第四話 「百獣の王」
状況が飲み込めない。
死んだと思ったのに、生きている。
体は魔物の血でびちょ濡れ。
血なまぐさい己の体に不快感を覚えながらも、稲裡へと問う。
「私、なんで生きてるんですか?」
その問いに、稲裡は不思議な顔をしながら答える。
「簡単なことですよ〜。黒穿鳥に殺されそうになったあなたを、間一髪でわたしが助けた。それだけですよ。」
「それにしても……」
頬を膨らませながら、言葉を続ける。
「ダメじゃないですかぁ〜 黒穿鳥は、首だけになっても獲物を諦めないんですよぉ? わたしが居なかったら、体が上下で泣き別れになってましたよ〜?」
ぷりぷりと可愛らしい怒気を纏いながら、説教は続く。
「それに、一般人が魔物に戦いを挑んじゃダメ! 次からは、一目散に逃げてくださいねぇ? 」
「それにしても……」
お説教は終わったのか、またしても不思議そうや顔を浮かべながら語りかけてくる。
「まさか、この魔道具を使えるなんて……かなりの驚きですよぉ」
先程まで己の手元にあったはずのカードケース型の魔道具をぷらぷらと揺らしながら言葉を続ける。
「これを使えるのは、後にも先にもたった一人だけのはずなんですけどねぇ……ちなみに、変身するときに、なんか声とか流れました?」
「ええっと、たしか、セットって言ってた気が……」
問いに答えた瞬間、彼女は驚きの表情を浮かべながら叫びだす。
「マジでぇ!? 変身できる時点で仰天ものなのに、いきなり装填スタートなんて……いやぁ、ほんとにびっくりですよぉ……本来の所有者ですら、省略をできるようになるまで、すごく時間がかかったのに……」
稲裡は、「本当に信じられない」という表情を浮かべる。
「あの、そんなに凄いことなんですか?」
私の質問に、食い気味に答える。
「当たり前ですよォ! たださえ、この魔道具を起動するのには頑丈な精神を求められるのに、省略をするには、どんな重圧にも耐えられる鋼の精神が必要不可欠なんです!!!」
息を荒くしながら続ける。
「さもないと、幼児退行しちゃって、二度とまともには戻れなくなるんですよぉ!?」
もしかしたら、魔物に殺されるより先に、精神崩壊していたかもしれなかったという言葉に鳥肌が立った。
稲裡が、こちらを見つめながらボソリと呟く。
「これは、いろいろ調べなくてはなりませんねぇ……じゃ、行きましょっか!」
――どこへ!?
そう思ったのも束の間、稲裡は「狐の窓」の掌印を組み、こちらへ向けながら一言だけ呟く。
「コン。」
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気づけば、全く知らない場所に立っていた。
とんでもなく広く、まるで高級ホテルのようだ。
「ここは王都にあるギルドの本部ですよ! 来るのは初めてですか?」
いつの間にか後ろに立っていた稲裡が問いかける。
「は、はい。まさか、本部に来れる日が来るなんて……」
感動のあまり、涙がこぼれそうだ。
「それじゃ、ギルドマスターに会いに行きますかぁ〜!」
稲裡のその言葉に感動は消し飛ぶ。
「本部のギルドマスター」その言葉が表すのは、「人類最強の冒険者である」という事だ。
冒険者を目指す者なら、誰でも憧れるであろう人物に今から会いに行くのだ。
先程までの幸福感は、今や「緊張」の二文字に消し飛ばされてしまった。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよぉ? 朗らかで優しい人だし〜」
元気づけてくれてはいるものの、ギルドマスターの待つ部屋へと近づけは近づくほど、汗の量が増える。
「まぁ、戦い方は乱暴だけど、性格もそこまで悪くないし、好きなお菓子を勝手に食べても許してくれるし、今朝だって、少々拝借したけど、笑顔で見送ってくれたし! ほんと、いい人だよォ!?」
私の緊張具合におののきながらもつらつらと語り続ける。
「あと、お気に入りのコート破いちゃって、急いで縫い合わせても気づかないほど ぐうたらだしさ!」
「――それ、初耳なんだが?」
突如、背後から知らない声がする。
「ぎゃあああああああああ!!!!????」
私と稲裡さんは、大声で叫びながらダイナミックに崩れ落ちてしまった。
声の主は、ゲラゲラと笑い転げていた。
「ちょっとぼたんさん!? 気配を消して後ろに立つのやめてって何度も言ってるでしょうがァ!!!」
「ヒヒッ、こんな面白いことをやめるなんて無理ですわ!」
泣き笑いしながら、声の主はこちらへと目を向ける。
灰色がかった白髪、力強い灰色の瞳、縦に白いラインがはいっている黒服、身長は稲裡さんより、10cmほど高いナイスバディな女性である。
「はじめまして、ギルドマスターの獅白ぼたんです。」
唐突な自己紹介。
だが、「獅白ぼたん」という名は、教科書にも載っている歴史上の偉人の名前である。
疑いの目を向けるものの、写真そっくりの容姿、その身に纏うオーラが否応にも彼女が伝説の「ホロライブメンバー」であるということを物語っていた。
次話は、17時だと言ったな
あれは嘘だ()