パーティーと私
パーティー当日。なんとか見られる程度でお茶を濁そうとしていたところにやる気満々といった様子のおばあさまが現れた。
運び込まれたやたら大きな荷物を見て、これは逃げられないと悟る。
そういえば、おばあさまにドレスを用意してよいか聞かれて、適当にうなずいた気もする。
結局、ベルトルド王子からパーティーに誘ってもらえることはなくて、そのことでやる気も低下してしまっていたし、そのときは、試験のことで頭がいっぱいだったのだ。
おばあさまが持ってきたのは、蒼いドレスだった。だけど、白いレースがふんだんに使われたそれは思いのほか、可愛らしい。
「フランちゃんの希望とは違うかんじになってしまったけれど、どうかしら?」
ドレスの背中側の腰から裾にかけてのたっぷりと重なったレースをなでながらおばあさまが言う。胸元にあしらわれているのと揃いのレースには、刺繍が施されていて凝った特別性だとひと目でわかる。
端的に言えば、ものすごく好みだ。こんなドレスを着れるなんて嬉しい。
「素敵です。……このドレスはおばあさまが?」
いたずらっぽく口角を上げたおばあさまが、自分の鼻に人差し指を優しく添えた。それを不思議に思ってみつめていると、おばあさまの目が光った。
「ふっふふふふ……。おばあさまに任せて!」
ぞわりと背筋が冷える。こうなったおばあさまはもう手がつけられない。
ドレスを着付けられ、髪も複雑に編み込みを駆使して可愛らしく整えられていく。おばあさまは、着飾ることにはほぼ興味がなかったそうだけれど、私を着飾るのは大好きなのだ。その上、メイドも顔負けな程に器用だと思う。
オーガンジーのグローブをはめると、身支度は終了だ。
「ほら見て! 原作とは違う雰囲気だけど、完璧な仕上がりよ」
自信作だと胸を張るおばあさまの言う通り、鏡の中の自分はなかなか可愛らしく仕上がっていた。
ドレスの上半身は身体にぴったりで、ふわりと広がった裾はまるで絵本で見たお姫様みたいだ。編み上げられた銀髪は、しっかりとまとめ上げられながらも柔らかい雰囲気を残している。
「ふふふ。可愛いでしょ?」
半ばうっとりとみつめていたことに気づき、恥ずかしくなる。びくりと振り返ると、おばあさまはにんまりと口角をあげた。
そして、戸惑う私の背を部屋の外にまでぐいぐい押していく。
「ほら、早く。パーティーが始まっちゃうわ!」
* * *
会場である講堂の控え室は、着飾った男女でごった返していた。パートナーがいる人は寮まで迎えに行くかここで落ち合うことになっている。
賑わう人混みの中でも、柱を背に不機嫌そうなベルトルド王子はひと目で見つかり、私は驚きで目を見開いた。
白を基調とした如何にも王子様らしい服装。その胸には蒼のチーフを差して、同色のベストと合わせて差し色にしている。クラヴァッドには私のものとよく似た刺繍まであしらわれていた。
あきらかに揃いの衣装に、おばあさまの笑いの訳を察する。
ベルトルド王子は知っていたのだろうか。怒らせて脱ぐと言われてしまうのも困るけれど、嫌々着せてしまうのも申し訳ない。
だけど……っ! ひさしぶりに見る正装の王子は、また格別に格好よい。しかも、お揃いの衣装だなんて、これからもう二度とないかもしれない。
目に焼き付けておかないと……。
おばあさまの気持ちが本当にわかった。これが尊いっていうことなのね……。
感動に打ち震える私をよそに、王子はぱっと顔をあげるとこちらに顔を向けた。目があっているので、こちらに気付いているとは思うのだけど、こちらに歩み寄るでも声をかけるでもない。
仕方なく、部屋の奥へと歩いて王子の前に立った。
なにか言わなくちゃとは思うものの、格好良すぎてなんと言えば良いかわからない。
しばらくして、王子は私から顔を背けると、腕をぐいと突き出した。
思わずきょとりと面喰らう。それがエスコートだと気付いたのは、訝しげに王子がもう一度、腕を突き出してからだった。
「行くぞ」
王子がぼそりと口を開き、目線で腕を示す。どきどきと胸を高鳴らせながら、その腕を取った。しっかりとした布越しに王子の硬い腕を感じる。
手袋をしていてよかった。そうでなければ、手汗で王子の衣装を汚してしまっていたかもしれない。
伝統ある講堂は、入学式のときとはまた雰囲気を変え、重厚ながらも華やかな雰囲気を誇っていた。
魔法で打ち上げられたのであろう華やかな光の玉が空中に何個も浮かび、きらきらと瞬きながら周囲を照らす。
造りは同じはずなのに、華やかな衣装の生徒たちで溢れていると、絵本で憧れた舞踏会のようだ。
がやがやと賑わう会場を、ぶつからないよう気をつけて進む。中央にダンスフロアが開けてあるので、その分周りが混み合っているのだ。
ちらりと、隣を伺い見るも、きれいな瞳は真っ直ぐ前に向けられていた。その横顔の近さに、さらに緊張が酷くなる。
「大丈夫だ」
前を向いたまま、小声で囁かれる。思わず、手に力を込めるとちらりとこちらに視線を送られた。
「俺が付いている」
その言葉に膝から崩れ落ちそうになる。違うの! 俺が付いているから緊張しているの。
王子は、私よりも場数を踏んでいるからこそ、私が慣れない場で緊張していると思ったらしい。
こういうところ、ものすごく鈍い。だけど、格好良いのがずるい。
壇上から学園長が厳かに開催の挨拶を終えると、美しい旋律が流れ出した。
すると、アルヴァロ王太子をはじめとする生徒会の面々がパートナーの手を引いてダンスフロアの中央へと進み出てくる。
彼らはそのまま踊りだし、私はそれをうっとりと見やった。学生ばかりでも普段のダンスの授業とは全然違う。較べられないくらいに華やかで、いつまでだって見飽きない。
特にアルヴァロ王太子とその婚約者のオリヴィア様。オリヴィア様は金の巻き毛を大人っぽく上品に纏め、赤いドレスを纏われている。
なんて素敵。強気な瞳も今日は一段と煌めいて、ため息が出るほど美しい。美しい人は何人もいるけれど、ここまで視線を奪う方はなかなかいないだろう。
アルヴァロ王太子は濃い灰色の装束に、赤の小物で揃えている。ベルトルド王子とそっくりな榛色の瞳でオリヴィア様を愛しげに見つめて踊るさまは、優雅で堂々たるものだ。
なんて素敵。二人は私の憧れだ。
「ほら」
見惚れていると、くいと腕を引かれた。
そろそろ一曲目が終わろうとしているので、次は一般生徒のファーストダンスだ。
差し出された手に、自分の手を重ねれば優しくするりと腕の中に引き込まれる。
背中に添えられた手が熱いわ。気にしたこともなかった手が今日はなぜか気になる。
ダリオや他の人と踊ったときは何とも思わなかった。それなのに王子と踊るのは妙に恥ずかしい。
幼い頃からダンスは練習している。それこそ王子とだって何回も踊ったことがあるはずだ。
その時は、どうして普通に踊れていたのだろう。意識すればするほど、身体がいうことをきかない。
流れるような円舞曲。王子のリードはスマートだ。
「……力、抜け。俺に任せて」
ぐいと握られた右手に力が入った。ひそめられた声に、背が粟立ち、ぞくりと心が震える。
私だけ緊張しているみたい。
大きく息を吐き出せば、ほぐれた身体は素直に王子のリードを受け入れて、ドレスの裾が一際大きく広がった。
そのまま身体を預けると自然と脚は動くのに、胸だけはどくどくと大きく鳴り続けた。
曲にあわせてくるりくるりと生徒たちが舞う。
私たちも慣れた足型をなぞりながら、生徒たちの中を縫うように進む。こんなに胸が苦しいのに、王子の眼差しはやはり前を向いて、こちらを見てはくれない。
「ねえ、こっちを見て」
小さな私の声に、王子は目を見開いた。そのとき、どんっと横から誰かにぶつかられ、私は王子の胸に抱き止められた。
「きゃっ!」
相手の令嬢の悲鳴にそちらに目をやると、アリーチェ・ヴィオーラ男爵令嬢が床にうずくまり、件の侯爵子息がこちらを険しい顔で睨んでいた。