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その15

「ホント言うともう知ってたんだけどね。その話」


デューンは屋敷に戻ると、まずは使いのものをレッドとハルカのもとへ走らせ、すぐに屋敷にやってこさせるようにした。やってきた二人をまず自室に迎え、ケイにお茶の用意をさせる。それから急ぎの用件を切り出した。「ふんふん」と、神妙な面持ちで頷きながら聞いていたハルカだったが(レッドはなぜか屋敷にやってきたときからむすっと黙り込んでいる)、デューンが話し終えると口にしたのが、先の言葉だった。


「え、どうして?」

「レッドから聞いたの。レッドはナタリーから」

「ナタリー?」

「ラスのお姉さん」

「ああ」

頷いたものの、デューンはナタリー・メイとは面識がない。それにしても誰よりも真っ先に相談されるなんて、レッドはメイ家の人々にとても頼りにされているようだ。

「でも、そんな事情があったなんて知らなかったわ」

そんな事情、というのはもちろんラスの留学の件である。

「よっぽど嫌だったのね。町を出るなんて」

「そうだろうね」

「でもそんなに悪い話かしら。どちらかと言えばとってもいい話に思えるんだけど」

「うん。本当を言うと僕もそう思う。でもラスはそうは思わなかったんだね。だとしても町を出るなんて……」

と、そこまで言ってデューンはあることに気がついた。

「ちょっと待って。ハルカ、君、留学の件は初耳だって言ったよね。でもラスが町から消えたことはレッドから聞いて知っていた、そうも言ったよね。そしてレッドはラスのお姉さんからその話を聞いた、と。と言うことはラスは家族にも留学のこと、話していなかった、てことになるんじゃない?」

「そうだ」

と答えたのは今までむすりと黙り込んでいたレッドだった。

「ラスは誰にもそのことを話していなかった。誰にも話さず、町から消えた」

「レッド、もしかして怒ってる?」

「当然だ」

即答するレッド。

「人に心配をかけさせているんだ。何で怒らない理由がある」

レッドがメイ家の人たちに頼られる理由、それがなんとなくデューンにも分かった。

「ラスを見つけ出して連れて来いと言う今回の仕事――もちろん引き受ける。ハルカ、お前もそうだな」

「ええ、もちろん。ラスは私にとっても妹みたいなもんだからね」

「と、言うわけだ。デューン、俺たちはすぐにでも発つ。あとはいつものようによろしく頼む」

いつもの――とは、報酬の件である。おそらくレッドたちは、デューンの話を聞かずともラスの後を追っただろうが、デューンからの依頼を受け、これが仕事となった以上は、受け取るものは受け取る――そう言っているのだ。レッドも抜け目がない。

「ちょっと待って」

デューンの声に、レッドとハルカは驚いて彼を見る。「そういう話なら」などと言って報酬の支払いを渋るつもりではなかろうな、と二人して同じ心配をしたようだったが、そうではなかった。デューンは続けてこう言ったのだ。

「僕も一緒に行くから」

「え!」

二人とも驚いてしまった。

「お前も一緒に?」

「どういうこと?」

「どうもこうもないよ。言葉通りさ。僕も行く。すぐに準備するからちょっと待っていて欲しいんだ」

「いや、しかし……」

「心配いらないよ。報酬は全額前払いということにするから。そうしないと渡す機会がもうないからね」

「待て。どういう意味だ」

デューンは答えず、レッドとハルカよりもさらに驚いた様子でいるメイドに声をかける。

「ケイ。悪いけど手伝ってくれないか」

「あ、はい。デューン様」

連れ立ってデューンとケイは部屋を出て行く。レッドとハルカは黙って見送った。今まで一度として、デューンが同行を申し出てくることはなかった。立場上、出来なかった、とも言える。大神官補――有名無実な肩書きとはいえ、それでも責任や義務が生じ、自由気ままに振舞うことは許されなかっただろうから。先の言葉はデューンがそれを捨てた、捨てる、という意思の表れだ。レッドにもハルカにも、デューンを止めるつもりも、かといってその考えを後押しするつもりもなかった。決めるのはデューン自身だ。

「仕方ない。待つとするか」

「しょうがないわね」

溜息交じりに、レッドに同意するハルカの言葉は、デューンに向けられているようにも聞こえた。



ケイは、レッドやハルカと違って、デューンとの付き合いが長いわけではない。もちろん大神官補デューン・シス・オーランの名は知っていたが、デューンと言う個人を知っていたわけではない。ケイがこの屋敷で働き始めて、二週間も経っていないのだ。毎日そば近くで仕えているが、彼の人となりを深く知ったわけではない。だからレッドやハルカが先ほどのデューンの言葉から、彼がどういう心積もりでいるのかを察したようには、ケイにはまだ理解できていない。

「あの、デューン様」

ケイがデューンにそう声をかけたのは、彼が室内着から外出着に着替え終わった時だった。

「ん? 何、ケイ」

「はい。先ほどレッド様とハルカ様に仰っておられた事なんですけれど、一体どういう意味なんですか?」

「さっき?」

「すみません。どうしても気になってしまって」

「謝る必要はないよ。でもケイが気にするようなこと、言ったかな?」

「はい、おっしゃいました。デューン様もレッド様とハルカ様に同行なさる、と。お二人とも驚いておられましたが」

「ああ、そのことか。でもケイが気にするようなことでもないと思うけど?」

確かにそうだ。ラス・メイの一件はケイにはまったく無関係であるし、だから町を出たらしいラスを追ってハルカとレッドも町を離れる、ということも無関係だ。しかしそこにデューンが加わるとなると、話は別だ。デューンはケイの雇い主であるし仕えるべき主なのだ。

ケイはじっとデューンを見つめる。

向けられた、いつもとは違うケイの強い視線。デューンのその言葉の意味、理由をなんとしても聞き出そうとする意思が感じられる。別に隠すほどの理由はない。デューンは答えた。

「レッドたちにも言ったけどね、言葉通りの意味だよ。僕も町を出る。ただそれだけのことだよ。そしてもうここには戻らないっていうこと。ラスを見つけるまではレッドたちと一緒にいるつもりだけどね」

「……戻らない?」

「うん、戻らない。僕はオーランの姓を捨てることにしたんだ。ただのデューンに戻ることにしたんだ」

「……どうしてですか?」

「まあ、理由はいろいろあるけど。でもね、本当を言うとずっと考えていたことなんだ。ここを出よう、大神官補なんて偉ぶった肩書きは捨てよう、てね。でも、中々……ね。やっぱり中々楽な生活は捨てられるものじゃないよ」

黙り込み俯いてしまうケイ。

「ごめんね、ケイ。いい加減な主で。でも大丈夫だよ。僕がいなくなったことで、君や他のみんなが悪く言われることはないと思う。何か責任を取らされる、とかね。それに君にはイレナ様がいるだろ。本当に困ったことになったらイレナさまに相談すれば大丈夫だよ」

「でも私は……デューン様にお仕えしているんです」

うつむいたままケイはぽつりともらす。

「確かに以前はイレナさまにお仕えしていましたけど、今はデューン様が私のご主人様です」

「ケイ?」

「デューン様」

顔を上げたケイの面に、もう困惑を見て取ることは出来なかった。そこには決意があった。

「私もご一緒させてください」

「え?」

「私の主はデューン様です。デューン様がこの町を出るというになら、私もご一緒させてください。もう戻らないというのなら、私もご一緒させてください」

「え? いや、でも……」

「お願いします、ご一緒させてください。私――」

急な発熱でも起こしたように、ケイの顔が真っ赤になる。

「デューン様と一緒にいたいんです」

ケイの告白にデューンは目を丸くする。少女にしか見えない少年をあらためて見つめる。その視線に耐えられずにケイは俯いてしまう。しかしすぐに顔を上げ、まじまじとデューンを見つめることになった。

「いいよ」

デューンがそう言ったのだ。

「いいよ」

「デューン様……」

「ケイがそれを望むなら、僕にとやかく言うことは出来ないしね。でもいいの? しなくてもいい苦労をすることになるけど」

「それはデューン様だって」

「まあね。それは覚悟の上だよ」

「私も同じです。デューン様、だからどうか――」

ご一緒させてください。言葉にはせず、ケイはただデューンを見つめる。

「うん。いいよ」

デューンはもう一度言って、

「さあ、そうと決まったらケイ、君も準備をしなくちゃ」

「あ、はい」

ケイは笑顔で頷いた。

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