その3
今夜は野宿しかないようだった。
月が出ているとはいえ、森の中だ。
陰になっているところはどこまでも暗いし、木々たちはもちろん、人間の都合などお構いなしに、そこかしこに文字通り林立している。
彼らの領土を、そうやって守っているのだ。
夜が広がる森の中でも、歩けないわけではない。
先に進もうと思えば進める。
しかし別に先を急ぐ旅でもないので、クリスとシルフィは、野宿するのに適した場所を探していた。
やはり少し拓けた場所がよい。
シルフィは、そんな必要はないといったのだが。
好きな場所で眠ればよいと。
「だって私がいるのよ。森のみんなが悪さするはずないじゃない」
確かに風と森の妖精(自称)のシルフィ・シルフィーナが側にいれば、森の獣たちが襲ってくるなんてことは(彼らの大半が眠りについているとしても)ないのかもしれない。
しかしクリスには一抹の不安があった。
決してシルフィを信用していないわけではないのだが、彼女の言葉には素直に頷けなかった。
えー。なんでよう。
納得いかない様子のシルフィに、クリスはその理由をはっきり言うことも出来ず、苦笑を返した。
今はけんかするのも面倒だ。
さすがに疲れているのだろう。
ぷんぷんと頬を膨らませ怒っていても、クリスの肩から飛び立とうとはしないシルフィだったが、突然クリスの耳をその小さな手で引っ張る。
張り詰めた声を出す。
「クリス」
「ん?」
「人の声がする」
「え?」
「声。話し声よ。男の人と女の人みたい」
「こんなところで?」
しかもこんな時間に。
自分たちのことは棚に上げて、クリスはシルフィに導かれるまま、慎重に歩を進めていった。
いまさらいったところで仕方ない、と彼女も分かってはいるのだろう。
しかしそれでも口にせずにはいられないようだった。
「全く。なんで私がこんな……」
ぶつぶついいながらも、少しでも快適に眠れるように、木切れや小石を取り除いて、できるだけ地面を平らにしようとしている。
そうしながらも、ぶつぶつ言うのはやめない。
「まさか野宿する羽目になるなんて。思ってもみなかったわよ」
「よかったじゃないか。いい経験が出来て」
傍らで火を起こすことに専念していた男が、穏やかにそう言った。
彼女はそれが気に食わなかったらしい。
「よくないわよ。
だいたいなんでこんなことになってると思うの」
「さあ。分からんな」
「あんたのせいよ!」
手を休めることなく、やはり穏やかに応じる男に、女は勢いよく叫び返した。
それでも男の穏やかな態度は変わらない。
あっさりと彼女の言葉を認める。
「確かにそうだな。俺も悪い。だがお前はどうなんだ」
「え?」
「お前に落ち度はなかったのか」
「そ、それは……」
一転、彼女の態度が弱々しいものになる。
咎めるふうもなく、男は非難の言葉を口にする。
「いかんな。責任逃れは」
女は何も言い返せない。
それが悔しいのであろうか。
何かを必死に考えている様子であったが、その何かが閃いたと見えて
「そもそもデューンが悪いんじゃないの?
私たちのこんな仕事押し付けてさ」
「なら断ればよかっただろう」
「そんなことしたら報酬がもらえないでしょう」
「それは当然だな」
「お金がないと、遊ぶことも食べることも出来ないのよ」
「それも当然だな。働かざるもの食うべからず、だ」
だから彼はこの仕事を引き受けた。
それで数ヶ月は遊んで暮らせる報酬が手に入る。
その金で彼は数ヶ月遊んで暮らす予定だし、金がなくなれば、また危険と隣り合わせ(とは限らないが、そうなる可能性大)の仕事を引き受ける。
そしてまた報酬を得、遊んで暮らす。
確かに先の保証のない生活だ。
毎日を地道に働いて収入を得るほうが、生活は安定している。
しかし彼はそんな生き方を選ばなかった。
性に合わない、というしかない。
だがそんな現状に、彼は満足している。
今。というこの時を居心地のよいものと感じている。
それは彼女とて同じだろう。
そうでなければ何年もの間、パートナーとして傍らには立っていまい。
それでも仕事が終われば文句ばかり言うのは、達成感と安堵感からだろう。
癖なのだ。
彼女にとって、儀式みたいなものだ。