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魔法実技と私

 私が王子との関係にやきもきしている間も季節は巡り、今日からは夏服だ。


 肘が見えるくらいの袖は涼しげで、一気に夏らしくなる。少し長めに躾けたスカート丈に、透け感のある長靴下とショートブーツを合わせてある。


 スカート丈については、ぎりぎりまでおばあさまに、可愛いんだから短くしちゃえ、なんてけしかけられていた。身内の欲目なんて宛にならないのに、短い丈のスカートも履いてみたいなんて少しだけ思ってしまう。


 

 今日の一大イベントは魔法の実技だ。実技の授業自体はずっとあったけれど、これまでは基礎を重視した内容で、基本の立ち姿勢から始まり、次いで魔力の循環や同調とかだった。


 一般的に、幼いうちから魔法を扱うことはよくないとされていて、特に保持魔力量が多い場合は危険性も高い。学院入学まで魔法を使ったことがない生徒も多いと聞く。そのため、学院でも初歩から丁寧に教えるようになっているのだ。


 今日からは実践だ。かくいう私も魔法の使い方を()()()()習うのはこれが初めてで、期待でわくわくする。



 だだっ広い実技室は天井も見上げるほど高い。そこに制服の上から実習用のローブを羽織った生徒たちが並ぶ。ローブの色は上品な赤。学年が上がると紫、青と色が変わり、卒業後は式典用と同じ濃紺のローブの着用が許されるようになる。


 一年ごとにローブの色を変えるのは、魔法に不慣れな下級生を一目でわかるようにするためだ。


「今日からは実践に入る。各々魔力には個性があって、その量も適性も人によって様々だ。それを把握して、各人なりの魔力制御を身につけるのが目的だ」


 先生の張りのある声が広い実技室に響く。形がわかりやすく、扱いやすい水の魔法が今日の課題だ。


「けして、多い魔力量をひけらかすためでも、その技術の巧みさを競うものでもない。魔力の個性をものにしろ。そうすれば可能性は広がる」


 真剣な顔で先生は続けた。


「今回はローブに付与をかけていない。大怪我に繋がるような事態には補助に入るが、濡れるくらいならそのままだ。各々心するように」


 このローブには、一回ごとに様々な付与がかけられるようになっている。だけども、それだけに頼ると付与がない場面や付与が切れた時に判断を見誤ってしまう。

 大きな力には危険が伴う。これまでの授業でさんざんやってきたことだ。


「最初は扱える魔力量の確認だ。まず空中に水を出し、各々扱えなくなる一歩手前まで量を増やせ。出せない場合は、補助に入るから焦らず続けるように」


 一列になった生徒たちが一斉に手を構える。威力が桁違いに上がってしまうため、杖の使用は上級生になってからだ。

 私も両手を前に出すと、水を出すイメージで手のひらに魔力を集める。集まった魔力を少しずつ放出していくと、目の前に現れた水球は次第に大きくなり、頭くらいの大きさになった。

 どよと湧く生徒たちに先生が活を入れている。どうやら皆、水を出すことに成功したようだ。


 ゆらゆらと水の玉が揺れる。集中していないとこのまま制御を外れてしまいそうだ。


「よし。次は操作に移る。もう二段階くらい魔力の出力を落とせ」


 ほっと息を吐いて魔力を体に取り込む。二回りくらい小さくなった水球は、気を張らなくても楽に維持ができた。

 周りを見渡すと、水球の大きさは様々だ。目立って大きいのはベルトルド王子。次いでダリオだ。


「縦方向にできるだけ細く長く形を変えるんだ。身体の中で魔力を循環させるのと同じようにやるように」


 また集中して手のひらに魔力を集めていく。

 今度は細く長く。どんどん細く。どんどん長く。


 伸びろ。伸びろ! まだ伸びる。まだ伸ばせるはず!


 水の糸が天井付近まで伸び、支えきれずふるふると揺れる。


「よし! やめっ!」


 先生がぱんぱんぱんと手を叩いた。

 魔力を身体に戻すと、額から汗がどっと流れ落ちた。息もあがって、はあはあと呼吸が荒くなる。


 辛い。こんなにぎりぎりの魔力を扱ったことはない。


 他の皆も息があがっている。その姿を見た先生はにやりと口角を上げた。


「ほう、今年は優秀だな。では特別授業だ」


 ゴクリと息を呑む。何をするというのだろう。


「魔力量の一番多かったベルトルド。制御力に長けたフランチェスカ。前へ」


 生徒達の列を出て先生の方へ進むと、先生は他の生徒に壁際まで下がるよう指示を出した。


「これからベルトルドの魔力をフランチェスカに扱ってもらう。授業でやった同調の応用だ」


 同調は自分の魔力を相手の魔力に合わせるものだ。今回の場合は、王子の魔力で出した水球を私の魔力で包んでコントロールすることになる。


「では、ベルトルド。最初に出したぎりぎりの手前の大きさの水球を出せ」

「わかりました」


 ベルトルド王子は、両手を前に出して構えた。ふわりと綺麗な金髪が拡がって、手のひらが光る。うっすらと照らされた真剣な顔も格好良い。


 そこに現れたのは、最初に私が出したものの三倍はありそうな水球。遠くのクラスメイトたちがざわりとざわめいた。


「では、フランチェスカ。この水球を先程のように細く長く変えてみろ」

「はい」


 ベルトルド王子の斜め後ろに立って、水球に向かって手を構えた。王子の魔力を包むように魔力を拡げていく。


 細く、長く。もっと長くだ。

 そこではたと魔力を注ぐ力を緩めた。


「えっと、天井に触れてしまいそうなのですが、どうしましょうか」


 魔力で作った水はなにかに触れると水としての性質が強くなってしまう。水の維持を王子が担ってくれているおかげで、水量が多いにも関わらず、私の魔力にはまだ余裕があった。


「流石はテンペスタというところか……。好きな形に変えられるか」

「やってみます」


 とりあえず天井につかないように薄く広げていく。そうすると、二つの魔力が干渉して水の膜の上を七色の光がきらきらと揺れ動いていく。


 あまり、広げすぎるとまずいかも。もし失敗したら、一面水浸しだ。


 広がった端を下に降ろしていくと、ちょうど傘のような形になった。絶え間なく、光の渦が揺らめく。


 思った以上に難しい。少しでも集中力が乱れたらすぐに崩壊してしまうだろう。基本の姿勢が維持できず、身体のバランスも崩れてきた。


 私の額を汗がつたい、呼吸も荒くなっていく。


 夢中になって魔力を扱ううちに、とんと身体が王子の腕に触れた。


「……っ!!」


 途端に王子の魔力の流れが乱れる。慌てて水との距離を詰め、自分の魔力を最大限に強める。扱いやすい形に変えたいのに、膨大な魔力が暴れてコントロールが効かない。王子の魔力の量が多すぎるのだ。


 危ないっ!


 崩壊直前、とっさに大量の水の制御を諦め、ベルトルド王子を中心に風の盾を作った。


 ばしゃりと頭から水をかぶる。王子も魔力をかなり絞ってくれたらしく思ったほど水の量は多くない。魔法で作った水は何かに触れるまでは、制御さえできていれば消失させられるのだ。


 王子を見やると呆然とした顔でこちらを見ていた。濡れていなそうで安心する。


 ぼたぼたと重く水を吸った髪から、雫が落ちる。朝から綺麗に巻いた髪は見る影もない。


 嫌だ。みっともない。恥ずかしい。


 慌ててハンカチで顔を拭うけれど拭ききれない。濡れた制服は身体にぴたりとくっつき、首筋を、太ももを水滴が伝う。

 ざわめきがひろがり、皆が私を見ている。


 拭いきれない水のせいか、景色が滲む。


 しっかりしなくちゃ。眉に力を入れて、顔を上げてにっこり微笑んで退室しよう。


 礼を取ろうと摘んだスカートはぐっしょりと濡れ、重い。


「フラン!」


 王子の声がして、突然視界が暗くなった。


「見るな! 見るんじゃない」


 かけられたのはおそらく王子のローブ。せっかく濡らさないで守れたのに。


 濡らしてしまう。慌てて、外そうとした手に王子の手が重なった。


「いいから。行くぞ」


 そのまま手を引かれ、実技室をあとにする。骨張った硬い手は記憶よりずっと力強い。ちらりとローブの下から伺い見る背中が眩しく見えた。


 ――やっぱり、ベルトルド王子は格好良い。


 助けてくれたことで胸が満たされて目頭も頬も熱い。繋いだ手から、ばくばくとうるさい鼓動が伝わってしまわないだろうか。

 ローブがあってよかった。こんな情けない姿、ベルトルド王子には見せられない。


 ぽたぽたぽたぽた……。とめどなく落ちる雫が私達の歩いたあとを濡らしていく。




 養護室に入ると養護の先生が慌てたように駆け寄ってきた。


「まあまあ。毎年一人は居るんだけど。今年は派手にやったわね」


 魔法実技では、慣れてくると危険な魔法も扱うため、養護室のすぐ近くにあるのだ。


「ありがとう。ベルトルドくんはもう戻っていいわ」


「でも……。でも、俺のせいなんです。俺が魔力の制御に失敗してフランに……」


 先生は、ああとうなづくと、王子をみやった。


「そうね。怖かったでしょう? それが強い力を持つってことよ。ここはもう大丈夫だから、あなたはこの時間はお休みして次の授業から教室に戻りなさい」


「でも……」


「いくら婚約者とはいえ、あなたがいたらフランチェスカさんが着替えられないでしょう?」


 先生の言葉に王子の顔が真っ赤に染まった。おそらく私の顔も真っ赤だ。


「ごっ、ごめん」


 謝罪の言葉だけを残して、養護室のドアがばたんと閉まった。

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