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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
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第十話 夏梅との時間

 少しして、ぱちぱちと焼けた音をたてる美味そうな魚が、俺達の机に運ばれてきたのだった。


「いただきまーす!!!」

「いただきます」

「あちっ!ふーっ、ふーっ……!あむ、んぐ、あぢ、ぐ、おいひ、あちゅっ……んん、ほれへ、はなひなんれすけお」

「食ってから話せよ」

「ごくん……うぅ、舌がやける……」

「ほら、水だ」

「ありがとうございます冬さん……んぐ、んぐ、ぷぁぁー!つめたーい!!」


 ころころと表情を変えて慌ただしく焼き魚を堪能する夏梅。

 食事中にやたら騒々しいのにも、もう慣れた。


「んぐ……確かに、いけるな」


 俺も焼き魚にかじりつく。表面がとてもぱりぱりしていて、適度な塩加減が絶妙だ。

 身を口に含んで噛んでも骨の感触がそれほどない。

 形を崩さない程度に中の小骨を上手く抜いているようだった。

 ふっくらとした米も、具の多い汁物も、なかなか美味い。

 値段も手ごろなようだし、がやがやと繁盛しているのもうなずける店だ。


「あ……冬さん、腕大丈夫ですか?上手くお箸使えないんじゃ……」

「いや、平気だ。お前はいつもみたくばくばく食ってろ。冷めるぞ」

「はーい……はむ、ばくばく……」


 再び魚にかじりつく夏梅を眺めながら、俺も箸を動かして料理を食べる。

 食欲はあるのだが、片腕しか使えないとどうにも食べる速度が落ちる。

 しかも、少し身じろぎするだけで添え木を当てた左腕が痛むのだ。

 医局いきょくのやつら、折れてはいないって言ってたけど、本当かよ。めちゃくちゃ痛いぞ。

 俺がのろのろ食べ終わるまで夏梅に待たせるのも申し訳が無い。

 何か追加で頼むか。いや、こいつを甘やかしすぎるのも――


「冬さーん」

「ん?」


 呼ぶ声に、自分の飯から目を上げる。

 夏梅が、


「あーん」


 あーん?

 突き出される箸と魚。満面の笑顔の夏梅。


「あーん?」

「あーんですよ、ほら。食べるの大変でしょうし、ウチが食べさせてあげます。ほらどうぞどうぞ!あーん……」


 な、何をしてるんだこいつは。ふざけてるのか。

 冗談じゃない、こんな人が大勢の場所で。いや場所が別ならいいわけでもないが。


「へへへ……あーん……」


 なんでそんな照れた笑顔なんだ。

 だが、こいつなりに妖退治で俺に怪我させたことに責任を感じているのかもしれない。

 完全におかしな方向性だが、これがお詫びのつもりなら、無下にするわけにもいかない――気がしてきた。


「…………あ、あーん」

「あ、冷めちゃう。もぐもぐ」


 俺は無言で席を立った。

 夏梅が素早くすがりつき、『次はちゃんとあーんしてあげますから!』だのと騒ぎわめく。

 店中の視線が一気に集中し、俺は近くで注文を取っていた渋い表情の女店員――凛さんと目が合った。


「……わざと見せつけてんのかい?」

「違います。何度も申し訳ない」

「あだっ!いだいぃ……」


 とりあえず拳骨一発くらいは我慢しろ。ふざけやがってこのチビ助が。

 そうしてくだらないやり取りを繰り返しつつ、俺達は美味い晩飯を平らげた。


「あー、おいしかった……結構量もあったし、ウチ大満足ですよ……」

「そうだな、なかなかだ。評判になるだけはある」

「えへへ……またおごってください、ね?」

「…………」

「じょ、冗談ですよ。やだなー、すごい顔になってますよ?冬さん」


 米粒を頬につけた夏梅を睨みながら、俺は自分の眉間を揉んだ。

 あざみと同じようなことを、同じような表情で言われて、一瞬頬が熱くなった。

 いや、違う。そうじゃない。

 あやかしも人間も、たかり方は一緒なのかって。


「それで、積もる話なんですけど」

「おう、次こそお前におごらせてやるからな」

「え?へへへ……まあそれはともかく、冬さん……」

「なんだよ」


 夏梅が身を乗り出した。


「やっぱり女、なんですか?」

「…………」


 六波羅の連中だけじゃなく、お前もそれ言うのか。

 さっきまでころころと変わっていた夏梅の表情が、急速に凍り付いていく。

 初めて見たぞ、お前のそんな顔は。


大駕籠おおかご祭りからこっち、ウチといてもぼーっとお空を眺めたり、ため息ついてるでしょ?」

「……ため息は前からついてるよ。だいたいお前のせいで」

「今日の妖退治だって、仕留めたら爆発するの分かってるのに、なんか考え込んでましたし」

「女なんでしょ?どこの誰ですか?」


 こんな奴でも、無表情だと妙な威圧感がある。

 だが、黙っていよう。

 あざみのことを誰かに喋るつもりはない。特に夏梅にだけは。

 それはあざみが妖で、夏梅が妖を退治する検非違使だからだ。


「…………」

「…………」


 じーっと俺の顔を見ていた夏梅が、視線を机に下ろした。

 眺めているのは、この店のお品書きだ。

 机に置かれていた細い指先が、ぴくりと動く。

 獲物を狙うような瞳が、俺を見て、忙しく横を通り過ぎる店員を見た。


「な、なんか追加で食うか」

「にゃはは……じゃあ、今日のところはそれで」


 夏梅がにぱっと嬉しそうに笑い、店員の凛さんを呼びつけて焼き魚を追加し始める。

 どうして俺の方が下手に出ているのだろう。

 そもそも、今日の俺は怪我人だぞ。普通、怪我人に追加でおごらせるか。

 いつか、検非違使庁にこいつの所業を訴えてやろうと俺は心に誓った。






 俺達はその後少しして、飯屋を出た。

 夕日の光はもう見えず、しかしまだ真っ暗とも言いがたい時間である。

 夕飯時が過ぎれば、よほどの遊び人か、やましいことがある奴以外は家に帰るのが普通だ。

 六波羅の夜回り組の活動が始まるのもあって、この時間に外を出歩く人はかなりまばらだった。


「はぁー、今夜もお月さまが綺麗ですねぇ」

「前向いて歩けよ。つまずいても知らねぇぞ」

「はーい」


 飯屋から自宅への帰り道を、俺と夏梅は二人並んで歩く。

 普段は歩くのが早い夏梅だが、今夜は俺に配慮してか少しゆっくりとした歩みだ。


「冬さん、腕の怪我は大丈夫ですか?」

「痛みでまだじんじんする。つーか、酷くなってる気がするくらいだ。誰かのせいで懐が寒くなったからだな」

「もう、またそんなこと言って……あはは」


 夏梅は一応介添えのつもりなのか、俺の包帯が巻いてある左腕をかばうように傍近くを歩いている。

 肩が擦れ合うほどに近いが、こいつなりに責任を感じているかと思うと、離れて歩けとも言いづらい。


「……って、確かお前の家、七条の猫神神社の方なんだろ。無理に俺を送らなくてもいいぞ」

「いえいえ、そんなこと言わずに。今日の冬さんの怪我は妖退治のせいなんですから」

「帰り道に、うちの夜回り組に御用されても知らねぇぞ」

「大丈夫ですよ。冬さんとウチの仲は、六波羅の皆さん知ってるでしょ」

「まあ……そうだな」


 油をケチる家々が多いのもあって、大通りから一つ路を外れると周囲はさらに暗い。

 薄闇に、夜空を見上げて傍を歩く夏梅の白藍しろあいの着物だけが、月明りでぼんやりと光っている。

 足取りは軽やかだが、時折ふらふらと華奢な身体を揺らすせいで妙に危なっかしい。

 真っ直ぐ歩けよと改めて言っても、夏梅はにこにこと曖昧に笑うだけだった。


「……んーーんー……ふーん……」


 草履が地面を擦れる音の合間に、澄んだ音色の鼻歌が俺の耳をくすぐってきた。

 当然、夏梅の奴だ。何が楽しいのか知らないが、やたら上機嫌である。


「……何だよ?」

「へ?何がです?」

「鼻歌なんて、楽しそうじゃねぇか」

「んー……何となくですよ。お月さまが綺麗な夜だから、ウチも嬉しくなったっていうか」

「意味わかんねぇよ」

「えー、そうですか?冬さんはそういう時ないんですか?」

「ない」

「もう……子どもだなぁ……」


 何だその急な上から目線は。

 頬でもつねってやろうかと思ったが、ちょうど怪我した腕の側にいるから、それも面倒くさい。

 俺はそれ以上話すのをやめ、少しだけ早めに歩いた。

 夏梅の少し調子が外れた鼻歌を聞いている内に六波羅の詰め所を通り過ぎ、我が家の門が見えてきた。

 結局、自宅まで夏梅に送らせてしまった。

 ここからこいつが猫神神社の辺りまで帰っていたら、もう真っ暗だというのに。


「ただいまー!はぁー、今日もお仕事疲れ……ぐえっ」

「いや待て。なんでお前が俺の家にただいまするんだよ」


 当然のように俺の屋敷の敷居を跨ごうとしたチビ助の首ねっこを捕まえる。


「夏梅、怪我した俺を送ってくれて……あー……ありがとうな。けど、今夜はもう帰れ」

「えっ、でももう辺りも暗いですよ?」

「えっ、じゃねぇよ。お前まさかこのまま俺の家に泊まろうってんじゃないだろうな」

「ま、まさかー。ただもうちょっとお話もしたいですし、縁側でお茶でも……」

「出さん。話は飯屋で山ほどしたろ」

「んぐ……まあそう言わずに……」


 今日のこいつはなぜか妙に押しが強い。

 普段は家までついてくるなんてせず、飯食ったら用済みとばかりに即帰るのに。


「怪我した俺の腕を心配してんのか?大丈夫だって言ったろ。こんなのすぐ包帯も取れるし、お前に何か手伝ってもらうこともねぇよ」

「……そうですね」

「……あと、女がどうのの話ももうしないからな」

「えー……」

「追加の焼き魚で手打ちの約束だったろ」

「う、うぅ……」


 こ、こいつ、何て目つきで見上げてきやがる。

 捨てられた犬か猫のようだ。勝手についてきたのに、なぜか追い返す俺が悪いみたいな気がしてきた。


「はぁー……じゃあ、お話は門前でもいいです」

「じゃあ……?」

「冬さん、ウチと初めて会った時のこと、覚えてます?」

「へ?」


 急な問いかけに、頭が真っ白になった。

 こいつと、夏梅と初めて出会った時のこと?

 俺は妙にぼんやりとする頭を回して、物を考えた。

 確か――そう、父上が亡くなって、六波羅に入って、仕事にも慣れた頃だったな。


「あー、二年くらい前だっけ」

「でしたね。それでそれで?」

「えー、お前が急に俺の屋敷の門前に来て……」

「そうそう」

「検非違使だけど妖に手を焼いてるから手伝えとか、なんとか……」

「そうそう」

「そんなことが、何回かあって……気づいたらしょっちゅう手伝わされて、その内詰め所にまで押しかけ始めて」

「ですよね」

「ですよね、じゃねぇよ。おかげで俺は六波羅南組の中で検非違使係とか揶揄されて……」


 それが何だというんだろうか。

 少なくとも、夜中に自宅の門前で話すことではない。


「……じゃあ、ウチと初めて会った日に、他に何かありませんでした?」

「は?」

「ウチの前に誰か来たりとか」

「いやそんなこと覚えてるわけないだろ。もう二年も前だぞ。つーかなんなんだよ一体」

「がんばって思い出してください!」


 夏梅が詰め寄るようにして俺を見上げてきた。

 月の光で輝く眼差しが、一切ブレることなく俺の瞳を見つめている。

 俺はなんとか思い出そうとしてみた。確か夏梅が来る前。来る前は――

 いや、それより左腕が軋んでとても痛い。

 ずっとやせ我慢していたが、ここまで痛いと明日から仕事にも支障が出る痛さだ


「悪い、全然思い出せん。まず疲れてんだけど俺。それに腕がやっぱ……」

「……思い出してください」

「お、おい、ちょっと……!」


 包帯が巻かれた俺の左腕を優しく握ってくる夏梅。

 痛むからやめろと言おうとしたが、薄布越しに掌の体温が伝わってきて逆に痛みが和らいだ。

 俺はなぜだか若干眠くなり始めた頭で、必死になって当時のことを思い出そうとした。


「え、えー……猫、拾って飼ってたな、一時期だったけど。お前に話してなかったよな。真っ白でよく食べる奴で……」

「……そ、それは戻りすぎです。ウチと出会う直前の話ですよ。ほらほら」

「ん、お、女……そうだ、なんかすごい不埒な格好の女が来た、ような」

「どんな?」

「お、覚えてねぇよ。ただかなり美人、だった気が……あと、あの頃の俺より背が高かった……かな?いや、でもあれは……」


 自分でも驚くほどに、その頃の記憶があいまいだ。

 二年も前だから仕方ないにしろ、その直後に来た騒々しい夏梅の印象が強かったのかもしれない。

 しかし、こいつはさっきから何が言いたいんだろう。



「じゃあ、その人と冬さんが今好きな人、どっちが美人でしたか?」



 全て腑に落ちた。結局それか。


「はよ帰れアホンダラ」

「わちょっ、急に門閉めようとしないでくださいよ!?」

「うるせぇうるせぇ。もうその話はしねぇ。焼き魚追加でおごったろ。あそこの女店員最後笑いっぱなしだったぞ」

「それはそれ、これはこれですよ!真面目な話なんです!待ってください、冬さんってば!」

「じゃあな、おやすみ。気を付けて帰れよ」


 俺は門のかんぬきをしっかりとかけ、屋敷の中に入ろうと歩き始めた。

 夏梅が門前でぎゃーぎゃー喚くかと思ったが、特にそんな様子はない。

 大人しく帰ったようだった。あいつも、さすがに夜中に騒ぐほど非常識ではないのだ。


「まったく、あいつにも困ったもんだ」


 俺は空を見上げてため息を吐いた。

 二年前に一瞬会った女と、あざみと、どっちが美人か。

 そんなこと聞かれても、もうあざみの方しか思い出せないのだ。

 そもそも、何で夏梅もそんな妙な切り口であざみのことを聞きだそうとするのか、分からない。


「あざみの奴……またひょっこり出てくるよな」


 頭の中で思い描いた妖の少女の笑顔。

 俺は懐にしまいこんでいた巾着袋を取りだし、中の葉っぱをつぶさない程度に軽く握った。

 市場での買い食いから、まだそれほど経ってはいない。

 また会おう、と約束したが、その"また"はいつ来るんだろうか。

 あの日以来、気が付けばそんなことばかり考えてしまう。


「……ん?」


 ふと、俺は妙なことに気が付いた。

 先ほどまでじんじんとしていた左腕の痛みが、消えている。

 痺れていた指先も、自由に動く。

 添え木と包帯を外し、ぐるぐるぱたぱたと腕を回しても、まるで痛まない。

 もしやと思い、巾着袋からあざみの葉っぱを取り出すと、月光の下で葉脈がじんわりと不思議な光を放っていた。


「はは……何がただの葉っぱ、だよ。あいつ……」


 俺はその"ただの葉っぱ"を改めて眺めながら、欠伸を一つして自室へと上がっていったのだった。

次回、「第十一話 またまた会った日」

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