その16
デューンが「同行する」と言った時にも驚いたレッドとハルカだから、さらにケイも加わると聞いたとき、二人が驚くのは当然だった。ケイに理由を尋ね、デューンと一緒にいたいからと聞いたとき、二人は呆れ、考えを改めさせるために言葉を尽くした。
「まあ、待て。早まるな。もう少しよく考えろ」
「そうよ。人生に絶望するには早すぎるわ。もう少しよく考えて」
「ひどいなあ」
それを聞いて、デューンは苦笑いする。
ケイはレッドとハルカに、心配してくださってありがとうございます、と礼を述べた上で、デューンたちに着いていく、と言い切った。決意は固いようだった。ケイを翻意させることが無理だとわかると、デューンだけでなく、ケイの同行も認めるしかなかった。
――ということを、大神官ルマ・ヤダイ・オーランとノード・イグニスはもちろん知らない。彼らはデューンにラス・メイを追うことを命じたが、その命をデューンはレッドとハルカに実行させるものと思っていたし、デューン自ら赴くどころか、そこにメイドまで同行するとは考えてもいなかった。なので二人がこの事態の処置をデューンには任せられない、と改めて考えたのは、それが理由ではない。ラス・メイの身柄は自らで(もちろんルマあるいはイグニス本人が、という意味ではなく、自分たちに忠実な、もっと信頼の置ける者を使って)確保すべきだと考えたのだ。
「しかし教団のやり方、納得できませんね」
「確かに。ラス・メイの件をこちらは快諾したのだ。あとは任せておけばよいのに――」
「しかし彼らがメイ家を訪れなければラス・メイの失踪を知るのはもっと後になったでしょう」
「確かに。だが分からんな。教団は何を考えている?」
「裏があるのは確かでしょう」
「ラス・メイに秘密があるとでも言うのか? どんな秘密があるのかは知らんが、たった一人の娘に振り回されるとは……」
「しかしそういうことなら大神官補に任せておくのはまずくありませんか?」
「うむ、そうだな。ならばラス・メイの身柄確保はもっとわれわれに忠実なものに任せたほうが良いな」
「そうですね。――ならばあの二人はどうでしょう。例の兄弟」
「あの二人か……。大丈夫かな?」
「大丈夫でしょう」
――そしてまたラス・メイ確保のために動くものたちがここにもあった。他ならぬルマとイグニスが疑いを持った『教団』の者たちである。
教団使節団は王宮の敷地内にある来賓館の一棟に宿泊している。最初は七日間の滞在予定であったのだが、急遽、今日に午後には発つことになっていた。むろんラス・メイ失踪事件を受けてのことである。その準備のために皆が忙しく動き回っているのかといえばそうではなく、使節団代表トラーニ・トランのために用意された一室に、トラン自身も含め、使節団の七人全員が集まっていた。
ソファに深く身を沈めたトラーニ・トラン。テーブルを挟んで同じようにソファに身を沈めている人物が一人。背後に並んで立つ五人と同じように、室内だというのにマントを羽織ったままだ。しかし彼らとは違い、フードは跳ね除けている。あらわになった顔は少女のものだ。透き通るように肌の白さと瞳の青さが目を引く。無表情だ。感情を押し隠した無表情。対面しているというのに、少女はトランを見てはいない。そっぽを向いている。トランに気にした様子はない。
「やはりあの方はどこにいてもあの方ということですね。今回もまんまと出し抜かれてしまいましたよ」「あんたが間抜けなだけでしょ」
そっぽを向いたまま言葉を返す少女に、気を悪くしたふうもなくトランは笑った。
「はは。これは手厳しい。まあ、確かにあの方を甘く見ていたことは認めますよ。最後の一夜くらい家族団欒、というものを楽しんでもらおうと思ったんですけどね。いらぬ仏心だったと後悔はしています。でもそのおかげであなたに出番が回ってきたともいえるんじゃないですか。リリス」
皮肉ですね。そう続けたトランを少女は睨みつけた。
「失礼」
謝罪の言葉を返しはしたが、そこにはまるで誠意がこもっていなかった。
リリスは再びそっぽを向く。
「いつまでも不機嫌でいられても困ります。だってそうでしょう。それがあなたの役目なんだから。あの片を捕らえる事が出来るのはあなただけなんだから。リリス」
「分かってるわよ。でも気が乗らないの」
「分からないでもありませんが……。でもこれはマイトレイヤ様の命ですよ」
「分かってるわよ。そんなこと」
少女の声には、抑えられない苛立ちがにじみ出ていた。