閑話 狐と狐
「ただいまー。はぁ、疲れた……でも楽しかったー」
「……おい」
「うわっ!びっくりした……何よ母さま、音もなく出てこないでよね」
「あざみ、また人間の都へ行っていたな?」
「ぇ、えー?なんのことですかね……」
「とぼけるんじゃない」
「あいたっ」
「まったく……お前というやつは。この短期間に一度ならず二度までも。なぜ言いつけを守らないんだ」
「別にいいでしょ?ずっとこっちにいたって退屈なんだもの。母さまの領地、森と川と野原以外なーんにもないし。隣の意地悪鼬とだけ遊んでろって?」
「妖の世界はそういうものだ。それに、子供の頃は飽きずに遊び回っていただろう」
「子供の頃は子供の頃、今は今なの。私だって、お年頃ってやつだもん」
「……何だと?」
「えへへ、コレなーんだ?」
「っ!!それは……」
「冬四郎って武士さんに買って貰ったの。この前は水あめおごってもらって、今回はこの腕飾り。あ、あと魚の干物も」
「そんなもの……」
「そんなもの、じゃないですから。結構高かったんだよ?母さまだって、あの首飾り大事にしてるでしょ」
「……あれは」
「似たようなの、市場で見たよ。母さまのほどキラキラはしてなかったけど」
「……人避けの術を使ってなかったのか?」
「使ってたよ。使ってても冬四郎にだけは気づかれたの。何でだろうね」
「…………」
「んむんむ、もぐもぐ……母さま、またお魚がちょっと生焼け。それに小骨結構残ってるし」
「食べながら喋るんじゃない。私はこの焼き加減がいいんだ」
「嘘ばっかり。前みたく焦がすの怖かったんでしょ。だから私が作ったげるって言ったのに」
「……いいだろう、別に。私は料理が好きなんだ。たとえ上手く作れなくてもな」
「はいはい、知ってますよ」
「……それで」
「へ?」
「どんな男だ、その人間の武士は」
「……えへへ、母さまやっぱり気になるんだ」
「いいから教えろ」
「うーん……からかい甲斐がある人?私と話す時いつも顔が真っ赤で、たまに目線が胸元に落ちてて、あとくっつくとすぐに慌てて……ふふっ」
「…………」
「にやけるの誤魔化すために眉間にシワ寄せたり、そっぽ向くのも面白いし」
「…………」
「でもね、でもすごく良い人だと思う、冬四郎は。まだ二回しか会ってないけど、それでもそんな気がしたの」
「……冷めるから、早く食べろ。あざみ」
「何その反応。自分で冬四郎のこと聞いてきたんでしょ?もう、気難しいんだから」
「……あざみ」
「んー?なぁに、母さま。私今日は疲れたしお風呂でぽかぽかだしで、このままお布団の中で爆睡したいんですけども」
「これを言うのは二度目だが、人間の世界に行くのはやめるように」
「…………」
「人避けは高度で強力な術だが、冬四郎とかいう武士には見つかったんだ。他の人間にも、ということがあるかもしれない」
「…………」
「その男はお前に好意的だったかもしれんが、誰でもそうとは限らない。妖と人間は違うんだ。だから」
「分かってます。もう行きません。あざみはこのふさふさで可愛らしい耳と、二本の尻尾に誓います」
「本当か?」
「ほんとほんと。じゃあね、もう私ぐっすりと眠るから。灯り消してよ」
「……分かった、おやすみ」
「おやすみー」
「…………」
「…………」
「……あざみ?」
「あ……暗がりで鈍く光るんだ、この腕飾り……えへへ……」
「……はぁ」
次回、「第八話 うわの空」