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ある日、頭に芽が生えていた。

作者: 抹茶珈琲

ある日、頭に芽が生えていた。

朝起きて、スマホでSNSを更新してから、顔を洗うために洗面台に行き、鏡を見たところで気が付いた。

細い茎に青々としたフレッシュな双葉が付いている。大きさは小指の先程なので、小さめだ。

なんだこれ、と思い、触ってみる。感触は、植物のそれとは変わらなかった。

なんだか気持ち悪かったので、引っこ抜こうと試みたが、残念ながらそれは叶わなかった。頭皮に根を張っているのか、芽と一緒に頭皮が引っ張られ、それが痛いのでやめた。

痛さのイメージとしては、髪の毛を引っこ抜く時の痛みの千倍ぐらいだ。とにかく痛いので、引っこ抜く気にはならなかった。

切ろうともしてみたが、思いのほかしっかりとしており、ハサミでは太刀打ちできなかった。

高校に向かう時間も近づいていたので、ひとまず学校に向かうことにした。幸い、少し髪の毛をいじれば、すぐに隠れてくれた。

高校に向かう電車の中で、スマホで芽のことについて調べるが、そんな愉快な状態になっている人はいないらしく、情報があふれかえっているこの世界でも、何もわからなかった。

頭に生えた芽について調べるのは諦めて、アプリでニュースを眺める。

「また、子供が亡くなったんだ」

それについてSNSで軽くコメントをつぶやいて、スマホをカバンにしまった。


そんな日々が数日続いた。だが、いよいよその存在を無視できなくなっていた。

「……成長してる」

水も肥料もやっていないのに、芽は少しずつ成長していた。ただ、新しい葉を増やすわけではなく、芽が巨大化していっていた。大きさは親指程となり、髪の毛で隠すことは困難になっていた。今は、怪我をしたということで、ガーゼで無理矢理抑え込んでいる。

わたしは嘆息をついた。それにしても、この芽はなんなんだろうか。

つついてみるが、いきがいいらしく、すぐに元の場所に跳ね返ってくる。

幸い、高校は土曜日で休みだったので、家のソファーで寝転びながら、スマホでまた調べる。だが、やはり何も出てこなかった。

病院にも行ってみたが、医者は何もわからないというばかりだった。精密検査でも、健康だとしか言いようがありません、とのことだった。

嘆息をつきながら、自分のSNSを開く。他人がコメントを残しており、それに自分のコメントを返してから、スマホをスリープ状態にした。


その翌日のことだった。

「……花が咲いてる」

双葉から茎が伸び、オレンジ色の花が咲いていた。ボールのような姿をしているが、多くの花弁が重なっているせいで、そう見えるらしい。

スマホでそれを撮影し、画像検索してみる。

「マリーゴールド? 名前は聞いたことあるけど、見るのは初めてかも」

とりあえず、頭の上でマリーゴールドが咲いた人がいるかを調べてみることにした。芽じゃなくて、マリーゴールドが生えてきた人ならいるかもしれない。SNSを開く。

「……なに、これ?」

普段、SNSの通知を切っているため、マリーゴールドを画像検索をした時には気が付かなかったが、SNSに尋常じゃない量の通知が来ていた。

その数、なんと千件を超えている。

わたしのフォロワーは五十人程だ。その多くはリアルな友達。とはいえ、その人たちに限定して公開しているわけでもないので、誰でもわたしのSNSの閲覧は可能だ。

いつもなら、通知が来ても、せいぜい十件程度。それも友達がいいね、をしてくれるぐらいだ。

それなのに、どうして。

疑問を抱きながら、通知画面を開く。

マリーゴールドが揺れた。

そこには、罵詈雑言が溢れていた。

「な、なにこれ……」

思わず、スマホを手放していた。腰が抜けた。床にお尻を思い切り叩きつけた。

罵詈雑言は、一瞬入ってきただけでも、到底、口にしたくないもので溢れかえっていた。

『死ね』

これは、まだ優しい表現の方だ。

『生きていることを世界に詫びろ』

この表現でも、まだ生ぬるい。

それ以上の、いや、それとは比較にならない悪意に満ちた言葉たちが、スマホの画面に無数表示されていた。

一体、何が起きたのか……。

それを確かめるためには、スマホを見なくてはならない。だけど、スマホを見てしまったら、相手を蹂躙することだけを目的とした言葉たちが襲い掛かってくる。

怖い。怖い。怖い。怖い!

ただの文章だ。ただの言葉だ。ただの、ただの、ただの無機質な文字でしかない。

それなのに、怖い。首元に刃物を突き立てられ、後頭部に銃を突きつけられているかのような心地だ。

それも一人ではなく、世界の全員にそうされているような心地だった。

喉が渇く。呼吸の仕方がわからなくなる。目が散り散りに動く。声が失われる。

心が震える。恐怖におびえる。

それでもわたしはスマホに手を伸ばした。何が起こったのか、確認するために。

「……嘘でしょ」

絶句した。スマホが手から再び滑り落ちた。いや、手が極度に震えてしまい、もはやスマホを持っていることができなかった。

全身が震えあがる。恐怖で、絶望で、ガタガタと大きな音を立てながら震える。

わたしのコメントが炎上していた。

たしかに、わたしは先日のニュース、子供が亡くなったというニュースに対して、心無いコメントを発した。そして、その後に、わたしのSNSに来たコメントに少しだけ反論をした。

他愛のないことだ。ちょっと頭に思いついたことを、ちょっと発しただけだ。本心ですらない、なんとなく思いついた言葉をつぶやいただけだ。

自分で、どんなコメントを残したのか正確に覚えてないぐらい、軽く発した言葉だった。

それが、轟音を立てながら燃えていた。

通知がひっきりなしに届く。その全てが、わたしを誹謗中傷するものだった。

「……ウッ!」

わたしはトイレに駆け込み、胃の中のものを全て吐き出した。

そして、そのままトイレで崩れ落ちた。

「わたしの人生……どうなっちゃうの」


その後も、スマホからの通知が鳴り止むことはなかった。

わたしという人間は、いつの間にかどこの誰であって、何をしていて、どこの高校に通っているのかなど、あらゆることが特定されていた。もちろん、その中には嘘も混じっていたが、わたしに否定することはできなかった。そんなことをすれば、炎にガソリンを投入するも同じだ。

アカウントを消しても、メールアドレスを変えても、携帯電話を変えても、何の解決にもならなかった。色々な方法で、わたしに誹謗中傷が届いてくる。

高校でもわたしは腫物扱いをされるようになった。一人になった。それだけではなく、陰口や嫌がらせを受けるようにもなっていった。

父と母は仕事を辞めた。いや、辞めざるを得なかった。わたしという存在がいることで、両親も誹謗中傷の渦に巻き込まれることになり、それは勤めている会社にも波及してしまったから。

わたしは、生まれてからずっと住んでいる家を引っ越すことになった。

近所から白い眼で見られることになり、時には知らない人から、貼り紙をされたり、頼んでいない注文が届いたりと、嫌がらせを受ける状態になってしまった。

到底、安心して住めるような環境ではなかった。

わたしは今、スマホを含むあらゆる情報媒体を手放し、周囲に誰もいない場所で静かに暮らしている。


もしも、あなたの頭に芽が出ているのなら、すぐに、自分の行動を改めた方がいい。

さもないと、わたしと同じ目に遭うことになる。

オレンジ色のマリーゴールドには「絶望」と「予言」という花言葉を持っているから。


~FIN~

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