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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
7/35

第七話 絶対に

小さな一区切りまで来ました。ブクマ、評価、感想等いただければ幸いです。

「かぷっ。もぐもぐ。うーむ……美味しいけど、なんかしょっぱい」

「海魚の干物はこんなもんだ。塩っ気があるほうが美味い」

「えー、そう?あたしはもうちょっと薄味でもよかったけどね」


 市場の散策を終え、少し離れた人目につかない小さな広場で、あざみと干物を片付ける。

 俺は指でちぎりながら食べろと言ったのに、あざみは小さく口を開けてそのまま魚の身にかじりついていた。

 ぱりっとした音をたてて干物がちぎれ、あざみがそれを噛み締める。

 食感を堪能しているのか、目を閉じて味わう横顔は、何ともいえない可愛らしさがあった。


「んぐっ。あ、また見惚れてる」

「そ、そんなんじゃねぇよ」

「女の食事を間近でじろじろ見るなんて、すけべー」

「くっ……」


 俺は誤魔化すように自分の分の干物の頭にかじりついた。

 頭は少し苦いし、食べ心地も微妙だ。だが、俺はとにかくがつがつと貪っていく。

 あざみが楽しそうに見てくるせいで、止めどころが無かった。


「むっ、ちょっと待って!」

「ふぐっ!?」


 いきなり唇を細指でつままれ、干物を咥えたまま咽る。

 あざみの指先が柔らかく温かく、それでいてこちらを制するように力んでいる。


「一気に食べたら無くなっちゃうでしょうが」

「んぐ、ふ……」

「それとも、あたしが食べ終わるまで、横で指咥えてじーっと見てるつもり?」


 狐の少女の言うことはもっともである。

 女性に対する配慮がなかった、のかもしれない。

 俺は謝罪しようと干物から口を離そうとして。


「ほほぉー、冬四郎の唇結構ぷにぷに」

「むふっ!!?」


 あざみが俺の唇で遊び始めた。

 指先で挟んだまま、なでなでぷにぷにと弄んでくる。

 そして悪戯な色の強い笑顔が、少しずつ俺の咥えた干物の側面へと寄ってくる――


「あむっ」

「っっっ!!!?~~っ!!っ!っ!」

「はむはむ……あ、冬四郎の食べてる干物の方が味好みかも。取り替えて?」

「ぶはっ!ば、ばばばば、馬鹿言うな馬鹿!げ、げほっ、ごほっごほっ!」


 何を言い出すんだこいつは。何を。

 突拍子もない発言に動揺して、魚の身が喉の変なところに入った。

 思わず何度もむせてしまう。


「かはっ、うぅ……はぁ、はぁ……あ、あのな、お前なぁ……!」

「あはははっ!あー、冬四郎の反応最高ー!あははははっ!!」


 あざみが大笑いしながら俺の肩をばしばしと叩く。

 胸が張り裂けそうなくらいばくばくとして、言い返すどころではない。

 俺は真っ赤になった顔を背け、落ち着くまであざみのちょっかいを堪えた。

 こいつの奔放な振舞いには、たまについていけなくなる。


「ふふふ、冗談だから。心配しないでね」

「っ、当たり前だろ……お前ホント、なんて破廉恥なことを……」

「あ、でも取り替えてくれるなら、本当に取り替えても……いいよ?」


 不意打ちのように俺の腕を柔らかな胸に抱き、あざみが耳元で囁いた。


「…………」

「ありゃ、不発?」

「…………」

「ん?」

「…………」

「固まってる。よし、今のうちに冬四郎の干物もうひとかじり……」

「やや、やめんか!こら、やめろっ!離れろ!」

「やーん、おさわりはまだ禁止ですー。昼間ですよー?人避けの術切ろうかなー?」

「ま、待てっ!絶対やめろ!!」

「むふふふ……」


 あざみが笑い、俺が焦り、二人で馬鹿をやって、そうして時間が経っていった。






「ふぅー、美味しかった。ごちそうさまでした」

「ああ、ごちそうさま……干物食べるのに、随分とかかったな」

「そうだね、もう夕方。まったくもう、冬四郎がちょっかい出すから」

「ちょっかい出してたのはお前だろ、お前」


 俺達は、干物を食べ終えた。

 喋りながらちびちび食べたおかげで、既に辺りは夕陽に染まっている。

 思えば、昼過ぎから半日近くこいつと一緒にいたということだ。

 そう考えると、今さらながら妙に気恥ずかしくなる。


「それじゃ、今日はこのくらいでお別れかな」

「……おう」

「ありがとうね、冬四郎。すっごく楽しかった」


 あざみが急に勢いよく立ち上がり、軽やかに少し歩いた。

 振り返った美貌が屈託なく輝き、俺に笑いかけてくる。

 笑顔につられるように、俺も腰を上げた。

 食事中に狐の耳がもぞもぞ動き続けたせいで、手ぬぐいが少しだけずれている。

 手をやって直してやろうかと思ったが、妙な気を起こしたかと思われると。


「お、なんか手がわきわきしてる」

「し、してねぇよ」

「もう……気が早いんだから。おさわりはまた今度って言ったでしょ?」

「だ、誰がっ……からかうんじゃねぇって……全く」

「ふふふ…ね、冬四郎。またどこか、楽しいところへ……連れてってくれる?」


 一際優しい音色に、どくんと胸が跳ねた。


「え……また、って」

「また会いましょうってこと。当たり前でしょ?もしかして、もう私に会いたくないの?くすん…」

「いや、そ、そんなことはないぞ!俺は……」

「あ、それとも次は冬四郎の家で遊ぶ?」

「ぶーっ!!」

「冗談だって。そんな嬉しそうにしないでよ、顔真っ赤」


 あざみが急に変なこと言うせいだ。

 鼻の奥がつんとして、俺は目の前の少女をまた直視できなくなり、俯いてしまう。

 視界の外でくすくすと笑う声に聞き入っていると、あざみが少しだけ距離を詰めてきた。


「じゃあ……もう行くね」


 顔を上げると、広場へ差し込む夕日が、至近で見上げてくる小柄な少女を彩っていた。

 穏やかな形の眉、青色に輝く瞳、小さな鼻の下で唇が何かを言おうと少し開いて――


「こーら、また見惚れてるし」

「うわっ」


 頬をつねられた。


「ね、また会おうね。冬四郎」

「……ああ、絶対に」

「はぁー、『……ああ、絶対に』ですって。武士さんカッコいいー」

「う、うるせぇ……帰るなら早く帰れって。でないと……」

「……でないと?」

「いや、その……」

「でないと……なに?」


 あざみが首をかしげて聞き返してくる。

 でないと、その。なんだ、何を言おうとしたんだ、俺は。

 何かとんでもないことを口走ろうとした気がしてきた。


「いや……何でも、ない。気を付けて帰れよ」

「……うん。じゃあそろそろ行くね」

「……おう」


 あざみが背を向け、数歩遠ざかった。

 夏祭りの夜と同じだ。手ぬぐいがほどかれ、狐の耳と美しい金色の長髪があらわになる。

 細い指がゆっくりと狐の形を作り、しかし何かを言い忘れたように動きを止めた。


「そうだ、言い忘れてた。えへへ……買ってもらった腕飾り、大事にするからね?」

「……ああ」

「おやすみ、冬四郎」

「……おやすみ、あざみ」


 笑顔で別れの言葉を交わした直後。

 まばたきの内に、妖の少女は姿を消した。

 足元には、またも一枚の木の葉が、落ちていた。


「…………」


 俺は木の葉を拾い上げた。

 夕焼け空に透かして見ると、生き生きとした葉脈が無数に走っている。

 まぎれもない、あの時と同じただの葉っぱだ。あざみ自身が、そう言ったのだ。

 だが俺にとってはあいつが――あざみが、確かに今ここにいたことの証でもあった。


「また会えるよな……絶対に」


 俺はあざみの残した葉っぱを空っぽになった銭袋に入れ、ひとり家へと帰っていった。

次回、「閑話 狐と狐」



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