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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

疲れた

作者: Yukimaru

 田舎道を歩いている。アスファルトで舗装されているが、ひび割れと端の欠落が目立つ。  

 マンホールの周りは蓋に縋りつくように盛り上がっていて、街灯の無いここを夜に通ることを阻もうとする。

 なんてことのない田舎である。街灯が、照明としてほかの何よりも目立つことが出来る、変哲もない田舎である。ここは草木が生い茂るところではない。ぽつりぽつりと家が建っていて、それぞれの家の畑がそこを取り巻いている。

 アスファルトの田舎道は、ずっと続く景色を真っ黒に区切っている。

 昼間をして、この景色は絶景なのだろう。人影が無く、見渡す限り平野の、時々人工物が水平線を押し上げて乱す、物音の死んだ世界観は、夜道ならばひたすらに不安だろう。

 明晰で恐ろしい夢の中にでもいるような、不思議な居心地だ。

 温度は確かにある。匂いも、水を吹き出して止まらないスプリンクラーが地面を濡らしていたおかげで、自分の嗅覚が故障したのではないことを知っている。光もそうだ。苦しいほどの日差しを受けていて、知らんぷりなど出来るはずもない。

 振り向いてみた。さっき通り過ぎたカーブミラーに、小さくこの体が映っている。顔のパーツは窺えない。

 カーブミラーの傾き具合が不安になった。まるでのぞき込んでくるような、フクロウが首をかしげるような、じっと見ていれば、そのまま吸い込まれて世の中から音もなく消えてしまう恐ろしさがある。

 この感情を誰に知らせる。誰もいない。顔に出すことはない。一思いに叫んでみれば何か変わるかもしれないが、夢の中でなければただの奇行だ。白い眼を向けられるだけでお仕舞いだ。

顔を背けて、ずっと続く道に目を向けた。

 ダンプカー一台程度の道幅のど真ん中に立っていても許されている。陽炎が少し先で揺らめいている。この様子をよく知っている。

 夏休み。呼吸は熱を持っている。水色と見上げるたびに染まっていく群青の空は、時たまに灰色で塗りつぶされる。

 気づいた時には快晴の文字が天気予報から消えていた。腕を炙るこの天候は、快晴ではないのか。雲一つないように見えるが、予報士としては首を縦に振れないのか。

 こめかみから生まれて軌跡を首筋に刻んだ汗を、手の甲で拭った。後から溢れてくる。汗が日差しで照っている。

 どういうつもりで歩き回っているのか、自分でもわかっていない。家に籠るのが面倒くさくなったのかもしれない。自覚のないうちに、頭の片隅で、こういうことをしてみたい願望を抱えていたのかもしれない。

 満足か。したところで、何も無いだろ。解っただろ。無駄なことをしてやったんだから感謝しろ。

 誰にも知られていない自分を罵倒した。

 人はいないのだろうか。誰も、いないのだろうか。画用紙に塗りたくっただけの幼稚な形でも構わないから、誰かいないのだろうか。自分以外の誰かがどうしようもなく恋しい。

 深い悩みは無い。氷菓子みたいに心が冷えているわけではない。溶かしてみても、きっと自分が残ることはない。ただ、寂しい。

 変だと思う。どうして自分以外がいないのだろう。自分だけどこかに取り残されているのだろうか。

 虫も鳴かない。日差しだけが代わりを務めてやかましい。本当に誰もいなくて、何も生きている感じがしなくて、自分だけの世界みたいだ。

 これから過ぎ去るつもりの犬は、横になって動かない。

 あと少しで真横を過ぎる。

 あと一歩で背景になる。

 犬は動かなかった。死んでいるかもしれない。

 家に帰って、家族は生きているだろうか。犬みたいになっていないことを、家の方を見渡して願った。

 温い空気が腕に絡まっていて苦しい。そこだけ冬物の服がある。押し付けられる熱気が心底気持ち悪い。

 喉の奥が泡立った。かゆくなって咽ても治まらない。じれったい痛みが焼け付いて取れない。

 咳が止まらない。

 何かが痛くて涙がこぼれるのはひさびさの経験だ。吐き出したくてたまらない。

 体すら歪めながら、やっとの思いで喉奥の突っかかりを吐き出した。

 ぼやけた視界で輪郭をつかめないが色は解った。黒い。それから、うぞうぞ藻掻いている。

 次々に涙はこぼれていく。早く止まってほしいのに言うことを聞いてくれはしない。

 目じりを拭って無理やりにでも止めにかかる。悲しいわけでもない、苦しいわけでもない、もう痛いわけでもないのに、一度泣き出したら止まらなくなってしまうとは、非常に不便な体をしている。

 体を何かが這いずり回っている感じがして、足元を見た。ムカデが居た。太腿の辺りに頭が来て、尾は足首にある。大きい。

 世界を見やすくなって初めての生き物がムカデだった。赤黒く、這いまわった跡が錆びた色をしている。なんとなく吐き出したのはこいつだと解った。

 いつ食べてしまったのだろう。ゲテモノ好きでもないし、胃に収めようなんて魂胆にはならない。

 さて、そのムカデは服の上を這って、やがて首元にたどり着いた。何かされるまでは何もできない性がこんなところに現れた。

 ぷつり、と首の皮が千切られた。音が確かに聞こえた。痛みは無い。

 ムカデは嚙みついて穴を広げていく。痛みはない。代わりに心がどうにも苦しい。ムカデがこの体に埋まっていくたびに、心の足りないところが形を得ていく。どうしても安心できない。特別欲しがってないのに。

 やめろ、と言ってみたかったが、ムカデはもうとっくに喉を占めてしまって動かない。

 このムカデはどこから来たんだ。こいつは胃の奥からやって来たのか。だとしたら胃の奥に帰ってほしい。喉に張り付いて動かないのはよしてくれ。


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