閑話 狐と鼬
「……またね、冬四郎」
「…………」
「でも、むむむ、あいつめー。私の自慢の耳を、いっぱいおさわりしおってからに……」
「…………」
「……えへへ」
「…………」
「さて、と。お家に帰りましょうかねぇ。あーあ、母さまかんかんに怒ってるだろうなー」
「それはわたしもです、狐のあざみ」
「うひゃぁっ!?な、なーんだ……鼬の萩乃ちゃんか……」
「なーんだとは何ですか。ここはわたしたちの領地ですよ。この侵略狐」
「何言ってるの、ぎりぎり母さまの領地でしょ」
「いいえ。さっき少しだけ、尻尾がこっちの領地にはみ出てました」
「こまかっ。嫌われるわよちびっ子鼬」
「狐に嫌われても、痛くもかゆくもありません」
「やなやつ」
「そっちこそ」
「でも、急にこんな場所に現れたということは、やっぱりあの話は本当だったんですね」
「あ、あの話って?」
「牡丹さまがお爺さまに聞いてこられました。娘を見てないかって」
「…………」
「私達も、こんな時間に領地を見て回ってたんですよ。あざみ、人間の世界に行ってたんですね?」
「そうよ。だって暇なんだもん。いいわよね、萩乃ちゃんの家は。あっちであんた達の霊力がついた門を見たわよ」
「飯綱天神ですね。って、わざとらしいちゃん付けやめてくれますか」
「あれ、鼬の飛び地でしょ?いつでも気楽に遊びに行けるんだ。いいなぁ……」
「わたしは行きませんけどね。あんなところ行ったって、人間しかいませんし」
「……そーですか」
「何しに行ってるんです?人間の世界に」
「秘密ですー。鼬には言いませんー。べー」
「むかつくですね。相変わらず」
「それで?冬四郎って誰ですか?」
「ぶふっ!?な、何が?誰それ?」
「さっき、お月さまを見上げてつぶやいてたでしょう」
「べ、別にー?誰だっていいじゃないの」
「その腕飾りも、少し前まで付けてませんでした」
「うっ……」
「人間の男ですよね。匂いがばっちり残ってますよ。牡丹さまが不機嫌だったわけです」
「わ、分かってたんなら聞かないでよ」
「そんなに人間と遊ぶのって、面白いんですか?」
「面白いわよ。少なくとも、冬四郎はね」
「どう面白いんですか?」
「んー、一緒にいて楽しいとか、ぽかぽかするとか、ちょっとからかったら大げさに反応するとか」
「……つ、つがいにでもなりたいと?」
「ま、まだそこまでは考えてないってば。ただ、ちょっといいなって」
「……へー、まだ、ですか」
「ううっ、うるさいなぁっ。私疲れてるの!」
「……たしかにお爺さまが言ってました。人間も、たまには面白いのがいるって。お父さまお母さまは良い顔しませんけど」
「……うん」
「まあ確かに、あざみに残ってる匂いは、悪い匂いではないですね」
「言っとくけど冬四郎に手出ししたら、ぼこぼこにするからね」
「出しませんよ。出しません。ほんとほんとです」
「……妖しい」
「お互い妖ですから、妖しいのは当然でしょう」
「はぁ……いつまでもここでこうしてるわけにもいかないか。じゃあね、萩乃。私、もう戻るから」
「牡丹さまに、こってりと絞られますね」
「そんなこと分かってる。でも、仕方ないでしょ。怒られてでも、行きたいんだもん」
「……牡丹さまは、狐なのにお優しい方です。怒るのは、あざみのためだと思います」
「…………」
「牡丹さまを、心配させてはダメですよ。たった一人のお母さまでしょう?」
「分かってるってば。鼬に言われるまでもないわよ」
「そうですか」
「……けど、まあ……気遣ってくれてありがと。萩乃にも、心配かけてごめん」
「ふふっ、そうですか。狐も、たまにはお礼が言えるんですね。よかったよかったです」
「やっぱりむかつく。えいっ」
「ひゃんっ、こ、こらっ。し、尻尾引っ張らないでっ……」
「あー、鼬が狐の領地に入ってるー。この侵略鼬の萩乃ちゃんー」
「や、やっぱり狐は嫌いです。さっさと怒られてきてください、このばか」
「あははっ、じゃあおやすみね、萩乃。今度また冬四郎のこと、人間の都のこと、いっぱい聞かせてあげる」
「結構です。……おやすみなさい、狐のあざみ」
「冬四郎……人間の男……ですか」




