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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
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第六話 あざみとの時間

「さぁさぁ、寄ってごらん見てごらん!都土産はこれで決まり!」

「安いよ安いよ!今日はいつもより安いよ!」

「皆さんご存知、西国仕立ての九重木綿!本日あと二反限りです!」

「どうだい"内裏御用達"のこの立て札!これ一枚であやかしも盗人も怖くない!」


 西の市場はいつも通りの人だかりだった。

 大きく開けた場所に大小の店が所狭しと並び、盛んに客引きが行われ、あちこちで店主と客の値引き交渉が応酬されている。

 米や魚や鶏、油や着物に食器に装飾品、刀剣、牛馬、果てはいかにも怪しげな品まで、多種多様なものが集まる場所であった。


「うわー……通りより人間が多いね。今日も何かお祭りやってるの?ここ」

「いや、これがいつもの光景だ。都で人が一番集まるところだからな」

「はぇー」


 俺の腕に抱きついたままのあざみが、眼前の人混みに感嘆の声を漏らす。


「同じような市場が東にもあって、月の後半はそっちが賑わう。代わりにこっちの西市は休みだ」

「何で?」

「あー……客の奪い合いを防ぐためじゃないか?まあ六波羅としては喧嘩の種が減ってありがたいことだ」

「ふーん、そう。よし、じゃあぐるっと見て回りましょうか!」

「こ、こら、だから引っ張るなって……!」


 身を乗り出すように進むあざみをなだめながら、店が立ち並ぶ通りを歩き始める。

 妖の少女は初めて見る市場の様子に興味深々だ。

 何度も立ち止まってはせわしなくきょろきょろとして、陳列された品を眺めている。


「あはは、ねぇ何この馬の人形細工!なんで頭の部分だけこんな大きいの?」

「これは頭を叩くと揺れる玩具だ。結構売れるぞ。こういうの好きな奴多いんだよ」

「ええー、何で?えいっ……あ、ホントだ。可愛いー!えい、えい!あははははっ!」

「おい、店先であんま騒ぐな!」

「大丈夫大丈夫!ほら、次のお店!」


 あざみは店主の前で大声で騒ぎまわり、馬頭の人形を弄って遊び、俺を引きずるようにして次の店へ向かう。

 店主は俺達二人が品物を見ていたことに気付いていない。人避けの術の力だ。

 勝手に揺れた人形細工へ少し目をやり、さっきまで話していた別の客との会話に戻った。


「あれ?あの人達、冬四郎が前着てたのと同じ着物じゃない?」

「っ!?」


 不意にあざみがあげた声に、俺の全身から汗が噴き出る。

 指さす方向を見れば、人混みの中をきょろきょろしながら歩く、藍染の着物姿の武士が三人。

 六波羅ろくはらの武士だ。しかも、見知った同僚たち。

 忘れていた。この時間帯は、市場の警邏に来ることもあるのだ。


「やべ、……あざみ、ちょっと隠れるぞ」

「人避けの術効いてるよ?」

「万が一があるだろ。ほら、ちょっと来いって……!」

「えぇ~、せっかくいいところなのに……」


 俺はあざみを連れ、同僚達から隠れるようにして、店と店の間の狭い隙間に入った。

 そのまま息を殺して、様子を見る。

 冗談じゃない。同僚にもしこんなところを見られれば、俺は明日から六波羅で針のむしろだ。

 そして何より、あざみのことを、知り合いの誰にも知られたくなかった。


「大げさすぎ」

「いいから動くなってば……頼むから」

「はいはい。じっとしてますよー……ぴと」

「く、ぉ……!?」

「んー、冬四郎の背中あったかい……ふー」


 必要以上に密着してきたあざみの温かさと良い匂い。

 耳元での囁きと吹きかけられる息。

 頭が沸騰し、気を失いそうになりながらも、俺は同僚たちの動きを窺う。

 三人のうち一人がとある店先で急に立ち止まり、焼き菓子を買って前の二人を追っていった。

 そのまま同僚たちは市場の人混みの中を、入口の方向へと消えていく。

 どうやら警邏が一段落し、市場から去るようだ。


「……ふぅ、行ったか。しかし、六波羅ともあろうものが仕事中に買い食いとは…」

「君だって、夏祭りの日に水あめ買ってたでしょ。しかもどんぶりで」

「あのな、あれはお前がねだったから……ってそうだ、思い出した。お前があんないっぱい水あめ買わせたせいでな……」

「もう大丈夫だよね?続き続き。冬四郎ってほんと恥ずかしがり屋さん」

「……色々あるんだよ、俺にも」

「知ってる。私を独り占めしたいとかでしょ?」

「な、ち、ちがっ……!!」

「うーん、まあそういうことなら独り占めされてあげますかねぇ。むむむ…人避けの術を念のため二重にして、と……」

「そ、そそそういや何かおごってほしいんだったよな!?よし、行こうぜ!」

「……くすくす」


 俺達は再び市場の通りへと戻った。

 あざみが俺の腕から離れ、あちこちに目をやりながらふらふらし始める。

 頭に巻かれた手ぬぐいの中で、狐耳が嬉しそうに軽快に揺れている。

 なんとなくだが、人々がさっきまでより俺達を遠回りに避けるようになった、気がした。


「おぉー……おっきい魚の干物がいっぱい。都の川にはこんなのがいるの?」

「いや、これは海の魚だな。遠くから売りに来たんだろう」

「うみ?」

「都に流れてる川をひたすら下ると、馬鹿でかい湖みたいなのがあるんだとよ。その近くの村人が、売りに来てるんだ」

「なるほどねー。都で売った方が高くいっぱい売れるからってことね」

「ああ。前に食ったけど、美味いぞ。そのままかじりついても結構いける」

「じゃあ、これ買ってくださいな」


 人目につかない物陰で人避けの術から外してもらい、俺は一人で店を訪ねる。

 店主と何度か言葉を交わし、銭と引き換えに魚の干物を一枚買った。

 あざみの方を振り返ると、口をぱくつかせながら、指を二本立てている。

 贅沢な奴である。俺はもう一枚、別の魚の干物を買った。


「気が利きますねぇ、武士さん」

「別にいいけど、二枚も食えんと思うぞ?」

「いいの。一枚は冬四郎にあげるから。くんくん……うーん、魚の匂いがする……」

「魚だからな」


 干物の入った包みを揺らしながら、しきりに匂いを嗅ぐあざみ。

 傍から見ていて少し珍妙な光景だ。

 やはり狐の妖だから、鼻がいいんだろうか。


「あ、やっぱり狐なんだなとか思ったでしょ」

「……思ってねぇよ」

「ふふふ、食べるのは他のお店見てからね」

「そうだな」


 包みを持ってやろうとしたが、あざみはしっかりと持って離さない。

 ただの干物だが、喜んでくれて何よりだった。


「ってちょっと待てっ!?」

「うわっ!?急に大声出さないでよびっくりしたぁ」

「こっちだこっち、早く!」

「えぇー?またなのー?」


 あざみを引きずり、急いで出店の隙間に滑り込む。

 そのまま息を潜めていると、白藍の着物を着た小さな検非違使けびいしが、軽やかな足取りで俺達の前を通り過ぎた。

 しょっちゅう俺を妖退治に付き合わせるやつ、夏梅なつめであった。


「ふんふんふーん。んー、今日もいい匂いがいっぱい……何買おうかなぁ……」


 夏梅のやつは変な鼻歌混じりに食い物を売る店を物色している。

 検非違使も一応、六波羅と同じく都の見回りをするはずだが、あいつの場合はどう見ても見回りじゃなかった。

 ただの買い食いである。


「……よし!おじさんすいません!タレ鶏串二本と柚子汁一杯と、あ、あとこれ何の包みですか!すごく美味しそうな匂いが!」


 仕事着で堂々と何をやっているんだろうか。しかも、遠目に見ても凄まじい散財ぷりだ。

 妖退治の度に『ウチお金なくて……えへへ』とか言うから俺がおごってやっているというのに。

 今度絶対におごらせてやる。


「夏梅のやつめ……」

「……ねぇ冬四郎、誰あれ?」

「ん、まあただの知り合いだ。仕事仲間というか、なんというか」

「ふーん……ずいぶん綺麗な……人だね」

「へ?」


 あざみが妙に真剣ぶって、はしゃぎ回る夏梅を見ている。

 綺麗、だろうか。髪はぼさぼさだし、頬はいつも泥がついてるし、確かに顔立ちはとても整っていると思うが。

 俺の中では、顔云々よりも騒がしいヤツだ。

 まさか、ああいうのがあざみの好み――なわけはないだろう流石に。


「もしかして……冬四郎の恋人とか?」

「いや、なんでだよ」

「なんだ違うのかぁ。はぁー」

「……?」


 頬を緩めて大きく息を吐くあざみ。

 よく分からないが夏梅がどこかへ消え失せたようなので、俺は大通りへ戻ろうと立ち上がった。

 あざみが当然のごとく腕に抱きついてくる。

 もう注意する気にもならず、俺は黙ってあざみのしたいようにさせた。


「もう……冬四郎って知り合い多過ぎ。私、もうちょっと落ち着いて見て回りたいのに」

「落ち着いてって、お前が言うか?はしゃいでるのお前だろ」

「へー?冬四郎だって内心はしゃいでるくせに……」

「そ、そんなことは……」


 はしゃいでない、とは言い切れない。

 普段市場へ買い物に来ることはあっても、これほどじっくりと時間をかけて店を回るのは初めてなのだ。

 それも、女性を連れてとなればなおさらである。


「……まあ、はしゃいでなくもない、か……」

「あっそ。じゃあ私離れて歩こうかなぁ。別々に散策する?」

「えっ……い、いや!?俺はこのままで、いいぞ?ははは……たまには楽しいぜこういうのも結構」

「そっかそっか、ふふ……じゃあ、このままで」


 俺達はゆったりとした足取りでまた歩き出した。

 さらに市場を見物しながら進む。奥の店々は、希少な品物を取り扱うことが多い。


「あっ、あれ冬四郎が持ってる武器に似てない?」

「ん……」


 あざみの指差した品を見る。確かに俺の太刀によく似ている気がする。

 店の前まで行って値札を見ると、かなりお高い値がついていた。

 似ていてもこの世に同じ太刀なんて一本もないが、似た物が高値だとまあ気分が悪い物でもない。


「んー、確かに似てるな。けど、俺の太刀は俺の太刀だ」

「ふーん、やっぱり武士の冬四郎にとって、その腰の武器って大切な物なの?」

「……かなりな」

「かなりかー……って、わわっ、牛だ!」


 あざみが大げさに声をあげ、店先から素早く飛び退いた。


「牛だな。色々役に立つから、市場でも特に高値で……って何で目を背けてんだ?牛怖いのか?」

「べ、別に?まあ、ちょっと苦手かな。……何がって、匂いが嫌い」

「そういうもんか?」

「そういうもんなの。狐の鼻は繊細で、好き嫌い激しいの。うぅ……お口直しに冬四郎さまのお香りを……」

「や、やめっ、こ、こここら、人の胸にすり寄るな!往来だぞ!?」

「今さらそんなこと言う?人避けの術あるもーん」

「おお、ぉふ……!」

「むふふふー」


 二人で馬鹿をやりながら居並ぶ店々を通り過ぎていく。


「あっ」


 ある店の前で、あざみが今までと少し違う声音を出した。

 陳列の前でしゃがみ、一つの品物をじっと見つめ始める。

 後ろから俺も覗き込むと、どうやら首飾りのようだ。

 陽の光に鮮やかに輝く、透けた薄緑の大きな勾玉。赤い糸を丁寧にねじって作った紐に通されている。


「綺麗な緑の石……」

「飾り物か?妖も好きなのか、こういうの」

「うん、というか私の母さまがね。やっぱりあれ、人間のだったんだ……」

「へぇ……母上が」


 あざみの母という言葉に興味が沸くが、そんな俺の目に首飾りの値札が飛び込んだ。


「……言っとくけど買えんぞ」

「うん、知ってる。値札くらい読めますから。あの母さまが後生大事に持ってるくらいだもんね」

「……悪いな」

「いいのいいの。私はまだ色気より食い気だし」


 そうは言うが、あざみは瞳を輝かせてじっと首飾りを見つめている。

 俺はいたたまれない気分になった。

 手持ちの銭はあまりないし、さすがに武士が太刀や貰った着物を質に入れるわけにもいかないのだ。


「……よし、じゃあ次のお店いこっか!」


 こだわるかと思ったが、あざみは案外あっさりと立ち上がり、変わらない様子で俺を促した。

 だけど――


「……待て、あざみ」

「へ?」

「こっちでよければ……買ってやるぞ」

「!」



 俺は手持ちを全て出して、小さな緑の玉が一つだけついた白い腕飾りを、あざみに買った。


「おぉー……綺麗」

「…………」

「……冬四郎って」

「……な、なんだよ」

「女に騙されやすそうだよね」

「……あのな」

「まあ、すっごく嬉しいですけど」


 あざみは腕飾りをさっそく左腕に着け、玉をしげしげと眺めながら指先で撫でている。

 形の良い頬が緩みきり、小さな唇が小さく息を吐いた。


「えへへ……ありがとう、冬四郎」


 少しだけ頬を赤く染め、満面の笑みを向けてくる狐の少女。

 今までで一番嬉しそうな、幸せそうな、見てるこちらまで温かくなるような、笑顔だった。

 しかし俺にはまぶしすぎて長く直視できず、つい目を逸らしてしまった。


「こ、今回だけだぞ。こんなもの買うの」

「うんうん、分かってる分かってる」

「それにもう銭はほとんどないんだ。あとはもう本当に見て回るだけだからな」

「うんうん」

「悪かったな、小さい腕飾りで。その、なんだ、次は……って、おぁっ!?」

「ふっふっふ……お礼に今までより強めに抱き着いてあげるぞー」

「や、やめんかっ……!!」


 あざみが性懲りもなく、俺の腕をひしっとかき抱いてくる。

 細い両腕がしっかり絡められ、俺の腕が衣越しに、柔らかく挟まれるように埋もれ。


「お、ふ……っ!」

「あれー?どうしてギクシャクしてるの、すけべさん。やらしいことでも考えてるのかなぁ?」

「や、やらしいのはお前だろうが!?」


 俺達はよたよたふらふらとしながら、市場をさらに奥へと進んでいった。


 人避けの術があって、本当によかった。

 これだけ目を引く容貌の少女と密着して歩くなんて、普通ならば恥ずかしすぎる。

 それに、出会って二度目の女のために、あれやこれやを買い与えて財布が空になるなんて、情けないことこの上ない。


 それもこれも、この狐の少女が悪いのだ。


 こいつが、あざみが、本当に楽しそうに笑ってくれるから。

次回、「第七話 絶対に」

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