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「皆さん、こんばんわー!私達ぃ!」
「『|Jackson Lily's』ですっ!」
「今日は来てくれてありがとうございます!」
って、先輩たち、制服のままステージに立ってるし!
先輩達のグループは尖ったタイプのバンドではなく、何だかかわいらしさを前面に出したような、そんな雰囲気を受ける。
うん、確かに心優先輩のイメージに合っているな。
ちなみに先輩はボーカルとギター、夕樹さんもギターみたいだ。
MCもそこそこに、最初の曲が始まる。
聞いたことのない曲……これってオリジナル曲かな?多分。
って言うか、いきなりこんな場所に来たのは良いんだけど、どんなノリで聴いたら良いんだろうか?
……うん、周りを観察するしかないか。
いくら舞台の上だって言っても、先輩って小さいから、上半身しか見えない。
だけどギターを演奏する姿が、何だかさっきまで話してた先輩とはまるで別人みたいに思えるほど……。
「か、かっこいい……!」
ついつい感動が口を衝いて出てしまう。
そして長めのイントロが終わり先輩がその小さな顔の、その小さくて可愛らしい口をいっぱいに広げ、歌い始める……!
先輩達は全てオリジナルで数曲披露し、舞台袖に去っていく。
そして残された俺は、先輩達と入れ替わりで入ってきたグループが準備をするステージを呆然と眺めていた。
あれはいったい何だったんだろう?
先輩のあの小さい体から出てるとは思えない、ものすごく力強い歌声。
確かに夕樹さん達の演奏も素晴らしかったけど、それ以上に俺は先輩の”声”に感動してしまった。
そうだ。この感動を、先輩に伝えたい……!
そう思った俺は次のグループも観ずに楽屋へ向かったのだった。
楽屋に着くと一回立ち止まり、大きく深呼吸をする。
いきなり楽屋に部外者の俺が行ったらどう思われるだろう?
だいたい先輩達以外にも出演者はいるだろうし……。
ゴンッ!
「痛っ!」
いきなりドアが開き、俺は頭を打ってしまう。
「あぁっ!ご、ごめんなさい!大丈夫……?って、緋叉弥くん!?」
なんと、楽屋のドアを開けたのは先輩だった。
「はい、水なら飲めるんだよね?」
「はい。ありがとうございます」
自販機から出てきたよく冷えた水を渡される。
先輩も俺と同じ水を買ったようで、それをごくごくと飲み始めた。
うっすらと汗をかいている先輩の首元を見ると、よっぽど喉が渇いていたんだろうな。
喉をコクコクとさせながら水を飲んでいる。
何だかその仕草が妙になまめかしく感じて、俺は思わず先輩から目を逸らしてしまった。
なんだか先輩を見るだけでも妙な罪悪感を覚えてしまうような、そんな感じだ。
「あの、先輩」
「ん?」
「先輩の歌、めちゃくちゃ感動しました」
「……ふふっ、随分とストレートに言ってくれるじゃん。ありがと」
「あの、俺、誰かの歌を聞いて、これほど感動したのって初めてです。ステージの上の先輩は……誰よりもかっこよくて、輝いてました」
「ちょ、ほ、褒めすぎ……。照れちゃうって」
「あの、俺、ファンになっちゃいました。これから先も、先輩を追っかけてって良いですかね……?」
「ふふっ……そっか……うん、私も嬉しいよ」
するとすぐ隣に立っていた先輩が俺の前に回ってきた。
そして俺の目を真っ直ぐに見上げる。
「こうやって見ると、緋叉弥くんの目って結構きれいだよね?何だか……うん、サファイアみたい」
面と向かって言われると、何だか照れてしまう。
そして先輩は俺の目を見て悪戯っぽい表情を浮かべた。
「うん、そうだね。私、緋叉弥くんの事、気に入ったよ。だからさ、その、きれいな目でずっと私を見ててよね!」
「は、はい!」
すると先輩は満足そうな笑みを浮かべる……って、あれ?
さっきまでの表情が崩れ、何だか驚いてるような……。
「えっと、緋叉弥くん……また、目が赤くなってる」
「えぇっ!?」
ああ、先輩の前なのに全然決まらないな。
すると先輩は突然プッと吹き出す。
「ふふっ、また私の血、飲む?」
うう、でも背に腹は代えられない。
ここはまたご厚意に甘えとくとしようかな?
「え、えっと……ご相伴に預かります」
「うん、じゃ、ちょっと楽屋まで来て。誰かが針か何か持ってるでしょ」
そして先輩は楽屋に向かって歩き出した。
「あ、そうだ。ね?緋叉弥くん!」
先輩はくるりと振り向き俺を見上げる。
何だか踊ってるような、そんな仕草だ。
「お礼、楽しみにしてるよ?」
「へ?」
「家憲なんでしょ?緋叉弥くんち……えっと、月夜野家の」
「あ、あはは、そうでした」
こうして俺は先輩に出会った。
ちょっと変わってるし、結構強引な人だけど、すごく優しくてかっこよくて……。
それはどの瞬間からだったのだろう?
先輩に出会った瞬間?それとも歌声に感動したあの瞬間だろうか?
それは俺にはわからない。
わからないんだけど……。
俺、月夜野 緋叉弥は先輩、榊 心優に恋をしてしまったのだった。