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「感動しました!心優ちゃん先輩、私、ファンになっちゃいました!」
「あー、う、うん、ありがとう、鴇羽ちゃん」
彼女は握った先輩の手をぶんぶんと振りながらライブの感想を口にする。
先輩の表情は笑顔なんだけど少し引き気味。
もしかして小暮さんって先輩の苦手なタイプか?
って言うか、小暮さん、テンション高すぎ。
他のバンドのグループの人達も目を丸くしているし。
おかげでその日は結局先輩とゆっくり話が出来なかった。
ま、でも先輩との約束は果たしたし、俺以外にもJackson Lilly'sのファンが出来たって事で、それはそれで良かった……よな?
そして翌日土曜日の事だった。
「ひーさーやー!起きろぉ!」
「残念ながら俺の今の恋人はこの布団だ。世界一愛してるぜ」
「ヘタレ吸血鬼がなに愛を語っちゃってんのよ?」
俺の愛した掛布団が剝がされる。
5月の暖かさに少し寝苦しさを感じてたから、何だかんだでこのひんやりとした空気もちょっとは愛おしい。
そして俺の睡眠を邪魔する奴は、はっきり言って敵でしかない。
「シャー!!」
「猫かよ?」
威嚇した俺の頭をポンと叩くこいつの名前は水戸 モニカ。
お隣さんでひとつ年下の中学3年生。
ま、いわゆる幼馴染って奴だ。
「こんな休みのしかも9時って早朝じゃねぇか?何の用だよ?」
「9時は早朝とは言わない!なっちゃんが呼んでるんだよ」
モニカの言う「なっちゃん」とは月夜野 撫子、俺の双子の妹だ。
何だろう?
撫子が俺に用だなんて珍しい。
ちなみに昨日は俺が帰ったら既に夕食を済ませて部屋に戻ってたので顔を合わせてない。
ま、俺もライブで帰りが遅くなったってのもあるんだろうけどな。
「ま、いいや、おやすみ、モニカ」
掛布団がなくても今の季節なら何とか寝られる。
って事で、俺は優雅に2度寝を楽しむことに……。
「だーかーらー、寝るんじゃないっ!」
「ぐえっ!」
なんとモニカはそんな優雅な気分に浸ろうとする俺の体に跨るように乗ってきやがったのだ。
ってか、位置的にギリギリの位置なんだけど、モニカは気付いてないらしい。
危なかった。
モニカがもしもう少し後ろに乗っかってたら、朝の生理現象に気付かれるとこだった。
「お、おまっ!そんな気軽に男の体に騎乗位みたいな乗り方すんなよ!」
「へ?何?騎乗位って?」
相変わらず俺に跨りながら不思議そうな表情を浮かべるモニカ。
ああ、考えてみりゃまだ中学生だし、知らなくてもしょうがないか。
「なんでもない。それよりも……」
「ひゃっ!」
そう言って誤魔化すと、俺は急に上半身を起こすと、モニカの顔を手で包む。
「はぁ~、やっぱりいつも通り、モニカはもにもにしてんなぁ」
そしてモニカの柔らかいほっぺたをもにもに。
ああ、相変わらず柔らけぇ。
何て言うんだろう?
柔らかめの餅みたいな、そんな触り心地だ。
うーん、どんなに成長しても、ここだけは変わらないな。
「やぁへぇほぉー!」
「ははは、何言ってんのかわかんねえよ」
俺がその柔らかなほっぺの感覚を堪能していると、モニカの戸惑いの表情は徐々に怒りへと変わっていった。
「やめろって言ってんの!」
ボスッ!
「おおぅ!?」
そして俺の手から顔を離すと身を低くして俺の胸に頭突きをしてきた。
って鳩尾はダメだろ、鳩尾は……!
一瞬息が止まってしまったじゃないか。
するとモニカは頭突きにより倒れた俺の体から飛びのく。
「どう?目が覚めたっしょ?なっちゃんも私も暇じゃないんだから、早く下りておいでよ?」
そう言い残すとモニカは踵を返す。
そして去り際に振り返ると、ベーっと舌を出すと、部屋から出て行ったのだった。
って……。
「ガキンチョかよ?」
いや、まだまだモニカはガキンチョだな、うん。
そして俺はまだ少し痛い胸の辺りをさすりつつ、立ち上がったのだった。