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プロローグ

ちょっと長いお話になります。よろしくお願いいたします。

「シルヴィア・オーレンクス、貴様との婚約をこの場において破棄する!」

 ここは王宮の大広間。ゼノヴァン国王太子、十八歳の誕生パーティでのこと。

 王と王妃がまだ姿を現す前、女の子なら誰でも憧れる金髪碧眼の麗しい容姿をしたこの国の王太子・ライオスが玉座の横に立ち、後ろにストロベリーブロンドで白いドレスを着たかわいらしい令嬢をかばいながら、そう宣言した。

 王子の視線の先には、紫の瞳をし、銀髪を結い上げ、濃紺のドレスの胸元に紅玉の首飾りをした、怜悧な美貌の令嬢が立っている。

 大広間にいた人々が驚き、どよめく。

 ……外国のお客さまも来ているのに、こんな場所で言うこと? 

 シルヴィアは思ったが、侮蔑の表情は表に出さず、冷ややかに言葉を返した。

「わたくしと殿下の婚約は、王家からの申し出によるもの。一方的な破棄の理由を伺っても?」

 ふん、とライオス王子はシルヴィアを馬鹿にして鼻を鳴らす。

「言わねば分からぬか。貴様は嫉妬のあまりこのエミリアを虐め、はては毒殺しようとしただろう」

「身に覚えがございません」

 七歳で婚約してから、片手で数えるほどしか会ったことのない相手に嫉妬なんてするものですか。

 シルヴィアは内心、あきれていた。

「証人は大勢おる。貴様の家の使用人は皆、証言したぞ。父親も、しぶしぶ認めた。これ以上の証拠はあるか? 殺人未遂の罪で、貴様を死刑とする!」

 王子は勝ち誇って断罪し、後ろにいるエミリアはニヤリと口元を歪ませた。

 父の方を振り向けば、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、その隣の義母は扇子で口元を隠していても、全身で喜んでいるのがまるわかりだ。

 ……離れという物置小屋に住んでいる私に召使なんて、いるわけないじゃない。おまけに、あの父が「しぶしぶ」ですって? やっかい払いができて「喜んで」の間違いじゃないの?

 シルヴィアは、はめられたのを覚った。

 父は婿養子として母と結婚した。この国では女性が爵位を継ぐことはできない。しかし、相続権は女性にある。つまり、母の夫になる者がオーレンクス侯爵となるのだ。

 シルヴィアが七歳のとき、母・オーレリアは病で亡くなった。その後、半年も経たないうちに父は男爵令嬢で愛人だったイザベラと再婚した。エミリアは半分血のつながった四か月違いの妹だ。

 この国では、政略結婚した貴族の夫婦が正統な跡継ぎをもうけたのち、それぞれ恋人を持つことについて別に非難はされない。後妻として愛人を妻に迎えるのも、多少眉を顰められるが、たいした問題ではない。婚外子だった娘を養女として正式な自分の相続人とするのも、よくあることだ。しかし、侯爵家の相続人はオーレリアの娘・シルヴィアだけで、エミリアには何の権限もなかった。

 オーレンクス侯爵家は、王領に匹敵する広大な領地を持ち、王妹が降嫁したこともある名家だ。そのため、王家は侯爵家唯一の相続人、シルヴィアを二歳年上の王太子の婚約者と定め、侯爵領も二人の間に生まれた子に相続させ、最終的に王家の領地にする腹づもりだった。

 婚約は、母が亡くなった七歳のときのことだ。王家は、後ろ盾にでもなったつもりらしい。

 しかし、イザベラが後妻となってから、シルヴィアは本邸を追い出され、庭の隅にある庭師の小屋で暮らすよう父から命じられた。令嬢らしくするのは、王家から派遣された家庭教師が来るときだけ。そして十歳からは王妃教育でお城に上がるときだけだった。

 月に一度、婚約者のライオスが王都にある侯爵邸にやってきても会わせてもらえず、相手をするのはエミリア。これでは互いに知り合うこともできない。それどころか、ライオスはエミリアと想い合い、この結果だ。

 おそらく、父たちとすべて打ち合わせ済みなのだろう。

 ……侯爵家を乗っ取るつもり? 王家も承知の上で?

 多分、そうなのだろう。これほど騒ぎになっているにもかかわらず、王と王妃は姿を現さない。さらにろくな証拠もないのに、裁判もなく死刑なんて。

「衛兵! この女を連れて行け!」

 王太子の命により、衛兵が二人、シルヴィアの側に近寄り、腕を乱暴に掴もうとした。

「無礼者! 触らないで!」

 シルヴィアのその威厳に、衛兵が動きを止め、大広間のざわめきが静まった。

「下がれ」

 と、衛兵に命じ、白い軍服姿の若い男性が近寄って来た。

「レディ、近衛騎士団の団長・フィリップ・マクガーネルと申します。わたくしがご案内いたします」

 と、右手を胸に当て、頭を下げた。王太子と同じ金髪碧眼の偉丈夫だったが、王太子と違って、その瞳の色はよく晴れた青空のようだ。彼は先王の弟・ガウス大公の次男だった。

「殿下、わたくしは真実を告げ、逃げも隠れもいたしません。正式で公正な裁判を望みます」

 シルヴィアは美しいカーテシーを王太子にし、騎士団長のあとについて大広間から出て行った。

「マクガーネル卿。殿下は東塔の貴族牢ではなく、王宮の地下牢へ連れて行けと仰せなのですが」

 大広間を出た回廊で衛兵が言う。

 騎士団長は顔をしかめた。

「……これほど腐っているとは、思わなかった」

 つぶやいたのち、シルヴィアへ言う。

「レディ、どうか、希望を失われませんように」

「ありがとう。あなたの温情は忘れませんわ」

 シルヴィアは地下牢へ連行されたが、騎士団長はそこまで付き添ってくれ、牢番へひとこと言い添えてくれたようだ。牢内は薄暗く、ベッドには藁布団しかない有様だったが、牢番の態度は丁重だった。

 ガチャリ、と鍵が閉められ、牢番が去って人の気配がなくなる。

 天井近くの窓とドアに格子がはめられ、そこからしか光が差さない。

 シルヴィアはベッドの藁布団を手ではたき、そっと腰かけた。

「……こんなことになるのなら、どうすれば良かったのかしら」

 父は生まれたときからシルヴィアに無関心で、本宅にはめったに戻らず、愛人の許に居続けた。母を亡くしてから、頼る人は誰もいなかった。そんな七歳の子どもに、いったい何ができただろう。ライオスと婚約してからは、王妃教育に追いまくられ、家にいれば継母と異母妹にいじめられ、そんな毎日を過ごすだけで十六歳になり、今日と言う破滅の日を迎えてしまった。

「お母さま……」

 シルヴィアは右手で胸元の紅玉を握りしめた。これは、異母妹に奪われなかった唯一の宝石で、母の形見であり、オーレンクス侯爵家の跡継ぎである証でもあった。

 そのとき、部屋の外で大勢の人の気配がし、ドアが勢いよく開いた。

「いいざまね、お姉さま」

 エミリアだった。先ほどの庇護欲をそそるような可憐さはなく、醜く顔をゆがませ、勝ち誇っている。

「裁判なんて、行われないわ」

 と、ドアを開け、ずかずかと中へ入ってきた。後ろには、騎士や衛兵ではない屈強な男が三人従っている。

 警戒して、シルヴィアは立ち上がった。

「どういうこと?」

「だって、アナタ。今、死ぬんですもの」

 あーははは、と高笑いする。

「ずっと『ずるい』って思っていたわ。アンタは何やっても完璧にこなす。美貌も才智も教養も身分も、何もかも持ってるじゃない。おまけに将来、王妃ですって? ……ずるいわ」

「何を言っているの。あなたには両親の愛も、私から奪っていったドレスや宝石やお人形、屋敷もなにもかも。あなたこそ、すべてがあるじゃないの」

「ええ。婚約者も、もらったわ。さっき、両陛下から正式に認めていただいたの」

「勉強嫌いのあなたに、王妃が務まるとは思えないけど?」

「生意気ね!」

 パシン、とエミリアがシルヴィアを平手打ちする。

 パン、とシルヴィアもやり返した。

「なにするのよ! このアバズレ!」

「その言葉、そっくりお返しするわ」

 答えながら、シルヴィアは男たちとエミリアから目を放さず、じりじりと後ろへ下がった。

「今まで反抗なんてしなかったのに」

「やった以上のことをやり返されるのが分かっているのに、抵抗してもしょうがないでしょう? でも、あなたたちは私を今まで殺さなかった。なぜ?」

「機会がなかったし、アナタが正統な継承者だからね。けれどもう、陛下はアンタを排除することにしたの。かわいい一人息子の願いを叶えるために。だって、私も侯爵家の娘なのよ? これがないだけでっ!」

 急にエミリアの右手が伸びて、首飾りを引きちぎった。

「返して!」

 飛び掛かろうとしたシルヴィアの前に、男が立ちはだかり、エミリアを守る。

「あーははは。もっと早く、こうすれば良かったわね。これで私が侯爵家の継承者よ!」

「どうして? なぜ、何もかも奪っていくのよ!」

 シルヴィアが叫んだ。

 父からは愛されなかった。愛してくれた母は、幼い頃に神のもとへ召された。

『この首飾りは、あなたの願いを叶えてくれるわ。だから、肌身離さず持っているのよ』

 違う。

 神さまは願いなんてきいてくれない。

 王妃になんてなりたくない。貴族に生まれなくても良かった。つつましくとも、暖かな家庭が欲しかった。

 娘を愛する父と母がいて、親しい友だちと街のカフェでたまにお茶を飲んでケーキを食べる、そんなささやかな幸せが欲しかった。

「こんな人生なんか、嫌よ!」

「あら、今わかったの? アンタはこの男たちにいい目を見せて、ぼろぼろになって死んでいくのよ!」

 あはははは、とエミリアが笑う。

 男の手がかかり、ドレスが引き裂かれる。

 ――だれか、たすけて!

 パリン。

 そのとき何かが割れる音がして、エミリアの手元から赤くまぶしい光が辺りに広がる。

「きゃあああっ」

 エミリアの両手が燃え上がり、男が持つナイフがシルヴィアの頸動脈を切る。

 赤く染まる視界のなかで、シルヴィアは幻を見た。

『我が侯爵領の人民を蹂躙し、正統な主の姫を謀略で殺したやつらを許すな!』

 軍の先頭に立っているのは、オーレンクス家の家宰・アダムスだった。

 一年に一度、新年の挨拶のため、領地から王都にやってきて会うだけの人物だ。白髪をきれいに整え、五十を過ぎているはずだが、三十代にしか見えない。もの静かな印象だったのに、血気にはやっている。

『浪費と国庫からの横領を財務大臣のハートフォード卿のせいにして処刑し、国民を欲のために他国に売る者は、もはや王ではない!』

 近衛の軍服から勲章を引きちぎって捨て、マクガーネル騎士団長が叫ぶ。

 シルヴィアの知らない大勢の人が戦いの中、死んでいった。

 場面が次々と変わり、父と継母とエミリア、そして国王夫妻とライオス王太子が公開処刑され、その遺体は広場にさらされた。

 街中の人が飢え、至る所で強奪と放火が起きていた。

 ……ひどい。

 自分が殺されたことも忘れ、つぶやいたシルヴィアの意識は、そこで途切れた。







 

・前世の家族構成・シルヴィア十六歳


曾祖父・サミュエル(オーレンクス侯爵・故人)

曾祖母・アレクサンドラ(元王女、侯爵夫人・故人)


祖母・イレーネ(故人)

祖父・ヘンリー(サザランド伯爵家次男で入り婿、王太后エンマの異母兄・故人)


母・オーレリア(故人)

父・パトリック(サザランド伯爵家からの入り婿でヘンリーの甥)

継母・イザベラ

異母妹・エミリア(パトリックとイザベラの娘)


・王家の人びと


ハロルド王(故人)

エンマ王太后(サザランド伯爵家出身)


エドガル王

マーガレット王妃


ライオス王太子

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