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その9

夕食時の会話はもっぱらマリエとクリスによるものだった。

マリエがクリスに今までのいきさつ――何故一人旅をすることになったのか、レッドとハルカとはどのように知り合ったのか、ここまでの道のりは楽しかったか、どんなことが楽しかったか――を尋ね、クリスはそれに答える。

ラスもシルフィもその会話には加わらず、もくもくと食事を取っている。

(シルフィは、客としてさっきあんなに食べたはずなのに平気な顔で料理を口にしている。クリスはお腹いっぱいで、少ししか食べられなかったというのに。)

「そういえば姉さんは?」

「野暮なこと聞くねえ。レッドが帰ってきたんだ。決まってるだろ」

「そうか」

ラスは頷く。

クリスにはラスが何故納得したのか分からない。

食事を再開したラスだったが、またぽつりと言った。

「でも意外と待つ女よね、姉さんって」

「そうだねえ。ぽんぽんものを言うわりにはねえ」

「レッドのこと、本当に好きなのね、姉さん」

「そうだねえ」

相槌を打ってからマリエは続ける。

「でもどうしたんだい? ずいぶんと今日はおしゃべりじゃないか」

「そうかしら」

とぼけるラス。

それを見て微笑むマリエ。

クリスはそんな二人を不思議そうに見ている。

やがてまたラスがぽつりともらす。

「好き、か……。好きってよくわからない」

マリエは目を丸くし、声を上げて笑う。

「あはははは。本当にどうしたんだい、ラス。お前がそんなこと言うなんて。でも、そうだね。お前もそういうことを気にする歳になったって事だね」

ラスは何も言わない。

「好き、が分からないねえ」

マリエは少し考え込んで

「でも、そうだねえ。そうかもしれない。好き、ていうのは頭で分かる感情じゃないからねえ。体で分かる感情……。誰かを好きになってはじめて分かる感情さ」

ラスにつられてか、マリエもいつになく饒舌だった。こんなことは普段なら喋らない。

「私もね、好きっていう感情がどんなものか知ったのは父さんにあってからだよ。想いだけで体中が満たされる、ていうあの経験はちょっと素敵だったね。そんな経験をくれた父さんを私は愛したし、父さんも私を愛してくれた。だからお前たちがいるんだよ、ラス」

「姉さんはね。でも私は違うと思う」

「あはははは」

マリエはラスの言葉にまた笑い

「まあ、それはそうだけどね。でもお前も私の大事な娘だよ、ラス」

「うん」

頷いたラスの唇には小さな微笑みが浮かんでいた。

「分かってる。母さん」

言葉を交わす二人をクリスは不思議そうに見つめていた。



あてがわれた二階の部屋に引き払う。

ベッドにもぐっても、クリスは興奮でなかなか寝付けなかった。

いよいよ明日から新しい日々が始まる。

不安よりも期待が大きいのはきっとあの二人のおかげだ。

レッドとハルカ。

二人に出会わなければ、きっとクリスはまだ見知らぬ町で心細さに泣いていたかも知れない。

何よりもラスに合うことはなかっただろう。

ラスのことを考えるといっそう胸の高鳴りが激しくなる。

クリスは顔を赤らめシーツを鼻先までかぶる。

自然と笑みがこぼれてくる。

マリエの言ったとおりだ。

確かにこれは素敵な経験だ。

想いで体中が一杯になるというのは。

ラスと出会えたことを女神様に感謝したい。

それの改めてレッドとハルカにもお礼を言いたい。

二人がいなかったら今のクリスはないし、何よりラスに出会うこともなかったのだから。

二人はどこに住んでるんだろう。マリエおばさんに聞こうか。ナタリーさんに聞いたほうが早いかな。あ、そういえばナタリーさん居なかったっけ。確かおばさんはレッドが帰ってきたから、とか言ってたけど。

「ねえ、シルフィ」

クリスは宙に浮いている妖精に声をかけた。

シルフィは背中の羽を体の前に回し重ね合わせていたのだが(その姿はまるで蛹のように見える)、羽を解くとくるりと半回転してクリスを見下ろす。

「何?」

「うん、あのね、ナタリーさんがいない理由。マリエおばさんは「レッドが帰ってきたから」だって言ったけど、どういう事なのかな」

「そりゃ、決まってるでしょ。レッドとナタリーが恋人同士、てことよ」

「え! そうなの?」

驚くクリスに、シルフィは呆れてため息をつく。

「ハルカもそう言ってたでしょ」

「そうか。そうなんだ」

しきりと感心するクリスに、シルフィはまたため息をつく。

「やっぱりまだ早いわよ。恋愛なんて」

「え? 何か言った?」

「別に!」

再びシルフィは天井を向き、羽を体の前に重ね合わせた。

ふよふよ浮かんでいるシルフィを見上げながら、クリスはまたぽつりと言った。

「ねえ、シルフィ」

「何?」

シルフィは天井を向いたまま答える。

「マリエおばさんの言ってたことなんだけど」

「マリエの言ってたこと?」

シルフィは羽を重ね合わせた格好のまま、体を回してクリスを見下ろす。

「うん。ラスのことを「お前も大事な娘だよ」て言ってたことなんだけど」

「それが?」

「どういう意味なんだろ」

「本当の親子じゃないってことでしょ」

「そうなんだ。でもなんで?」

「知らないわよ。そんなことは」

答えたあと、シルフィはにやりと笑い意地悪く続ける。

「ラスに聞いてみればいいじゃない。「どうしてマリエと親子じゃないんですか」、て」

「そんなこと聞けないよ」

「それが分かっているんならあれこれ詮索するのはよしなさい」

「……うん」

クリスが頷くのを待たず、シルフィは再び天井を向いた。

目をつむり眠りに入っていこうとしたとき、またクリスが声をかけてきた。

「ねえ、シルフィ」

「何?」

目は閉じたまま答える。

「お母さん、てあんな感じなのかな」

「あんな感じ?」

「マリエおばさんみたいに、あったかくて、大きくて、そんな感じ」

「さあね。知らない」

シルフィは素っ気無く答える。

「いいからもう寝なさい」

「うん」

クリスは素直に頷いて

「お休み、シルフィ」

「お休み、クリス」


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