覚えのない場所
気が付くとそこは見覚えのない薄暗い空間で、俺はベッドで寝ていた。
俺はなぜここにいるのかわからない。
それとここしばらく何をしていたかも思い出せない。
また、身につけているのは真っ白な病衣だが、所々破れている。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡してみた。
部屋には四人分のベッドと棚が二つあり、蛍光灯は着いたり消えたりを繰り返している。
となりのベッドには俺と同い年くらいの女の子が横たわっていた。
……この子は誰だ?
そんなことを思っていると女の子も目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
ゆっくりと辺りを見渡していると、俺と目が合う。
「……えっと、あなたは?」
「え、あぁ。俺は黒崎浩太。気がついたらここにいたんだよ」
「そ、そうですか。あ、私は佐藤優香といいます」
始めて話したはずなのだが、どこか安心感がある。
不思議な感覚だ。なぜか初めて会ったはずなのにそんな気がしないのだ。
この子とどこで出会ったのだろうか?
そんなこと考えていると優香は突然頭を押さえて驚愕したような困惑したような表情を浮かべていることに気が付いた。
「お、おい、どうしたんだ?」
「……らない……わからないの……」
「な、何がだよ」
「ここ最近、何をしていたのか思い出せないの……!」
「いや、そんなことあるわけ……」
あれ、何故だ。
俺、昨日は何してたんだっけ?
というか、さっきまで何をしていて、いつ寝たんだっけ……?
さらに、ここ数か月の間、何をしていたのかも思い出せない。
「……俺も思い出せねぇ」
「どういうことなの……」
訳が分からない。俺たちはなぜここにいて一体どうすればいいのだ。
このままじっとしていていいのだろうか……?
「なぁ、これからどうするよ」
「どうするって……どうしたらいいの……」
優香は俯いたままで、声も震えていた。
どうやらかなり精神的に応えているようで、恐怖の色が見て取れる。
正直、俺もどうしたらいいのか分からないがじっとしていても何も起きない気がしている。
ベッドから立ち上がり、部屋に置かれている棚の方へと向かった。
その棚には様々な本が並べられていたが、ある本の見出しを見て驚愕した。
それは、昨年起きたはずの出来事を取り上げている雑誌なのだが、見出しにはそれから十年がったと書かれていたのだ
慌てて発行年数を見ると、二〇二九年と書かれていた。
どういうことだ、何で十年後の雑誌がこんなところにあるのだ。
他の本を見てみるも発行されているのが未来のものばかりだ。
今、俺たちがいるのは未来なのか?
そんな疑問を抱きながら本をあさっているとある切り抜きが本の間に挟まっていたのを見つけた。
何かと思い見てみるとそこには『人類滅亡の危機』という見出しが描かれていた。
どうやら、ある国でとあるウイルスが人々に感染し、異常反応を起こした。その異常反応というのが映画や漫画で見かけたりするゾンビのそれに似ていることが書かれている。
異常を起こした人は次々に人に襲い掛かり、かみつかれた人は同じように異常反応を起こし伝染していったらしい。
「……どういうことだよ。何なんだこれはよ!」
あり得るはずがない、こんなおかしなこと。
そんな非日常的な記事を見ただけなのに溢れ出す恐怖。
実際にその現象を目の当たりにしていないのに、脳裏に浮かびあがるその光景。
そして、突然頭が割れそうになるくらいの激痛が走り、頭を押さえてその場に崩れ落ちる。
「う……がぁぁぁ! あ、頭が……ぐっ、あぁぁぁ!」
ただでさえ訳の分からない事が続いたせいか、限界を迎えたみたいだ。
叫び続ける俺を優香は心配と恐怖の混ざった表情で見ている。
次第に収まり、激しい息遣いのままゆっくりと立ち上がる。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
「はぁ……はぁ……あぁ、大丈夫。急に叫びだして悪いな……」
「えっと……どうかしたのですか……?」
「……何でもない」
これ以上変な心配をかけるわけにはいかない。
ただ、これからどうしたものか。
わからないことといえば、まず俺たちはなぜこの場所にいるのか、これからどうすればいいのか、元の場所には帰れるのか。
何もせずここで過ごすくらいなら、わかることを探しに行った方がましだ。
痛みが響く頭を抑えつつ俺はゆっくりと立ち上がり、扉の方へと歩き出す。
「……どこに行くの?」
「ずっとここにいても仕方ない、なら帰れる手段を探さねぇと」
「……怖くないの?」
「そんな訳ないだろ、正直きついぜ。でもいつまでもこんなところにいられないだろ」
そう言って俺は部屋の扉に手をかけた。
すると、優香がこちらに駆け寄ってき、俺の服をつまむ。
「ま……待って。一人は怖いから……」
「……じゃあどうする。一緒にこの病院を探索するか?」
優香は震えながらもゆっくり小さく頷く。
怖いはずだがその目からは覚悟を決めたことがわかる。
俺は小さく頷き再び手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。