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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
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第一話 妖の少女

連載物は初めて書きます。感想、ご指摘等いただければ幸いです。

 大駕籠(おおかご)祭りの夜は、やはり都をあげての大騒ぎだった。


 中央の大路を、北端の内裏(だいり)から五条大橋を越えて南端の大門(だいもん)まで。

 高く高く荷を積んだ無数の大駕籠が、ゆっくりと往復する。

 都を一条から九条まですべて巻き込む祭りは、一年を通してこの大駕籠祭りしかない。


 道端に都の内外から集まった人々が溢れ、間近を横切る威容に喝采している。

 はしゃぐ子ども。屋台を回る男女。歌っておどける酔っ払い。

 遊女がしきりに客引きの声をあげ、並んで停まった牛車からは公家が顔を覗かせていた。

 立ち並ぶ家々の屋根の上にも、見物人が座り込んでいる有様だ。


 そんな祭りの警邏(けいら)の最中、俺は一人の女を目に留めた。


 浅紫色の着物を身に着け、頭に手ぬぐいを巻いた少女。

 大路を行く大駕籠の群れを、人混みの少し後ろから背伸びして眺めていた。

 祭りの灯りに照らされているのは、見たこともないほどに整った横顔だった。


「おい」

「はぁー、へぇー。これが"お祭り"かー……すごい……」

「おい、お前」

「……ん?え、私?見えるの?」

「ああ、お前だ。俺は六波羅(ろくはら)の武士。ちょっとこっち来い」


 俺は頭一つ背の低い女を路地に入れ、話をし始める。

 暗い場所でも、瞳が輝いていた。



「お前、(あやかし)だろ」

「…………」



 少女の頭の手ぬぐいが、さわさわと動いた――



「……どうしてそう思うの?」

検非違使(けびいし)……そういうのが分かる連中に、よく関わるからだ」

「ふーん。つまり、ただの勘ってわけね。違ってたら?」

「……頭に巻いてる手ぬぐい。さっき中で何かが動いてたぞ。外せ」

「ひどっ。こんな清らかな乙女に向かって、路地で脱げだなんて」

「なっ……!ん、んなこと言ってねぇよ。だから……あれだ、なんで祭りの夜に妖がいる」


 腰の太刀に手を添え、俺は妖の少女と話す。

 妖退治は経験がある。だが、会話が出来る妖なんて初めてだった。

 何をしてくるか分からない。警戒は解けなかった。


「……ぷっ」


 俺の様子を眺めていた少女が噴き出し、口元を手で抑える。


「別に、とって食べたりしませんけど」

「目的はなんだ」

「別に?人間のお祭りを見に来ただけ」

「妖が?」

「そうよ?悪い?」

「一緒に来い。検非違使の奴らに突き出す。妖退治はあいつらの仕事だ」

「やめてよそういうの。私何もしないから」


 俺を押しのけ、少女がまた大路に出ていった。

 そして先ほどよりも人混みに近づき、わーわーと大声を上げて見物人に呼びかけ始める。

 俺はまずいと思って飛び出そうとしたが、すぐに異変に気付いた。


(なんだ……?)


 誰も少女に目もくれない。

 視界に入れば間違いなく目を奪われるほどの美しい少女だ。

 それも、今まさに大声で叫んでいる。

 しかし、誰も振り返らない。不自然なほどに気づかれていない。

 少女がくすくすと笑いながら、路地に佇む俺の元に戻ってきた。


「ねっ?何も悪いことしないでしょ、私」

「どうなっているんだ?」

「それはこっちの台詞。君はなんで私が見えるの?」

「なんでって……」


 言いあぐねていると、俺達の傍を軽薄そうな男が通りがかった。

 少女がわざとらしく呼びかけ、ぱんぱんと両手を高く打ち鳴らす。

 やはり、相手は気づかずに通りすぎていった。


「……怨霊の類か?」

「違います。"人避(ひとよ)けの術"って言うのよ。すごく高度な術なんだから」


 そんな術があるのになぜ少女に気づいたのか、俺にも分からない。

 よく検非違使の知り合いに妖退治に付き合わされているからか。

 そう思っていると、検非違使の白藍(しろあい)の着物が大路に見えた。

 俺達六波羅と同じく、祭りの中を警邏しているのだ。

 しかしその検非違使も、路地で向き合う俺達に気付かずに去っていく。

 妖の気配を察知できる奴らさえ、まるでこいつに気づいていない。


「まあ、なんでもいいよね。ね、武士さんお願いがあるんだけど」

「……お願い?」

「おいしそうなもの、向こうで見つけたの。おごってよ」

「は?どうして俺が」

「おいしそうだったから。でも私、銭持ってないもん」


 ひらひらとからっぽの両手を振るう妖の少女。

 一体どこに、妖に水あめを買い与える武士がいるのか。

 俺は断ろうとして、身近に寄ってきた少女の笑顔に口を(つぐ)んだ。


「ねぇ、これも何かの縁だと思ってさ。買って?」

「あ、あのな……」

「あっそ。はぁ……お腹空いたし、人でも喰って帰ろうかしら。しゃー」

「待て、分かった。買う。買ってやればいいんだろ」

「やった!」


 ぱちぱちと嬉しそうに手を叩く妖の少女。

 なんなんだこいつは。俺はなんだか落ち着かず、頭をかいた。

 こんなことは初めてで、妙に調子が狂う。

 本当に妖なのか、少しだけ疑わしくなってきた。


「ほら、早く早く」

「や、やめろ袖を引っ張るんじゃねぇ…ったく」

「ん?すんすん……猫か何か飼ってる?」

「ああ、昔飼ってた……ってうおぉっ、おい!うう、腕に抱き着くなっ!!」

「ふふふ、嬉しいくせに……」

「ふ、ふざけるな、誰が妖なんか……離れろって!」

「ほれほれ、柔らかいでしょ」


 互いの着物の上からでも、膨らみの大きさと柔らかさが俺の腕に伝わってくる。

 妖とはいえ女を突き飛ばすわけにもいかず、俺は急かされるまま少女を伴って大路へ出た。


「あいよ、水あめね!まいどー」


「ほらよ……」

「おー、これ水あめっていうのね……」


 水あめを買わされた。

 しかも、どんぶりで。

 そのまま俺達は人混みをさけて道の端へ行き、並んで水あめを指ですくって舐めた。


「ぺろっ……んー、なんかこれ、甘いけど水っぽいね」

「水あめだからな、こういうもんだ」

「なるほど。はい、あーん」

「なっ……」


 い、いきなりどういうつもりだ。

 水あめが塗られた細い指先が、俺の口元へ向けて突き出されている。

 そんな破廉恥(はれんち)なことが、大通りで出来るわけないだろ。


「いいでしょ別に。術の中に君も入れたから。誰にも見えてないわ」

「見えてなくても出来るかっ、んなこと……」

「あっそ。結構おいしいのに」

「……って今なんて言った?俺も術に入れたって」

「ぺろ……ん、れる、ちゅ…ん……」


 少女は俺の問いかけを無視し、ぺちゃぺちゃと自分の指先をおいしそうに舐る。

 はみ出した赤い舌先がちろつくのが見えて、俺は少し目を背けた。


「何照れてるの?」

「……照れてねぇ」

「うそ。顔真っ赤なんですけど」

「う、うるせぇ」

「ふふふ、可愛い武士さん」


 突然、頬にぬるぬるとした感触が芽生えた。

 少女が、指についた水あめを俺に塗りつけているのだ。

 くすぐったく生温かく、ぷにぷにと柔らかい。

 いやそうじゃなくて、なんなんだよこいつは本当に。


「ほれほれ、早く指舐めてくれないと、頬が水あめまみれになるよー」

「や、やめろって!なんなんだお前は……!」

「ふふっ……だって君、からかい甲斐あるんだもん。反応がすごく正直で」

「っ……!」

「それに、人避けの術に気付いた人間なんて初めて。実は君も妖だったりして」

「んなわけあるか!」

「そっかそっか。ところでさ……なんでさっきからちらちら見てるの?私の胸元」

「っっっ!!」


 俺は少女に対し、完全に背を向けてしまった。

 後ろからくすくすと楽しそうな笑い声が聞こえる。

 炎上しそうなほどに顔が熱い。

 どうして妖相手に、こんな恥ずかしい思いをしないといけないんだ。


「ねぇねぇ、武士さん」

「……んだよ。お目当て食ったんならもう満足したろ」

「教えて。あれ、なんであんなことしてるの?」


 疑問の声に振り返り、少女の視線の先へ俺も目を向けた。

 年に一度、夜通しで都の大路を往復する、大駕籠の行列だ。


 商人も町人も武士もなく、自分たちのこしらえた大駕籠の上に乗っては大声で踊り、歌う。

 見物人たちは皆、笑いながら手を叩いて拍子を取っている。

 普段は滅多にこの辺まで来ない公家の連中も、わざわざ牛車で見物に来るほどだ。

 都の外からも大勢の人が一目見ようと詰めかける、一大行事である。

 俺はその警邏の最中だったが、今はこうして妖の少女に捕まっていた。


「何でって……ずっと昔からやってると聞いたが」

「ふーん。意味あるの?」

「知らん。何か意味があるからやっているんだろ」

「あんなに危なそうなのに?」


 少女が俺に食べかけのどんぶりを渡し、大駕籠の一つを指差す。

 造りの雑なまま空高く積み上げられた駕籠(かご)が、ぐらぐらと揺れている。

 上に乗っている(ふんどし)姿の男は、踊ることも忘れて必死に体勢を保とうとしていた。


「落ちたら痛いでしょ。人間じゃ死ぬかもよ」

「そういうこともあるな。ついさっきも、落ちて骨を折った奴を医局(いきょく)に運んだ」

「そんなに危ないのに、なんでするの?」

「それは……」


 俺は考え込む。怪我をするのに何で大駕籠に上って騒ぐのか。

 そんなことは考えたこともなかった。

 夏祭りの大駕籠は、俺が生まれる前からずっと行われていることなのだ。これが当たり前なのだ。


(なんでだろう……)


 目立ちたいから。祭りだから。皆やっているから。

 思い浮かぶのは、そんなものだろうか。強いていうなら――


「自分がやりたいから、だろうな」

「ふーん。あっそ」


 そっちから聞いたくせに、妖の少女は俺の答えを興味なさげに一蹴した。

 そのまま黙りこくり、じーっと大駕籠の行列を眺める。

 祭りの灯りに照らされた横顔は、この世の物とは思えないほどに整っていて、つい見惚れるほどに美しい。

 その瞳は大駕籠を見ているようで、しかしもっと別の何かを見ているように感じられた。


「……ふぅ。あー楽しかった、帰ろっと」

「帰るって、どこへだ」

「あら、さっそく夜這いに来る気?お断りします。まずは歌の詠み合いから」

「ち、違っ、そういうんじゃねぇっ……!」

「ふふふ、冗談冗談。……一度見てみたかったの、こういう騒ぎ。人間がどうしてこんなことやってるのかも」

「……本当か?」

「ほんとほんと」

「……いや、怪しいな」

「へぇ、どうして怪しいと思うの?」


 少女が何か含みのある表情で、首をかしげる。

 ささいな仕草なのに、少しだけ胸が熱くなった。


「……横顔が」

「横顔?」

「いや、じゃなくて……お前の目が何か、大駕籠じゃないものを見ていた、気がした」

「…………」

「お前、本当に祭りが見たかっただけか。結局何しに現れたんだ?何を企んでいる?」

「んー?そんな気になる?」

「当たり前だ。六波羅の武士は、都を守るのが職務だからな。妖が祭りの夜に出て、気にしないわけにはいかない」

「ふーん、そうなんだ。私が気になる、ねぇ……」


 まくしたてた俺に対し、妖の少女がきらきらと輝く大きな瞳を向けてきた。

 向き合っていると、改めてその秀麗な容貌に驚かされる。

 気恥ずかしくて目を逸らしたくなったが、それでも俺は彼女の目をじっと見つめた。

 大路の端にいるのに、祭りの騒音がどこか遠のいて感じられた。


「……現れたいから現れた、ですかね」

「……は?」

「ふふふっ、妖なんてそんなものってこと。あ、そうだ。名前教えてよ」

「……冬四郎(ふゆしろう)だ。和田冬四郎(わだふゆしろう)。そういうお前は……」

「じゃあ私帰るから。水あめ、ありがと」

「ちょっ……おい、待て……っっっ!?」


 抱きつかれた。

 背中に回ってきた腕。胸に感じる、確かなぬくもり。

 頭の中が真っ白になる。

 小さな身体は、すぐに離れた。


「私はあざみって言うの。じゃあね、冬四郎」


 少女は俺に背を向け、頭の手ぬぐいへ手を伸ばす。

 はらりと取れる手ぬぐい。

 金色(こんじき)の髪が美しく広がり、その上で二つ、ぴょこんと耳が揺れた。


 狐の、耳だった。


「またおごって、ね?」


 振り向きざまの優しい笑顔に、息が止まった。

 悪戯っぽく舌を出し、指を狐の形に作る少女。

 俺は、思わず手を伸ばそうとして。


「あ……」


 まばたきの内に、妖の少女は姿を消した。

 足元には、一枚の木の葉が落ちていた。


「お、いたいた!おーい、冬!何ぼけーっとしてんだ!集合だ!馬鹿どもの大喧嘩だとよ!早くこい!!」


 聞き慣れた同僚の声が遠くから呼びかけてくる。揉め事の仲裁は、六波羅の出番だ。

 俺は妖の少女が――狐のあざみが残した木の葉を拾い上げ、声の方へと歩き出した。


「なんだったんだ……あいつは」


 独りごとが、つい漏れる。

 勝手に現れて勝手におごらせて、勝手に消えた妖。

 なのに最後の笑顔が、目に焼き付いたように何度も浮かんでくる。


 胸にあいつのぬくもりが、まだ残っているような気がした。

次回、「第二話 六波羅南組」

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりキツネ耳少女は良いですね♪ しかも手でキツネの形を作るところも可愛かったです。
[一言] すごく面白いです。
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