第九話 「チックタック」
暖かい……まるで温泉にでも浸かってるようだ……だんだん暑くなってきた……
「いや熱い!?」
叫びながら起き上がり、あたりを見回してみると、なにやら独特な臭いのする液体に浸かっていたようだ。
「おや!? 気が付きましたか!?」
振り返ると、ビーチチェアーに座った稲裡さんがお茶をすすりながら全裸の私を見つめていた。この人まじでお茶が好きなんだな……
「その液体は『医療技術研究会』の作った逸品でして、浸かるだけで傷が治る優れモノなんですよ~ 欠損は無理なんですけどね……あ、親御さんには連絡入れときましたよ。」
魔族に刺された箇所を確認してみると、痕も残らずきれいに治っていた。流石、世界に名高い医研の発明品だ。
「お? 目が覚めたみたいだねぇ」
変な臭いの液体に感心しながら服を着ていると、入口らしい場所からぼたんさんが入ってきた。試験の結果を伝えに来たのだろうか……
「えっとね、試験は合格で免許証も発行してるからあとで一緒に取りに行こっか」
「え、合格なんですか!?」
思わず突っ込んでしまった。
「うん、盗賊の殲滅は出来てたし、何よりあの試験は悪人を殺せるメンタルを持っているか調べるものだからね。あたしも、まさか魔族が出てくるのは完全に予想外だったんだよね~」
なんとか監獄行きは免れたようで、とりあえず一安心した。
「試験も合格して守秘義務も解除されたし、メモリアルライザーの詳細を教えてあげる。」
---ぼたんさん曰く
メモリアルライザーは、ホロライブメンバー「シオリ・ノヴェラ」と「カエラ・コヴァルスキア」によって、とある少女の為に作られた魔導兵装でありその能力は、「複製した他者の能力を自らに付与することができる」というものである。
複製方法は、同意の上メモリアルライザーに一時間触れ続けてもらうことで、能力が込められたカード状の媒体が排出される。
使用方法は、媒体を差し込み横のボタンを押す。そうすると、使用者の魂の強度によって能力の付与率が変わる。
付与には、十%付与の抽出、五十%付与の装填、九十%付与の顕現の三段階があるが、顕現は己の魂が押しつぶされる危険性があるため、出力が抑えられて設定されている。
らしい……
私が唯一持っているカード「虚」は、太古の冒険者の能力で、「あらゆるものを消滅させられる能力」だが、効果範囲は基本的に刃に触れているもの限定のようだ。
そして、ぼたんさんの能力は重火器の知識が必須であるため使用不可で、稲裡さんの能力は一歩間違えれば死の危険性すらあるため今は使用禁止。
とりあえずは、虚空の力を極めることが最優先のようだ……
--―バン!!!
入り口のドアを勢い良く開ける音がした。
目を向けるとそこには、受付嬢さんが顔を真っ青にして立っていた。
「ざ、The Cellより緊急の連絡です!!!」
その言葉を聞いた瞬間、私以外の二人の表情が一気にこわばるのが見えた。稲裡さんに至っては、冷や汗をかいて細かく震えてさえいる。
「内容は?」
ぼたんさんの問いかけに、受付嬢さんは腹の底からなんとか絞り出したような声で答える。
「え、永世封印指定の大罪人が、だ、だ、脱走したと…………」
「……ガチで?」
受付嬢さんは涙をこぼしながらコクコクと頷く
あのぼたんさんですら震えている。そんなにやばいことが起こったのか?
ぼたんさんは急いでどこかへと行ってしまった。私は状況がわからず稲裡さんに聞いてみる。
「稲裡さん、大罪人って誰なんですか?」
何回か深呼吸した後、ゆっくりと私の問いに答え始める。
「カイリちゃん、死霊姫の話は聞いた事ある?」
もちろん知っている。
死霊姫はホロライブメンバー「宝鐘マリン」を殺した伝説の魔族であり、十七の国を滅ぼしたあと「空の魔王」によって討伐されたという話だ。
「その話は半分嘘でね、死霊姫の正体はホロライブメンバーの一人なんだ。」
その言葉に、私の体に電流が走った。
――死霊姫がメンバー? なら、何故宝鐘マリンを殺したのか?
混乱してる私を傍目に、稲裡さんは話を続ける。
「討伐されたってのも嘘でね。本当は、空の魔王・桐生ココの決死の攻撃で行動不能になった所を捕獲して、監獄に幽閉したんだよ。」
理解が追いつき、私にも冷や汗が湧き出てくる。
「死霊姫の本名は潤羽るしあ。本当なら、英雄として語り継がれているはずだった。るしあちゃんが居なかったら、今ごろ世界は魔族のものだったかもしれない。」
稲裡さんが言うには、太古の昔。
白銀聖騎士団とSSRBによって魔族とアウトロー達は駆逐されたが、それを可能にしたのは他でもない、潤羽るしあの無条件の蘇生能力による減らない兵力と蘇生した魔族達を使役して攻撃させたことによる功績が大きい。
それから数百年、権力者たちから蘇生能力を危険視され、一切の使用が禁じられた。
潤羽るしあもそれに応じ、一線を退き誰も蘇生することなく平穏に過ごしていた。
だがある日、旧日本大陸の南方の国「淀の国」にて死者の軍勢を発生させ、そのまま北に向けて進軍し、多数の国が滅び去った。
後は物語通りだが、その不死身の軍勢が遠くない未来にまた発生するという。
私たちは、早急に潤羽るしあへの対処方法を考えなくてはならない。
次回は、潤羽るしあVSとあるホロメン