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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
13/35

第十二話 大橋の上で

 がやがやと喧噪に包まれた五条西通り。


 飯綱天神いづなてんじんの前は女遊びの廓が立ち並び、ひっきりなしに客引きの黄色い声があがっている。

 そんな光景の中、俺とあざみは二人並んで飯綱天神の赤い大鳥居を見上げていた。

 もちろん、あざみ謹製の人避ひとよけの術の中でだ。


「うひゃー、おっきいね……この門」

「鳥居だ。あー……まあ、都最大の社だからな、天神さまは」

「うーん、でもなんかやっぱり、じっと見てるとむかつくいやーな感じ」

「そりゃ……えー、あれだろ?神社って、妖にとっては近寄りがたい場所……なんだろ」

「へ、そうなの?」

「そう聞いてるけど、ち、違うのかよ」


 久々に再開した妖の少女との、何ということもない会話。

 ただの世間話の最中でも、俺は胸がバクバクしていた。

 よりによって、こんな破廉恥な客引きが騒ぐ場所で再会するなんて。

 そっちに話が転がったら、どうすればいいんだ。答えようがない。

 すぐ隣にいる少女の横顔が、まともに見られない。

 だけど、耳をくすぐる声はやっぱり、頭の中で繰り返していた思い出の声よりずっと綺麗で。

 突然の再会に動揺しているせいか、なんだか自分の声が上ずって聞こえた。

 あざみに会うのは、これで三回目だ。


「いや、神社は聖域だから、妖は入りづらいって、聞いてるけどな……」

「へー。なるほど。そういうことになってるんだ。この場所」


 思わせぶりな反応に、俺は首を傾ける。

 あざみの端正な横顔が、何かを考えるように大鳥居を見つめていた。

 やっぱり、あざみだ。

 どう見ても、妖で、狐のあざみである。

 大駕籠おおかご祭りで水あめを買わされて、一緒に市場をうろついた、あのあざみだった。

 頭が馬鹿になったように、あざみ、あざみという名前がぐるぐると自分の中で反響した。


「ええと、あ、妖にとっては、実は違う場所なのか?」

「近寄りたくないのは、確かだけどね。でも、理由は全然別」

「別の理由?」

「そ。まったく別の理由ですねぇ。まあ、それより」


 大鳥居に向いていたあざみの視線が、俺の方に向き直った。

 傾き始めた日に照らされる、何か企んでいそうな笑顔。

 頭に巻いた手ぬぐいの中で、ぴょこぴょこと狐耳が揺れている。


「六条のお凛さん、ってだーれ?」

「ぶふっ!?」


 少女から漏れ出た言葉に俺は思わず吹き出す。

 同僚の発言を聞いていたらしい。だが別にやましいことじゃない。

 俺はこの前、夏梅のバカを連れて飯食いに行っただけだ。

 飯は確かに美味かったけど、同僚たちの評判とか看板娘のお凛さん目的じゃなかった。

 それに、彼女とはまったくそんなのじゃない。お互いに全然そんな気はない。あるわけないのだ。


「…………」

「あ、固まっちゃった」

「…………」

「そっか…やっぱり"そういう仲"の女がいるのね。ぐすっ……」

「!!?ち、違う!違うぞ!ただの知り合いだ!」

「ほー、ただの知り合い?あたしみたいな?」

「ち、違う!違うぞ!」


 そっぽを向いたあざみに、何とか分かってもらおうと俺は頭を回した。

 全開で否定したらかえってやましく思われないだろうか。

 だが、とにかく違う。俺にそんな相手はいないのだ。

 なんとか分かってもらいたいが、上手く舌が回らず、うめき声しか出ない。


「……!……っ!!」

「あははは、冗談冗談」

「なっ……」

「相変わらずからかうと面白いね、君は」

「お、お前なぁ……」

「あらら、お顔が真っ赤。お熱かなぁ?」

「!?」


 伸ばされた温かな手のひらが、額にぴとっと押しつけられる。

 手首には、この前の市場で贈った腕飾り。しっかりつけてくれていた。

 もう、駄目だ。頭の中で何度も再会後のやりとりを想像していたのに。

 開幕からかわれるのは分かっていたのに、結局全然駄目だった。


「お、お前だって、相変わらず……」

「ん?なーに?」

「相変わらず、その……」


 身を乗り出すように顔を近づけてくるあざみ。

 首を傾げ、俺の目を試すような表情でじっと見つめてくる。

 頭が熱い。三度目の出会いなのに、まだこいつの眼差しに慣れない。

 誤魔化すように視線を下に落とすと、少しだけ開いた襟元から、白くて深い――

 何だ、何を言おうとしているんだろう、俺は。

 早くこのやりとりを終わらせないと心がもたない。


「あ、あれだ」

「あれって何?」

「その……」

「うんうん」

「…………会いたかった」

「…………」


 あざみが半笑いの表情で、固まってしまった。

 しまった。とんちんかんなことを言ってしまった。


「と、ところでっ!冬四郎、今日はどこに連れてってくれるの?」

「へ」

「だ、だから……この前約束したでしょ?また、楽しいところに行こうって」

「あ、ああ」

「ふっふっふ……楽しみねぇ。つまんなかったらとって食べちゃうからね?」


 両手をすりすりと拝むように擦り合わせ、あざみが悪そうな笑みを浮かべる。

 沈み始めた夕日を受けてか、真っ白な肌に若干赤みが増していて、なんとも色っぽい。

 いやそうじゃない。確かに、ここで話していても仕方ない。

 せっかく権座げんざさんに貰った早引けだ。どこかへつれていってやりたい。


「あ、冬四郎のお家でもいいよ?」

「だ、駄目に決まってるだろ!?」

「えぇー?意気地なし……じゃあ仕事場は?六波羅だっけ?」

「それも絶対駄目だ。見てもつまんねぇし、人避けの術があっても、もしもの場合がある」

「ほうほう、じゃあどこですかね」


 顔を突き合わせて話している内に、だいぶ頭が回るようになってきた。

 周囲に気づかれなくなる人避けの術のことを考えれば、店に入ったりしても面白くはないだろう。

 ただ眺めるだけでも楽しい場所というと、それこそ目の前の飯綱天神の境内だが、そういうわけにもいかない。

 どうしようか。そうだ、どうせなら――


「よし、五条大橋にでもいくか」






「へぇ~、すごく高いねこの橋。川があんなに下に見えるなんて」

「おいっ、落ちるからあまり身を乗り出すなよ」

「えー?じゃあ抑えといてよ」

「な、ど、どこをだよ……!」

「や-んっ、急に変な所触らないでよね」

「まだ指一本触れてねぇよ!?」


 五条大橋の欄干から大きく身を乗り出し、下の川を覗き込むあざみを、なんとか制する。

 やはり思った通り、ごった返しの五条西通りとは違って、大橋の上には通行人がほとんどいなかった。

 それもそのはずだ。この五条大橋は、都の一条から四条と、五条から九条を分断する川の上にかかった橋だからである。

 四条以北は公家と位の高い武士の町で、五条以南の庶民と木っ端武士の町とはまるで違う。

 ふらりと橋を渡っても下々にとっては面白いものがあるわけではないし、六波羅に目を付けられるだけだ。

 この大橋を渡るのは、六波羅や検非違使のような公の集団か、暇潰しに五条の遊女を漁る公家か、扱う品物に自信のある商人くらいのものだ。


「よいしょっと……それで?この大きな橋に何かあるの?」

「ん、元来た方向を見てみろ」

「えっ?……あ……へぇー」


 あざみが南を向き、一拍置いて感心したような声を漏らした。

 五条大橋の南側、五条から九条の町並みが、夕日に照らされて赤く染まっていた。

 雨期の川の氾濫を想定した高い橋脚のおかげで、この橋はちょっとした丘くらいの勾配がある。

 網の目のように整えられた都の全景は、この高い橋の上からしか眺められないのだ。


「これが、俺達人間の住んでる都の姿だよ。実際に歩くのとは、また違って見えるだろ?」

「うん。思ってたより、ずっと……大きい……」


 あざみは惚けたように景色に見入っている。

 素直な反応に、俺は少しだけ誇らしい気分になった。

 自分が生まれ育ってきた都だ。辛いことも楽しいことも、俺のこれまでは、全部この都の中であったことだ。


「ていうかその反応、やっぱりこの都のどっかに住んでるわけじゃないんだな」

「んん?……あっ!謀ったわね?おのれー!」

「こ、こらっ、すす、すりすりすんなっ……!」


 胸に顔を埋めようとしてきた狐をなんとか引き留め、また都の方へ向き直らせる。

 まったく、油断も隙も無い奴である。


「バレちゃったね。そう、私この都に住んでるわけじゃないんだ」

「まあ妖だし、大駕籠祭りも知らなかったしな。けど、都の近くではあるんだろ?」

「いや、言っちゃえばこの都の中ではあるんだけどね」

「は?」

「うーん、なんというかこう……ちょっとズレた場所って感じ?」

「??」


 よく分からんが、あざみは手ぬぐいの中の狐耳をせわしなく動かし、眼下の景色に見入っている。

 五条大橋を通りかかる時は、俺もこの景色をいつも眺めている。


「さっきの赤い門も大きかったけど、南の端のあの門も大きいね?」

「九条の大門だな。都の入り口だ。わざわざ通らなくても都には出入りできるけどな」

「この前歩いた市場はどのあたり?」

「西の市場は……七条だから……あのちょっと開けたあたりだ。けど今日は休みで、代わりに東の市場が賑わってるだろうよ」

「ふむふむ。じー……なんか、ところどころに森っぽいものがあるね」

「さっきの飯綱天神みたいな神社が、ぽつぽつあるんだよ。ほとんど無人の小さい社だがな。きちんと神主さまがいるのは、他には猫神さまと三条の宮くらいか」

「猫神さま?」

「ああ、猫神神社って言って七条の……ちょうどあの辺だ。寂れてるけど、静かで落ち着ける良い場所だ」

「ふーん……猫、ね。……冬四郎はよく行くの?」

「まあ、警邏がてらにたまにな」

「……あっそ。まあいいや。じゃあ、あっちにあるのは?」


 楽しそうに都のあちこちを指さすあざみに、俺は答えを返していく。

 本当は全部歩いて案内してやりたいが出会った時間が悪く、今日はもう夕方。

 せめて都の全景をと思い、この橋に連れてきたが、どうやら喜んでくれているようだ。


「おっ、北の方もよく見えるね」

「おう。四条から向こうは、公家って言う偉い人間が住んでる場所だ。奥のデカいのが一番偉い帝が住む内裏だいりだな」

「なるほどなるほど。確かにお家が全部大きいね。ほら、特にあの西の奥のとか」

「ありゃ都でも有名な公家のお屋敷だ。検非違使の長もやってるすごい人がいるんだ」

「ケビイシ……ああ、お祭りで言ってた妖退治の専門家ね」

「………っ!」


 しまった。

 予測できたはずの話の転がり方に、俺は思わず呻いた。

 胸の奥が、嫌な感じにざわめき始める。

 妖であるあざみに、妖退治の連中の話をするなんて。

 それに俺は、俺だって――


「……んん?急にどうしたの?」

「……いや、何でもねぇ」

「えー、なんか言いたそうな顔してますけど」

「そ、そんな顔してねぇよ」

「……ほー」


 都の景色に興味津々だったあざみの視線が、俺の方に張り付いた。

 俺の心の内を探るかのようにじーっと顔を覗き込んでくる。

 思わず顔を背けると、柔らかい人差し指が頬を突っついてきた。


「ほれほれ。言いたいことあったら、言っちゃいなさい?」

「な、何もない」

「嘘ばっか。君って全部顔に出るんだから。会うのまだ三度目だけど、もうバレバレだよ?」


 言おうか言うまいか、迷いに迷った。

 俺も、検非違使の手伝いで妖退治をしている。

 あざみと同じ妖を、この手で殺しているのだ。

 こいつに嫌われたら、憎まれたらと思うと、言う気にはなれない。


「しかたないなぁ。もし話してくれたら……おさわり、していいよ?」

「ぶぶふぅっっ!!?」


 きゅ、急に何を言うのかこの妖は。

 そんな破廉恥なことが許されるわけがないだろう。

 だが、あざみは俺が何か言うよりも先に、恥じらうように襟をくつろげ始める。

 確かに俺は気が付けばあざみの胸元をちらちら見ているかもしれない。

 だがよくない、そういうのはよくない。まずい。まずすぎる。


「や、やめっ……わわわかった、話す!あと、さっ、触らないから、安心しろっての!?」

「ふふんっ、よろしい」

「…………」


 あざみはしてやったりと笑み、半ばまで開いていた胸元を元に戻した。

 俺はその様子を複雑な気持ちで眺めながら、口を開いた。


「あの、な……」

「……うん。どうしたの?」


 俺達の間に、一時の沈黙が訪れる。

 五条大橋の上は風が強く、じっとしていると少しだけ寒い。

 少し目を横に走らせると、山のすぐ上に夕陽が輝いている。もうすぐ陽が沈むのだ。

 あざみは、興味半分真剣半分と言った何とも言えない表情で、俺の話を待っていた。


「検非違使の知り合いがいてよ……それで俺、妖退治の手伝いしてて……」

「うん、それで?」

「だからその……妖を殺して回ってんだよ。俺は」

「…………」

「…………」

「えっなに、それだけ?」

「だから、お前に……え?」

「なーんだ。気の利いた歌でも詠んでくれるかと思ったのに。ドキドキして損した」


 あざみは興味なさそうに五条方面へと視線を戻した。

 ここまでそっけない反応は、予想していなかった。

 妖退治のことを聞かされて、その程度なのか。


「あざみ……気にしないのか?」

「気にしないよ?どうせ退治してるのって、おっきくて変な蜘蛛とか、鶏だか猿だか分からないのとか、あの辺でしょ?」

「あ、ああ……まあそんな感じのばっかだな……」

「君は、あいつらと私が同じものだって思ったの?」

「いや……って違うのか?けど、妖だろ。ああいう化物もお前も」

「ふわぁ……まあ、冬四郎が『俺は市場の牛さんと同じです』って言うなら同じかもねぇ」


 欠伸まじりの呑気な回答に、拍子抜けする。

 実は結構悩んでいたのだ。いやまあ、気にしなくていいというなら、もう気にしないが。


「妖にも本当に色々あるのよ。奇妙な化物から、私みたく冬四郎が鼻の下伸ばすような可愛いのまで」

「の、伸ばしてねぇよ」

「退治するのは、出会い頭に襲いかかってくるような連中でしょ?そんなの、私や母さまだって家にあがりこんできたらしばき回すよ」

「そういうもんか?」

「うん。でも、君って都の見回りが仕事じゃないの?なんでそんなお手伝いしてるのさ?」

「……付き合いでしかたなく」

「ふふっ……そんな気がした。冬四郎って頼んだらしぶしぶ何でもやってくれそうな人だし、色々無茶なお願いされちゃうんだろうなって」


 どういう意味だ。

 だいたいは夏梅の野郎が無茶振りしたりタカってきたりするだけで、俺はそんな誰にでも良いように使われているわけではない。

 一応反論しようとした俺の前に、あざみがニコニコと腕を突き出してきた。


「それに……へへ、お願いしなくてもコレ、買ってくれたもんね?」

「あ……」


 市場であざみに贈った玉の腕飾りが、じんわりと輝き始めていた。

 夕日が山の向こうに沈んだのだ。橋の上は、急激に薄暗くなり始めている。

 俺は自分で贈ったくせに、その玉が夜に光ることも知らなかった。

 あざみは、腕飾りを大事にしてくれているようだった。


「大丈夫大丈夫。妖退治でも無茶なお願いでも何でも、君は君らしく頑張りなよ」


 伸ばされた手が、もしゃもしゃと俺の頭を撫でてくる。

 正直とても恥ずかしいが、嫌な気分ではない。

 頭を撫でられたのなんて、いつ以来だろうか。

 胸の高鳴りとは違う、もっと穏やかな気持ちが、俺の中で広がっていく気がした。


「……あざみ」

「なーに?」

「なんか、ありがとうな」

「あら、頭撫でられるのそんなに好きなんだ?おっきい身体して、子どもみたい」

「いやそうじゃなくて……あれだ……上手く言えねぇけど、とにかくありがとうって気分なんだよ」

「あはは、そっかそっか。まあ、私も今日はいいもの見せてもらいました」


 俺達は二人して何となく頭を下げ、笑い合った。

 これだけ辺りが暗くなると、あざみの美しい笑顔ももうはっきりとは見えない。

 だけど、嬉しそうな彼女の雰囲気はしっかりと伝わってきて、それが俺も嬉しかった。


「悪いな、今日はこんな橋しか見せてやれなくて」

「いいよ別に。結構楽しかった」

「さてと、日が落ちたし……もう、お別れの時間だよな」

「え?何で?」

「え?」


 え?


「私も改めて"無茶なお願い"しようと思ってたところなんですけど」


 無茶なお願い?一体なんだ。

 首を傾げているとあざみがそっと腕に抱きつき、耳元で囁いてきた。


「ねぇ……君のお家、連れてってよ……今日は私、帰りたくないかも」

「っ!!!」


 俺は鼻血が出た。

次回、「第十三話 家に来た狐」

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