫人は年下の恋人を伴ってきたの?」

 ……違うと思う。

 おそらく、あのゲスは、言うことをきかせるために、この男に母を襲わせようとでもしたのだろう。

 同じことを考えたのか、デイビットとリカルドも微妙な表情をしていた。

「リカルド、バートラムとケネス夫人を呼んできて。デイビットは不法侵入者として、この男を第三騎士団へ突き出しなさい!」

 オーレリアの命令を実行しようと、二人が動き出した。

 デイビットが女装した男を連れ出してしばらくすると、バートラムがケネス夫人を連れて居間へやってきた。

「ご用とは?」

 女主人に対して不遜な態度のケネス夫人へ、オーレリアが冷ややかに言う。

「レイチェルは男だったと分かりました。なんて、ふしだらな。メイドとして愛人を連れて来るなんて。いくらパトリックの推薦でも、常識知らずのあなたは家政婦失格です。すぐに荷物をまとめて出て行きなさい」

「奥さま、わたくしは閣下のご命令で!」

「レイチェルという名の男は、第三騎士団へ連れて行かせました。言いわけなら裁判所で言うのね」

「どうなっても知りませんよ!」

 ケネス夫人は、バートラムと駆けつけた護衛騎士たちによってつまみ出された。

 ……さて、あのクズ。次はどんな手を使ってくるのかしら?

 前世では母を毒で弱らせて殺したレイチェルと、王都の屋敷を我が物顔で仕切っていたケネス夫人を早々に追い出せて、シルヴィアは気分が良かった。








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