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その8

確かにクリスがラスに抱いている感情が、何か特別もので、それは「好き」という感情なのかもしれないが、からかわれた挙句にうまく言いくるめられたようで、少しばかり面白くなかった。

だからナタリーに向けられた目は、いささかきつい。

しかしナタリーに気にしたふうはない。

「それでね、ナタリー。お願いがあるんだけど」

「何?」

「クリス君のこと、ラスに紹介してあげて欲しいの」

「え?」

と声を上げたのはクリスだ。

「ん? 何、嫌なの?」

ハルカは意地が悪い。

「いえ、そんなことは、ありませんけど……」

もごもごと小さく答えるクリスの頬にシルフィが蹴りを入れる。

「この女好き!」

「痛いな、もう。さっきからなんだよ」

頬を押さえながらぶつぶつ文句を言うクリス。

くすくすと笑いながらナタリーは答えた。

「いいよ、別に」

クリスの顔がぱっと輝いた。

シルフィが叫ぶ。

「クリスのバカあ」

「だめだよ、クリス君。女の子泣かしちゃあ」

笑いながらナタリーは立ち上がる。

サボりの時間を終えて、仕事に戻ろうとする彼女にレッドが声をかけた。

「ナタリー。俺からも頼みがあるんだが」

「何?」

レッドの頼み事などめったにない。ナタリーの声は弾んでいた。

「クリスをここで雇ってもらえないだろうか。出来れば住み込みで」

驚くクリス。さらに驚いたのはナタリーがあっさり頷いたからだ。

「いいよ、別に。母さんに聞いてみてからだけど」

「頼む。おかみさんには俺からもあとで話すから」

「うん」

そしてナタリーは仕事に戻っていった。

「レッドさん……」

クリスが続けるより先にレッドは言った。

「気にするな。ついでだ」

「でも……」

「気にする必要はないわよ、クリス君。レッドがああ言ってるんだからね。それに人の厚意は素直に受け取るものよ」

手のひらで頭を二度叩かれる。ハルカの手の暖かさが体にすうっとしみこんでいくようだった。



客が引けた『おかみさんの店』では四人?が遅い夕食をとっていた。

この店の女主人マリエ・メイと、その娘のラス・メイ、そしてクリスとシルフィである。

レッドの頼みをマリエは二つ返事でOKしたので、クリスはここで住まうことになった。

だからこれは自己紹介やら何やらを兼ねた夕食会である。

まずはマリエが自己紹介。

「クリス――君の事はそう呼ばせてもらうよ。住み込みで働いてもらうとなれば家族も同然だからね。いらぬ気は使いたくないし。そこら辺は覚悟してもらうよ。びしびししごくからね」

「は、はい」

身を硬くするクリスにマリエは笑う。

「あははは。そんなに心配しなさんな。ほどほどにしておくから」

それから改めて自己紹介。

「マリエ・メイだよ。この店の主人、てことになるかね。よろしく頼むよ。クリス」

「よろしくお願いします」

頭を下げるクリスをニコニコ見ながら

「次はあんたの番だよ」

娘を促がす。

「ラス・メイ。よろしく」

彼女の自己紹介は終わった。

「それだけかい?」

マリエの念押しにもラスはただ頷くだけ。

「うん」

「あはははは」

途端にマリエは笑い出す。

「相変わらずだね、この子は。こんなときくらいもう少し愛想よくしな。第一印象ってのは大事なんだからさ」

クリスをちらりと見やり

「ま、その必要はないようだけどね」

からかわれてクリスは赤くなる。

クリスの肩でシルフィは頬を膨らませそっぽを向いている。

二人の対照的な様子に「あははは」と笑ったあと

「さあ、今度は二人の番だよ。いまさらと思うかもしれないけど、お願いするよ」

「はい」

クリスは頷いて

「クリス・バードです。雇ってもらって本当にありがとうございます。よろしくお願いします」

緊張した中にも、うまく挨拶できたことへの安堵が表情に出ている。

しかしすぐにそれが怪訝なものに変わる。

続くはずの声が聞こえなかったからだ。

クリスは肩を揺らしてシルフィを促がした。

「シルフィ・シルフィーナ!」

叩きつけるようにそう言って、沈黙。

三人は続くはずの言葉を待っていたが、妖精にその気はないようだとわかると

「それだけかい?」

「そうよ!」

またも叩きつけるように答える。

呆気に取られたマリエは一瞬言葉を失って、しかしすぐに笑い出した。

「あはははは。その愛想のなさはラスといい勝負だね」

「私は「よろしく」は言ったわ、母さん。それに怒ってもいなかったし」

ラスは静かな声で言い返した。

マリエは笑い収めると

「怒ってるのかい?」

「そうよ!」

「なぜかしら?」

問うてきたラスをシルフィはきっと睨みつけ

「決まってるでしょ! クリスがあんたにひ――」

「わーわーわーわーわー!」

突然大声を上げたクリスにメイ母娘の視線が集まった。シルフィはまたそっぽを向く。

「どうしたの?」

ラスの静かな声にクリスは赤くなりながらあわてて答える。

「なんでもないんです。何でも。気にしないでください。――ラスさん」

「そう」

小さく頷いてから、ラスは続けた。

「私のことは「ラス」でいいから。「ラスさん」なんて――」

そう呼ばれたときの気持ちを反芻するようにかすかに眉根を寄せると

「なんだかこそばゆいわ」

「でも……」

「私も君のこと「クリス」って呼ばせてもらうから」

戸惑うクリスに、ラスは一方的に宣言した。

「う、うん」

もちろん嫌じゃない。とてもうれしい。それでもぎこちなくクリスは頷いた。

「分かったよ。――ラス」

ラスは笑った。とても柔らかな微笑。一目でクリスの心を奪ったあの微笑。

あの時と同じようにクリスは耳まで真っ赤になってうつむいた。

「あはははは」

ラスにクリスにシルフィ――マリエは三人それぞれの様子を見るのが楽しくてしょうがない。

「じゃあ、みんな紹介も済んだことだしご飯にしようかね。あたしゃもうおなかぺこぺこだよ」

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