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その6

そんな彼が「いたっ」と小さな悲鳴を上げ顔を上げたのは、シルフィに真っ赤な耳を引っ張られたからだ。

「何するんだよっ!」

「でれでれしないの!」

強く抗議の声を上げたクリスだが、シルフィにそう言われ、途端に語調が弱くなる。

「でれでれなんかしてないだろ」

「してたわよ。みっともないぐらい鼻の下伸ばして」

クリスはあわてて顔の下半分を手で覆った。

そんなクリスは放っておいて、シルフィは今度はハルカを見据える。

「それにハルカも。クリスを誘惑するのはやめて頂戴」

「誘惑なんて……」

あからさまな言葉にハルカはどもる。

その気がまるでなかったとは言い切れないからだ。しかし

「まったく。いい年してみっともない」

と言われては下手に回ってばかりもいられない。

「それってどういう意味かしら」

「決まってるでしょ。親子ほども歳の離れた男の子を誘惑するなんてみっともないってことよ」

「そんなに離れてません!」

叫び返すハルカを「むきになるところが怪しい」とでも言いたげな顔でシルフィは見返す。

疑いを晴らすべく、ハルカはクリスに問うた。必死だった。

「クリス君、君、十三歳って言ったわよね」

「あ、はい」

「ほら」

と今度は勝ち誇ってシルフィを見る。

「十歳しか離れてないじゃない」

「十歳も、よ。十歳も離れてれば十分、みっともないわ」

シルフィはふわりとクリスの肩から飛び上がると、ハルカの鼻先に指を突きつけて駄目押しをした。

「みっともない」

絶句して、しかしハルカはすぐに切り返す。

「みっともなくない! かわいい男の子に声をかけるのは女として当然です」

「それがハルカの理屈なわけね。変な理屈よね。つまりハルカは、変!」

「変じゃない!」

果てしなく続きそうな口論に、クリスはため息をつく。

「クリス」

「あ、はい」

がレッドには、特に気にしたふうはなかった。

「お前たち、とりあえずはどこを目指しているんだ」

きょとんとレッドを見返すクリス。

「とりあえずの目的地だ。旅と言うからには行き先があるだろう」

「いえ、特には……」

「決まっていないのか」

「はい……」

「とりあえず街道に出る。それしか考えていなかったか」

「はい……。すみません」

「――まあ、確かに風まかせ足任せというのもひとつの手ではあるが、旅なれた者でないとできん芸当だろう」

「はい……」

クリスはただうなだれるばかり。そんなクリスをじっと見つめた後、レッドは言った。

「どうだ、クリス。俺たちと一緒に来ないか」

突然の提案にクリスはすぐには答えられない。

「特に行き先を決めていなかったと言うことは、別にどこでもいいという事だろう。なら問題は何もないな?」

レッドにそう迫られ、クリスは思わず頷いてしまう。

「は、はい」

「よし。決まりだ」

レッドはそう言うと、クリスの肩に手を置き、にっと笑った。

クリスも、ぎこちないながらも笑顔を返した。

シルフィとハルカはまだ口論している。


       ***


レッドの提案は、クリスにとってありがたいものだった。

小さなあの村からほとんど出た事のないクリスにとって、外の世界は文字通り未知の領域だったからだ。

一人ではないとはいえ、連れがシルフィだけでは心細い。

レッドとハルカが一緒に来てくれることは、本当に心強い。

それに二人とも旅慣れている様子。

いや、それはよく知らないが、二人とも大人には違いない。

二人から学ぶことは、大いにあるだろう。

知識ばかりではなく、その他にもいろいろと。

つまりクリスには反対する理由がまるでないのである。

問題はシルフィだ。

レッドが、「自分たちも同行する」と申し出たとき(正確にはクリスたちがレッドたちに同行する)、シルフィはかなりごねた。

レッドはともかく、ハルカが一緒なのが気に入らなかったらしい。

事あるごとに、ハルカに食って掛かっていた。

しかし街道に出、人の大勢行き交う場所に出れば、物珍しさに辺りをきょろきょろするのに忙しく、その頻度はかなり減っていた。

それでもやはり問題はシルフィである。

シルフィは妖精だ。

森と風の妖精(自称)だ。

妖精という生き者は、すでに世界から居場所をなくした存在だ。

百年以上も前に絶滅した存在。

レッドのように、それを知っているのは稀有で、ほとんどの人が、妖精は御伽噺の中でしか存在しない生き物だと思っている。

羽を生やした小人が実在したとは思っていないのだ。

妖精、という存在そのものはあまりにも有名なのに。

そんな御伽噺の住人が、今現実に目の前にいる。

威丈夫と美女の間に挟まれた線の薄い少年の肩に止まっていたかと思うと、ふわりと浮き上がり、あっちに飛びこっちに飛び、なにやら騒がしくしている。

少年がそんな妖精を叱り付けている。

仕方なく、といったふに妖精は少年の元に戻り、肩に腰掛ける。

道行く人々はそんな四人連れ?に目をやらないわけにはいかず、立ち止まってはぽかんと彼らを見、しかしその視線は妖精に釘付けで、そばに連れがいればひそひそと声をかわし、飛び立つ妖精を見ては口をあんぐりとあけて、不思議なその生物を指差す。

だからクリスたちが街道に出ると、彼ら四人連れ?の噂は瞬く間に広まった。

もちろんこうなることを、レッドとハルカは予想していた。

人の話題に上り騒がれることになるだろうと。

だからハルカは最初、いらぬ面倒はごめんだと、少なくても人がいるところでは、シルフィを鞄にでも入れて姿を隠させようと提案した。

それに猛反発したのはもちろんシルフィだ。

ハルカは譲らなかった。

意見のぶつかり合いが、ただの罵り合いに変わったところでレッドが仲裁に入った。

ハルカの言うことももっともだ。しかしシルフィにずっと姿を隠しておけとは言えないし、実際それは不可能だ。だったら最初から堂々としていたほうがよい。下手な小細工はしないがいい。いづれ無理が出ることは決まっているのだから。

クリスもレッドの意見に賛成だった。

正直言って、何故それほどハルカが気をもむのか分からなかった。

クリスにとってシルフィはそばにいて当たり前の存在だったからだ。

彼女とは物心ついたときから一緒にいる。

確かにレッドとハルカの反応でシルフィが、つまりは妖精が物珍しい存在なのだということは分かったが、二人はすぐにシルフィを受け入れ、打ち解けてくれたではないか。

賛成多数で、シルフィのことについては特に気を使わない、ということになり、結果としてハルカの予想通り人々の耳目を集めることになった。

それはともかく、四人連れ?は街道に出て二日目に、目的地であるロゴス神王国の主都ロゴスに着いた。

レッドとハルカは戻って来たわけわけなのだが、当然クリスとシルフィは始めて首都の地を踏んだことになる。

これまでの道のりで、旅行者や宿場の賑わいなどで十分に人の多さやその喧騒に驚いたはずだった。

しかしここでの人の多さとは比べ物にならない。

腕を伸ばせば必ず誰かに触れる。

ここにいる皆が皆腕を伸ばし合えば、途切れることのない人の輪が出来るのではないかと思えた。

さらに驚いたのは町の門である。

巨人のためのそれであるかのような、巨大な、石造りのアーチ型の門。

歩くことも忘れてぽかんと口を開けただ見上げるばかりのクリスと、クリスの肩に腰掛けてこれもまたぽかんと口を開けて見上げているシルフィに、ハルカはこの巨大な門は凱旋門というのだと教えた。

その門よりは低く、町をぐるりと囲むほどに広大な石造りの壁は、その昔、この大陸で、たくさんの国が争い合っていた時代の名残だとも教えた。

その時代には閉ざされていることが常だったという門をくぐり、クリスたちは町の中に入った。

門を抜けると街道よりも広い大通りがまっすぐに伸びていた。

100mほど先で十字路になっていて、そのあと等間隔で十字路が続いている。

俯瞰すれば、碁盤の目のような町の作りが分かっただろう。

むろんクリスが鳥の目を持ち得るわけはなく、相変わらずの人の多さと賑わいに圧倒されていた。

クリスたちを促がし、レッドに続いていくハルカに、クリスはふらふらとついていった。

レッドは門の脇に向かって歩いていく。

そこには幾台もの馬車が止まっていた。

レッドはそのうちの一台に近づいて、御者となにやら言葉を交わす。

御者が大きく頷いた。

「ああ。じゃあ、『おかみさんの店』まで頼む。三人だ」

「毎度!」

威勢のいい声を上げると、御者は御者台を降り馬車の扉を開ける。

レッドがまず乗り込みそれからハルカに促がされてクリスが乗り込む。

その際、御者の目にはクリスの肩に止まっているシルフィの姿が当然映っただろうが、彼が気に留めたのはそのことではなく、クリスの呟きのほうだった。

おそらく念押しに行き先を確認されたと思ったのだろう。

「『おかみさんの店』?」

「大丈夫ですよ、坊ちゃん。ちゃんと分かってます。他の何を知らなくても『おかみさんの店』を知っていなくちゃあ、馬車乗りは勤まりません」

むろんクリスには何のことやら分からない。

彼はきょとんとした顔のまま、レッドのかたわらに腰掛け、続いて乗り込んだハルカがその隣に座る。

御者はそれを確認すると再び御者台につき、手綱を一振りする。

馬車がゆっくりと動き出す。


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