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 先輩の血はすごく美味しい。

 いや、先輩以外の血を飲んだことがないから、他とは比べようがないんだけどさ。

 ここのとこ毎日先輩の血を飲んでて、それこそ飽きが来るんじゃないか?って思うんだけど、そんな兆候なんて微塵も感じさせる事の無い、すごく……何て言うか刺激的な味わいだと思う。

 だけど先輩はなんで毎日俺に血を飲ませるようになったのか?

 そこがわからない。

 それこそ休みの日とか、先輩のいない日はもちろん飴玉で済ませてるし、先輩も血を出す為に少しは痛い思いをしている筈だし……。


 手を消毒綿で拭き取り、先輩は自分の弁当箱を膝に乗せる。

 先輩の小さな体に似つかわしい、その小さな弁当箱には、色とりどりの具材が少しずつ入っていて、おそらく俺じゃなければその見た目だけで食欲がそそられるのだろう。

 そして先輩はまず最初に真っ赤なミニトマトから口にする。


「あの、先輩、ずっと尋ねたい事があったんですけど……」


「ん?なになに?緋叉弥くん」


 先輩はそのミニトマトが咀嚼する口をあまり見られたくないのか、少し間をおいて飲み込むと、箸を持った右手で口を隠しつつ、興味深そうに俺を見上げる。


「いや、毎日毎日嬉しいし美味しいし、こんな事を聞いて気を悪くしないで欲しいんですけど、先輩はなんで毎日、俺に血をくれるのかな?って……」


 すると先輩は特に考える様子もなく、今度は小さなハンバーグを丁寧に箸で1口大に割り、そしてそれを食べ終わると、少し困ったような笑顔を見せた。

 あ、先輩、気付いてないのかな?口の端にケチャップが付いてる。


「えっと、何て言うかな……。何だかね、緋叉弥くんに血を飲んでもらっている間って、何て言うか心が幸せな気分になって来るっていうか……えっと、すごく気持ち良いんだよね」


 先輩は恥ずかしそうに笑う。

 え……それって……?


「せ、先輩、それって……お……」


 俺は言いかけて口を噤む。

 いやいや、流石にそれを口にする訳にはいかない。

 もし口にしたら最後、俺の社会的死は……。


「んー……まあちょっとしたオナニーって奴?」


「……っ!?」


 おいおい、食事中になんて事を言い出すんだよ、この先輩。

 ……いや、もしかすると、俺が何も知らないだけで、もしかすると女子達の間ではこんな事を普通に話しているのかもしれない。

 初めてあった時も先輩、普通に俺の舐め方がエロいなんて事を言ってきたしな……。

 いや、それこそこんな事で戸惑ってるようじゃ、まるで余裕がないみたいに思われるかもしれない。


「あはは、すいません。またまた舐め方がエロ過ぎましたかね?」


「んー……そうだよ。それ。私を目覚めさせてくれちゃって……ちゃんと責任とってよね?」


「め、目覚め……」


 ダメだ。

 冷静を保とうとすればするほど、ボロが出る。

 っていうか、男同士でもかなりの関係性を築いてからでないと、そこまで入り組んだ話はしないと思うぞ?

 ……もしかして先輩って、それだけ経験豊富なのかもな……。

 俺より1こ上、だけど俺とは全く違う生活があって、俺とは全く違う友人関係があって、おそらく俺よりも色んな事を知ってて……。

 こんなに近くにいるのに、なんだか先輩がすごく遠くの存在のような……その時はそんな気がしたのだった。





 先輩に別れを告げ、そして俺は教室に戻る。

 教室を見渡すと、さすがにみんな食事を終えてたようで、みんなが好き好きに雑談をしていた。

 以前はそうでもなかったんだけど、ここ最近は飽きられたのか、俺が教室に入っても視線が集まる事もない。

 ま、毎日の事だしな。


「おかえり、緋叉弥くん」


「あ、うん、ただいま」


 いや、この教室にも俺に……いや、俺と心優先輩との関係に興味津々という様子の生徒が1人。

 隣の席の小暮さんだ。

 彼女はとにかく恋バナが好きそうで、教室に帰るたびに心優先輩との関係を尋ねてくる。

 いや、実際には付き合ってない。

 付き合ってないんだけど、俺が先輩の事を好きなのは事実な訳で、本当の事を言うのはそれはそれで何だか悔しい。

 だからいつもはぐらかしてるんだけどな。


「今日こそ心優ちゃん先輩との関係を……」


「……内緒」


 ま、ここんとこ毎日こんな感じだ。

 何だかんだで小暮さんもそれほどしつこい訳でもない。

 俺が誤魔化すとやれやれ……っていう表情を見せつつ5限目の準備を始める。


「ところでさ、小暮さん?」


「ん?」


 俺はふと、疑問に思ったことを彼女に尋ねてみる。


「小暮さんって普通にオナニーの話とか友達とする?」


「先生ぇー、ここにいる吸血鬼がセクハラしてきます!」


 小暮さんは俺の話を聞いて、特に動じる事もなく、まだ誰もいない教壇のエア教師に向かって手を挙げるのだった。

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