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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
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第四話 非番の日

ブクマや評価をくださった方々、ありがとうございます。頑張ります。

『だーれだ?』


 夢を見た。夢だと、すぐに分かった。

 いきなり大路で後ろから目隠しされ、楽しそうな声が問いかけてくる夢。

 楽しそうで、からかうような美しい声音。

 声だけでも、分からないはずがない。

 祭りの夜に出会った、あの狐の少女。


「――――」


 俺は目隠しされたまま口を開き、相手の名前を呼んだ。

 くすくすと嬉しそうに少女が笑うのが、背中越しでもはっきりと分かった――






「なんつー夢を……見てんだ……俺は」


 目が覚めた。

 見慣れた自宅の天井。差し込む朝日が眩しい。

 外で雀が小うるさく鳴いている。


「…………」


 枕元の巾着袋を手に取る。

 紐を緩めて中を覗くと、あの夜あいつが残していった木の葉は、枯れずにまだ青々としていた。

 やはり、ただの葉っぱではなかったらしい。


「はぁぁー……」


 大きなため息がこぼれる。

 たった一度関わっただけの女に、しかもあやかし相手になんてザマだ。

 あまりにも自分が女々しく、俺は深々と布団をかぶり直した。

 そのまま少しばかり、もぞもぞとのたうち回る。

 六波羅ろくはらの仕事も、今日は非番だ。屋敷の掃除以外、特にやることもない。


「御免くださーい!冬さーん!!冬さーん!!検非違使けびいしでーす!夏梅なつめでーす!!冬さんいないんですかー!!!」


 布団の中でぼーっとしていると、門前から俺を呼ぶ大声が聞こえてきた。

 検非違使けびいし夏梅なつめだ。絶対に厄介ごとだ。

 俺は居留守を決め込み、さらに深く布団をかぶった。


「……いないんですかー!?非番って聞きましたよー!!せっかくどっかで朝ご飯おごっ……ご一緒しようと思ったのにー!!!」


 いつも通り図々しい奴だ。はよ帰れ。


 冬さーん。冬さーん。本当はいるんでしょー。

 けちー。けちんぼー。女たらしー。浮気者ー。

 すけべー。むっつりー。ははは。あほー。


 ……うるさい声が鎮まり、ようやく静寂が屋敷に戻った。

 通行人の笑い声が聞こえたぞ。

 あのチビ助め、今度しばき回してやるからな。


「……はぁ、猫神ねこがみさまにでも行くか」


 家で寝ていてもしかたない。

 何か気分転換がしたかった。

 俺は普段より軽めに屋敷を掃除し、仕度を整え、家を出た。


 懐には木の葉の入った巾着袋。

 あの夏祭りの出会いから、一週間が過ぎていた。






 猫神神社ねこがみじんじゃ――人呼んで猫神さま。


 七条の西の端にある、普段はあまり人も寄りつかないような小さい神社だ。

 こじんまりとした鎮守ちんじゅの森の中にある、申し訳程度の社殿しゃでん母屋おもや

 社間の仲裁で訪れて以来、警邏けいら中にもたまに来る場所である。

 何をするでもなくだらだらと時間をつぶすには、いい場所だった。

 それに、都に点在する神社にはそれぞれ独特の霊気が満ち、妖は現れないと聞いている。

 人々の喧噪もないし、非番の日を何事もなく無難に過ごすには、好都合なのだ。


「おはようございます、神主かんぬしさま」

「おお、冬四郎殿!ちょうどええところに来おったわい!」


 鳥居の前できょろきょろと辺りを見渡していた神主装束の老人に、声をかける。

 老人は俺に気付くと、わははとしわくちゃ顔で笑った。

 この猫神神社の神主さまだ。

 髪の毛一本ないつるつる頭が、日の光に照り輝いて眩しい。


「ん?六波羅の藍染あいぞめ着でないとは……まさか仕事をズルけてきたのか?ははは、ようやく遊びを覚えよったか」

「非番です。家にいても暇だったので。何かあればお手伝いしますよ」

「わはは、こりゃ有り難い!そう言ってくれると思っとった!境内の掃除が例によって面倒でのぉ!」


 なんというか、豪快な人だ。


奥方おくがたさまは?」

「おう、婆さんは母屋で寝とる。昨日、腰をやってな」

「腰を?それはまあ……」

「無理をするからじゃわい。まあ、おかげでわしはこの後久々にぴちぴちの娘さんでも引っかけに…わははははっ!」

「は、はぁ……」

「いや、先日六条の東通りに新しい飯屋ができてな?中々べっぴんな看板娘が……お主も一緒にいくか?ん?」

「いえ、遠慮します……」


 まさに好々爺といった軽薄な、いや軽快な応答を返す神主さま。

 しかしその眼はさっきから、俺の持つ包みに釘づけだ。


「ああそうです、焼き菓子を買ってきたんです。いつもと違う店のですけど、よかったら」

「おおっ、すまんな毎度。さすがは冬四郎殿、若いのによく気が利くわい!」

「どうも」

「まあ、食うのは厄介ごとが片付いてからじゃな!」


 厄介ごと。

 神主さまの言葉に、嫌な予感がした。

 時折ある、近隣の社との揉め事だろうか。

 猫神神社みたいな小さな神社でも、因縁をつける奴らはいるのだ。


「……久々に、飯綱天神いづなてんじんからの嫌がらせですか?」

「いんや。……境内の裏へ参られよ、冬四郎殿」


 神主さまは少しだけ真面目な表情を作って鳥居をくぐり、すたすたと奥へ歩き始める。

 ためらいつつも、俺は後に続いた。

 無言のまま社殿を通りすぎ、母屋の前までいくと、裏手にある鶏小屋が見えてきた。

 そして小屋からそれなりに離れた場所で、五羽ほどの鶏がなぜか不自然に集まっている。

 鶏は皆落ち着きがなく、小屋の方向を見つめているようだった。


「何があったんですか?」

「境内にあやかしが出た。冬四郎殿、出番じゃ出番じゃ」


 神主さまの告げた思わぬ厄介ごとに、俺は眉をひそめた。






「……いつからですか?」

「気づいたのは昨日の夕方だの。鶏たちが騒ぐので、婆さんが小屋へ様子を見に行ったら」

「アレがいた、と」

「うむ。何羽かやられとる。婆さんができもせんのに梓弓あずさゆみで追い払おうとしてな」

「妖に襲われたんですか!?」

「いや、ぎっくり腰じゃな。戦う前に己に負けたというやつじゃ」

「そうですか……」

「ちなみにわしは戦う気もせんかったがの!」

「そ、そうですか……」

「うーむ、今は大人しくしとるな。それはもう一晩中ずーっとにゃーにゃー言っとったんじゃ」

「……検非違使に声をかけなかったんですか?」

「この辺を受け持つ検非違使は夏梅さまじゃろ?お手を煩わせるのは申し訳ないわい」


 六波羅の俺はいいのかよ。しかも非番だぞ。

 母屋から小ぶりな梓弓を抱えてきた神主さまと話しながら、俺は遠目に小屋の中を見た。


『こここ……ね゛ぅー』


 鶏、いや猫の鳴き声、だろうか。

 猫の頭を持った巨大な鶏が、小屋の中でくつろいでいた。

 周辺には、食った鶏のものと思しき羽毛と血痕が、大量に散らばっている。

 一見するだけでも、大きい。立ち上がれば俺の首元くらいまでの背丈があるかもしれない。

 三つの毛色がまだらに混じった体毛も、見たことがない。

 どうみても異形の妖だ。猫頭の大鶏とでもいうべきか。

 猫神神社だから、現れる妖も猫頭なんだろうか。


「……実はあれが猫神さま、とか」

「んなわけあるかい。猫神さまはもっと、愛嬌があってぴちぴちな御方じゃろ」

「見たことあるんですか」

「わははっ、何を今さら」


 くだらないやりとりをしつつ、俺と神主さまは小屋の入り口へじりじりと近寄る。

 妖が気づいて、不気味に鳴くのをやめた。

 猫の瞳が、俺達を食い入るように見つめてくる。

 神主さまがおもむろに弓を構えて弦打つるうちの準備をした。


「…………」

「…………」

『…………』


 二人と一羽とで睨み合う。

 鶏達すら身じろぎせず見守る沈黙。


『ね゛げぇーー!!』

「離れて!」


 絶叫。突進。

 咄嗟に神主さまをかばい、俺は太刀を抜いた。

 がぎぃん、と鈍い音が響き、手の内側がしびれて痛む。

 鶏の太爪が、刀身を叩いたのだ。

 俺の両足が衝撃を支えきれずに宙に浮き、勢いのまま吹っ飛ばされた。

 境内の落ち葉が衝撃を和らげるが、なお痛い。


「ぐ……っ、てぇ……!」

『ごあ゛あぁぁーー!!』


 巨体が跳び、仰向けに転んだ俺の顔面を足の爪で貫こうとする。

 半身をひねり躱して、太い脚へ肘鉄を放った。

 効いていない。皮が分厚く、こちらの肘が痛んだだけだ。

 妖が再び喚き、むちゃくちゃに爪を振り回してきた。


「くそっ!」


 間一髪で攻撃を避けるも、着物のそこかしこがまるで紙きれのように破かれる。

 苦し紛れで太刀を振り回すも、間合いが近すぎて上手く斬れない。

 相手を余計に怒らせるだけだった。


「妖め!こっちを向けい!」

『ね゛?』

「うりゃ!そりゃ!」


 横合いから神主さまが梓弓を引き、退魔の弦打ちを繰り返す。

 しかし、門外漢の半端な弦打ちでは、有効打とならない。

 俺の上で小さな霊力をくらい、風に煽られたようによろめく巨体。


『ここここ!!ね゛ぅね゛ぅー!!』


 だが、その横槍に妖は激昂し、神主さまへと狙いを変えた。


「やめろ!お前の相手は俺だ!!」


 俺はなんとか軋む上半身を起こし、鞘を思いきり投げつけた。

 間一髪。老体に襲いかかろうとしていた妖の猫頭に直撃し、巨体が立ち止まる。


「逃げろ!」


 神主さまがあわあわと走り去る。

 俺は地面の砂利を大きく一握りし、太刀を片手に妖へと突進した。


『ね゛げぇぇぇ!!』


 巨体が重く羽ばたき、突っ込む俺をぎらつく爪で待ち構える。

 俺は最後の一歩を強く踏みしめ、太刀をふりかぶった。

 間合いだ。このまま斬りつける――

 と見せかけて大量の砂利を猫頭に投げつけた。


『っっ!?』


 慌てて振り下ろされた爪が俺の眼前で空を切り、妖の胴が無防備になる。


「おおおおっ!!」


 俺は雄叫びをあげ、太刀を横に薙いだ。

 三色まだらの羽毛が、赤一色に染まる。

 だが妖はまだ止まらない。

 猫頭が血を吐きながら牙を剥き出し、俺の肩に喰らいつこうと迫る。


『ごぇっ!!』


 寸前で傷口を殴りつけた。

 そのままの勢いで地面に押し倒す。

 暴れる巨体を俺は無理やり抑えこみ、刃で喉笛を、貫いた。


『ね゛、げ、ぇっ……!』

「おおっ、やった!やったぞ冬四郎殿!」

「来るな!伏せろ!」


 妖の顔ががたがたと震え、不細工に膨らむ。

 俺は飛び退き、地面に突っ伏した。

 ばしゅんと甲高い破裂音。

 土煙と落ち葉を辺り一面に勢いよく巻き上げ、妖が大げさに爆散した。


「げほっ、げほっ!くそ、煙たい……!ごほごほっ!」

「冬四郎殿、無事か!?」

「はい、何とか……は、あぁー……」


 神主さまが駆けよってくる。俺は大きく息を吐き、太刀を境内に転がした。

 土煙が晴れれば、猫頭の大鶏は羽毛一枚残さず消滅していた。

 着物に散った返り血も、いつの間にか消え失せている。

 妖は息絶える時、あとには何も残さないのである。


「お怪我はありませんか」

「うむ、冬四郎殿のおかげじゃ。妖退治、さすがの手際じゃな!」

「はは……六波羅としては専門外なんですけどね……」


 妖との戦いは、毎度のことながら緊張感がある。

 退魔の専門家――検非違使がいれば、もう少し楽に終わるのだが。


「弦打ちで攻撃なんて、無茶なさらんでくださいよ」

「いやぁ、少しは老骨ながらかっこつけんとな?わーははははははっ!!」


 問題が解消されて安心したのか、ご老体の笑い声は今日一番の大きさだ。

 調子の良いその様子に、俺も笑みがこぼれる。


「冬四郎殿、着物がずたずたになってしまったのぉ」

「へ?ああ、どうせ普段着の安物なので」

「母屋にこられよ。お礼に着物の一つや二つくらいやるわい。それも、使っとらん新品をな」

「い、いえ、このくらい大丈夫です」

「そう言われなさんな。婆さんにも話してやらんとな。ほれほれ」


 妖退治に興奮しているのか、押しの強い神主さまに背を押され、俺は母屋へと連れていかれた。

 その後、起きてきた奥方さまに大いに感謝され、昼飯をご馳走になった。






 貰った着物で着替えも済ませた後、俺と神主さまは境内の掃除をしていた。

 非番の日にやることが妖退治に神社の手伝いかと思うと、何か妙な寂しさがある。

 しかし、神社に妖とは。夏梅の奴め、今度会ったら検非違使の怠慢を咎めてやろう。


「……それにしても」

「はい?」

「何故この社に妖が出たんじゃろうな。境内の霊気が薄まっとるんかの」

「……さあ。神社に妖が出現したなんてのは、俺も知りません」

「うむ……やはり神主として、夏梅さまのお耳には入れておかんとなぁ……」


 不吉の予兆かもしれん、と神主さまは箒を片手に独りごちた。

 不吉、か。最近出没する妖が強く大きくなっていることとも、関係があるのだろうか。


「まあ、それはともかくじゃ。今日は助かったぞ冬四郎殿!」

「いえ、こういうことがあればまた……」

「また?いつでも呼べと?」

「……いえ、やっぱり次から妖関係は検非違使を頼ってくださいね」

「わははははははっ!何を言うか!猫神さまに頼りにされとる幸せ者め!」


 次も俺を呼ぶ気だ、この爺さん。

 貰った着物を返そうかとも思ったが、やめておいた。

 相当質の良い物で、しかもきちんとまっさらの新品だったからだ。

 こういう厄介ごとも付き合いの一つだと思えるくらいには、有り難い貰い物だった。






「あー、どっと疲れた……」


 昼過ぎの七条通りを、俺はゆっくりと歩いていた。

 狭い神社の境内でも、真面目に掃き掃除をすれば疲れるものだ。妖退治の後ならなおさらである。

 まあ、良い着物を貰ったし、非番にわざわざ一仕事した甲斐は、あったとしたものか。


「家に帰るか……」


 これだけ満腹で、しかも妖退治をこなした後に出歩く気力はなかった。

 しかも着替えでもらった松葉色まつばいろの着物が妙に肌触りがよく涼しげで、なんだか落ち着かない。

 せっかくの休日だが、あとは家でだらだらと――



「だーれだ?」



 後ろからの目隠し。からかうような声。

 息が止まった。

 背中に密着する、柔らかな体温。


「…………」

「あれ?分からない?分からないならずっとこのままだよー?」

「っ……!」


 胸が高鳴り顔が熱く、うまく声が出ない。

 俺の動揺を知ってか知らずか、目を覆う手のひらにささやかに力が入った。

 柔らかい感触がさらにむぎゅっと押しつけられる。


「ふっふっふ……だーれだ?」

「お、往来だぞっ……やめろって……!」

「はずれ。"やめろって"なんて名前じゃないですけど」


 首筋にふーっと、優しく息が吹きかけられた。

 夢か。いや、夢じゃない。

 背中に伝わる温かさと予想不可能なちょっかいが、その証だった。

 分からないはずがなかった。

 祭りの夜に出会った、あの狐の少女。


「……あざみ」


 俺は目隠しされたまま口を開き、震える声で相手の名前を呼んだ。


「大正解。また会ったね、冬四郎」


 くすくすと嬉しそうに少女が笑うのが、背中越しでも、はっきりと分かった。

次回、「第五話 少女再び」

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